第66話 極小の魔物退治

 ハーリ商会のオーナーであるスールさんと別れた後、重大な決心を俺はする。

 それは、カリュブディスを退治すること。


 そして、各国にいる姉ちゃん達を呼ぶことにした。

 1ヶ月後に集まるようにと、命力絆ライフフォースボンドを使って連絡。

 姉ちゃん達は快く返事をしてくれる。


 姉弟きょうだいが、また一緒に戦うようになるね、とも言ってくれた。

 ヴァール姉ちゃん、ディース姉ちゃん、イズン姉ちゃん達は、命力絆ライフフォースボンドで基礎能力が飛躍的に上がったので、戦闘で使いたくてウズウズしているのが伝わって来た。


 城に着くと、シブ姉ちゃんが迎えに来てくれた。


「みんな、ありがとう。

 こんなに遠くに来てくれて。


 着いたばかりで申し訳ないのだけれど、トルムルに患者さんを診て欲しいの。

 患者さんは子供で、重体なんだ。


 トルムル、すぐに動いて大丈夫?

 少し、休憩してから診る?」


 大丈夫もなにも、カリュブディスを倒す決心をしたあと、馬車の中で熟睡していたんだよな。

 以前のように、思い悩む必要性がなくなったからかな?


「み、るー」


 シブ姉ちゃんは笑顔になっていく。


「ありがとう、トルムル。

 そう言うと思ったわ。


 私の師匠に、トルムルの秘密を話してある。

 トルムルの話をした時に、腰を抜かす程、師匠は驚いていたけれどね。


 うふふ、当然よね。

 赤ちゃんが、人の命を救ったり、怪我人を治したり。


 それと、第一王子と王様にもトルムルの秘密を話してあるわ。

 もっとも、第一王子はヴァール姉さんの件で、ある程度知っていたけれど……。


 さらに、王子にトルムルの事を詳しく話したのよね。

 そのあと彼……、固まってね。目をパチパチさせて私を見ていたわ。


 とっても可愛い〜〜、彼の仕草を発見したんだ。

 ……あ……?


 これ……、余分よね」


 シブ姉ちゃんと第一王子、予測通り付き合っているんだ。

 姉ちゃんの、あの幸せそうな笑顔。


 あ……、急に渋い顔付きになった。


「これから、患者さんの所に行くわよ」


 そう言うとシブ姉ちゃんは、柔らかくて、とても大きな胸で俺を抱いてくれる。



 俺達が病室に入って行くと、年老いた治療師が椅子に座ってうたた寝をしている。

 疲れ果てて、体力の限界を超えて治療にあたっていたみたいだ。


「へプティ師匠、弟を連れて来ました。

 師匠……?

 大丈夫ですか?」


 へプティ師匠は、右手で頭に手をやると、そのまま顔を横にして俺を見る。

 だんだんと目が見開いていき、一気に目が覚めたみたいに背筋を伸ばした。


「うたた寝をしてしまったようで申し訳ない。

 この子が、シブの言っていたトルムル君かね?」


「はいそうです。

 それで、患者さんの具合はどうですか?」


「同じじゃよ。

 血尿が続いており、魔法で止血治療しても、しばらくすると血尿の再発。

 さっき痛がっていたので、痛み止めと、眠りを深める薬草を飲ましたところだ」


 この子は血尿なのか。

 そうすると、膀胱か腎臓。


 あるいは、それらを繋いでいる菅から出血している可能性が高いよな。

 それにしても、さっきから魔物の気配がしているんだけれど……?


 病室の外ではなくて、患者の中から……?

 でも……、俺の勘違いかな……?


「悪いがトルムル君。さっそく患者を診てくれないかね」


「わーた」


 俺はそう言うと、重力魔法を使って患者の所に行く。


 フョ〜〜、フョ〜〜、フョー。


 事前に俺のことを知らされていても、へプティ師匠は感嘆の声を漏らす。

 俺にとっては普通のことなんだけれど……。


 色々と俺に関して聞かされていても、免疫がない人達は最初にこれを見ると驚くんだよな。

 ま、普通。赤ちゃんは空中を移動しないしな。


 小さな男の子に近付くと、さらに魔物の気配が強くなっていく。

 やはり、魔物がこの子の体内に巣食っているんだ!


 でも、そんなに小さな魔物の話、母ちゃんからも、誰からも聞いたことがない。

 もしかして新種の魔物なのか?


