第5章

第64話 忘れた〜〜、どうしよう?

 今日は学園の卒業式。

 エイル姉ちゃんが次席で卒業して、弟の俺としても鼻が高い。


 主席はもちろんヒミン王女で、歴代最高の成績。

 エイル姉ちゃんも歴代2位の成績で、それを聞かされた時には耳を疑った。


 でも、命力絆ライフフォースボンドで、あらゆる能力が上がったので、ある意味当然の結果だと思った。


 卒業式が終わって家に帰ると、シブ姉ちゃんの国に行く準備を始める。

 しかし、3つの事で頭が一杯だ。


 1つ目はシブ姉ちゃんの国で流行っている病だ。

 今回の旅での最大の目的になり、これで頭を相当悩ませている。


 これに関して、父ちゃんが持っている本と、大賢者の書かれている本を読んだ。

 しかし、似た様な病気は今まで発生しなかったみたい。


 どこを探しても、似たような事例は書かれていなかった。

 念のために、城に行って調べてみたけれど、同じ結果に終わってしまう。


 やはり、自力で解決策を見つけるしかないみたい。


 2つ目は、シブ姉ちゃんの住んでいる国の海峡に住み着いた、魔王の幹部であるカリュブディス。

 海などに住む魔物を配下に持っている超強敵だ!!


 これに関しては、大賢者の本にこう書かれてあった。


『カリュブディスを倒すには、最大の氷魔法で凍らして打ち砕く』


『カリュブディスの周りの海水を凍らすと生命力を奪う事ができ、再生能力を抑えることが出来る』


 問題なのは、俺がまだ氷魔法を今までに一度も発動したことがない!

 いきなり使って失敗すれば、反撃されて命を落とすかもしれない。


 やはり今回は、諦めた方がいいのか……?


 3つ目は、ワイバーンを倒した事によって、金持ちに俺がなったこと。

 俺はまだ赤ちゃんなので、使い道が全くわからない。


 銀行がこの世界にはないので、お金を預けて置く所もない。

 もっとも、ワイバーンの魔石を大量に持っているのだけれど。


 家の地下には、ワイバーンの魔石が半分くらい占めており、どうにかしなければと思うのだけれど……。


 幸い、王妃様が助言を俺にしてくれた。


『お金は、持っていても何も生み出せません。


 何かを買う、あるいは投資する事によって国の経済が活発化していきます。

 市場に出回っているお金のやり取りが大きいほど、人々が豊かに暮らせるのです』


 言っている意味は分かるんだよな。

 でも、具体的に買いたい物が無い。


 投資と言ってもツテがないし……。


 予備のオシャブリが2つもあるので、これ以上は要らないし……。

 服を買っても、体が大きくなっていくので、すぐに着れなくなってしまう。


 家を買う必要性もないしな。

 ま、この件に関しては