 検査魔法を使って魔物の場所を特定する。

 右の腎臓辺りに、かなりの数を発見。


 でもこれって、取り出すのに苦労しそう。


 使える魔法は重力魔法。

 この魔法を使えば、何とかなるのではと思った。


 オシャブリを念入りに吸って、精神を統一。

 魔物が非常に小さいので、特定するのに時間がかかる〜〜。


 あ、コイツ。抵抗して、腎臓の細胞にしがみ付いている。

 このまま引き剥がすと出血してしまう。


 コイツはここで魔石に変えてと。

 重力魔法を強めて、細胞にしがみ付いていた魔物を押しつぶす。


 魔物は魔石になって、無害な状態に安定した。

 重力魔法を使って集めているところに移動させる。


 ふーーー。

 これって、ゴマを箸で掴んで、一箇所に集める感じだよな。

 この魔物、ゴマよりも小さいんだけれど……。



 かなりの時間を使って集めた魔物を、ひと塊りにする。

 そして、尿道の中を通して……、そして外へ。


 テーブルの上に置いてあったコップの中にそれを入れた。

 中では水が入っていて、魔物は中で活発に動き出した。


 しかし、あまりにも小さいので、点が動いているようにしか見えない。

 どうにかして拡大して見る方法はないかな……?


 シブ姉ちゃんが聞いてきた。


「トルムル?

 患者さんのチンチンから出て来た小さな物は何?


 もしかして、それが病の原因なの?

 それに、魔物の気配をそれから感じるんだけれど……?

 私の錯覚かな?」


 シブ姉ちゃん、いい感している。

 命力絆ライフフォースボンドの影響で、感覚が飛躍的に高まっているから分かるんだね。


 普通だったら、こんなに小さな魔物を認識できないよ。


「とう。

 まー、もー、のー」


 へプティ師匠は、目を見開いてコップに入っている魔物を見ている。

 首を傾げて、不思議そうに俺とシブ姉ちゃんを見る。


 この小さな魔物を、へプティ師匠は認識できないんだ。


「シブ。これは本当に魔物なのかね?

 わしには、小さな点が水の中を動いているようにしか見えないのだけれど」


 シブ姉ちゃんは、コップに入っている魔物を観察して驚いて言う。


「これは間違いなく魔物ですね。

 余りにも小さくて、ハッキリとは見えません。


 ですが、魔物の気配がしているのは間違いありませんよ師匠。

 この魔物が内蔵を食い荒らして、患者を死に陥れるのだと思うのです」


 シブ姉ちゃんの推測は当たっていると思う。

 まさか、こんなに小さな魔物が存在していたなんて驚きだよね。


 ん〜〜。

 どうにかして、魔物をハッキリと見たいよね。


 この世界には、顕微鏡は開発されてもないし。

 まして、虫眼鏡でさえもないんだよな……。


 ……?

 虫眼鏡?


 そうだよ。なければ作ればいいんだよな。

 虫眼鏡ならできる気がする。


 幸い、原料になるガラスはこの世界にもある。

 命絆力ライフフォースボンドを使って俺は姉ちゃんに言い始める。


 『ガラスが必要です。

 治療器具を作りたいので』


『ガラスって、あのガラスよね?

 でもガラスの治療器具って聞いた事が無いわ』


 虫眼鏡を知らない姉ちゃんは、俺が言っている事に戸惑いを隠せないでいる。

 細かな説明をするよりも、作って見せた方がいいよな。


 病室を見回すと、花瓶に花を生けてあった。

 その花瓶は間違いなく透明なガラスで出来ている。


 俺は重力魔法を使って、花瓶を手元に移動させた。


『このガラスを使って、治療器具を作ります』


『益々分からなくなってきたわ。

 どうしてこのガラスが、治療器具になるの?』


 虫眼鏡の説明が難しい。

 実際に作って、見せるしかないよな。


 俺は花瓶から花を抜くと、近くのテーブルに重力魔法で移動させた。

 中に入っていた水は、同じく重力魔法で窓の外から捨てる。


 バシャーー。


 窓の外から人の声が聞こえてくる。


「きゃー。

 晴れなのに、雨が降っているわ!?」


 あ……。

 二階の窓から水を捨てたので、下を歩いている人が雨だと勘違いして……。


 ま、たいしたことないよな。

 水しか捨ててないので……。


 俺は気をとりなおして、オシャブリを吸う。

 手の中でイメージを開始。


 ガラスを重力魔法で空中に浮かす。

 高温でガラスを溶かして、回転しながら楕円形をイメージする。


 表面は滑らかにして、前の世界で使っていた虫眼鏡の形を念入りにイメージする。

 全てのイメージが完了したので、俺はガラスの花瓶に魔法を発動した。


 花瓶は宙に浮いて、赤く高温になって塊になる。

 回転を始めて、徐々に虫眼鏡の形になっていく。


 理想的な虫眼鏡の形になると、回転が止まった。

 急に冷やすとヒビが入るので、そのままの状態でしばらく放置した。


『トルムルはこれを作りたかったのね。

 それで、これは何に使うの?』


『魔物を観察する為に使います』


 へプティ師匠は、花瓶から虫眼鏡を俺が作ったのでビックリしている。

 ま、普通。赤ちゃんはガラスを溶かして、別の物に作り変えないよな。


 魔物を一匹だけ取り出して、白い陶器の皿があったのでその上に置いた。

 少し冷めた虫眼鏡を重力魔法で魔物の上に持ってくる。


 虫眼鏡を覗き込みながら位置を調節すると、魔物がハッキリと見えてきた。

 カニみたいな魔物で、怒ってこっちを見ている。


 ヤッパリ魔物だったんだ。

 でも、これって退治するに大変だよ……。


『完成したので、ガラスの上から魔物を見てください』


 シブ姉ちゃんが、不思議そうに俺を見ながら言う。


『さっき作ったガラスを、上から見てってことなの?』


『そうです』


『分かったわ。

 とにかく見てみるわね』


 シブ姉ちゃんは虫眼鏡を覗くと、いきなり仰け反った。


『な、何。これ?

 カニの魔物が、ガラスの中に居るの?』


 違うよ〜〜!

 えーと、何て説明しようか?


『このガラスによって、小さな魔物が大きく見えるのです』


 シブ姉ちゃんは、俺と虫眼鏡を交互に見て言う。


『このガラスは、小さな物を、大きく見れる治療器具って事?

 つまり、この小さな魔物を、ガラスを使って大きく見ることができると。


 凄いわ、トルムル。

 こんな便利な治療具、始めてみたわ』


 「師匠も見て下さい。

 このガラスの上から覗くと、下にいる小さな魔物が大きく見えますから」


 へプティ師匠は疑った感じで虫眼鏡を覗き込んだ。

 師匠もいきなり仰け反ってビックリをする。


「こ、この動いているカニの魔物は、大きく見えるだけで……。

 本当は、この小さな魔物を、このガラスが大きく見せているというのかね?」


「はい、その通りなんですよ師匠」


 へプティ師匠は俺を見て、信じられないといった表情になる。

 そして、今度はユックリと虫眼鏡を覗いて魔物の観察を始める。


「まさにこれは、カニの魔物。

 こんなに小さな魔物が居るなんて、今までに聞いたことがない。

 これが原因で、疫病が流行っていたというのかねトルムル君」


「とう。こえー」


「トルムル君は、わしが思っている以上に凄い治療師だ。

 長い月日を費やしても分からなかった疫病を、こんなに短時間で原因を見つけ出すなんて。


 しかも、この素晴らしい治療具を、簡単に作り出してしまう能力は桁外れ。

 まさに、賢者の名に相応しい。


 分かっておる。

 まだ赤ちゃんで、賢者と名乗ったら大変な事になってしまう。


 それにしても、賢者の塔にいる奴らは、全く役に立たない。

 トルムル君の爪の垢を煎じて、飲ましてやりたいわ!」


 爪の垢を煎じて飲ます……?

 エイル姉ちゃんが、俺の爪を手入れしてくれているので垢は無いんだけれど……。


 それにしても、ここでも賢者の塔に関して悪評。

 一体、賢者の塔って何なの?


「それで、トルムル。

 この魔物を食い止める方法はあるの?」


 へプティ師匠に説明するのが難しいんだよな。

 姉ちゃんとは、命絆力を使って心で話せるから簡単なんだけれど……。

 


 そうだ! 紙に書けばいいんだよな。

 人体の図もかけるし、感染経路も図なら分かりやすい。


 さらに、魔物の侵入を食い止める方法も書けば理解してもらいやすい。


『しぶ姉さん、書く為の紙はありますか?』


「紙ね。

 それだったら、私が使ってあるのを使って。


 それで、魔物の侵入を食い止める方法を書くのよね。

 分かりやすく、図も描いてくれると助かるわ」


 さすが姉ちゃん。

 すぐに俺の真意が分かってくれたよ。


 それに、図を描く発想が俺と同じなので、何となく嬉しい。

 姉弟きょうだいだから、発想が似るのかな?


 感染経路と、魔物を体内に取り込まない為の方法を紙に書いていく。

 図も、分かりやすいように描く。


 シブ姉ちゃんとへプティ師匠は、俺が書いているのを横から眺めながら感想を言い合っている。

 治療師の2人なので、感想はとても具体的だ。


 書き終わると、2人の方に差し出して検討してもらう。

 真剣に見ていたへプティ師匠が言う。


「これは、完璧な対策だ!


 今まで、野菜をキレイに洗う発想は全く無かった。

 内陸部に広がっている感染経路が糞尿だったとは、誰も今まで考えた事がない!


 それに、川や湖の水を、一度沸騰せて使用するのは理にかなっておる。

 これらを人々が実行すると、魔物の侵入を食い止める事ができる。


 ありがとう、トルムル君。

 これで、世界的に広まらずに済みそうだ」


 あ、やっぱり。世界的に広まる懸念を持っていたんだね。

 でもこれで、一件落着かな?


「トルムルって、本当に凄いわね。

 凄いとは思っていたけれど、ここまでとは思わなかったわ。

 ありがとう、トルムル」


 そう言って、シブ姉ちゃんは再び俺を柔らかな胸で抱いてくれる。

 そして、目がだんだんと鋭くなっていく。


「この城には、24名の似たような患者さんがいるから、これから魔物退治に行くわよ!」


 ……?

 24名も、患者さんが居るの?


 あのう〜〜。

 少しだけ、休憩してもいいですか〜〜〜?

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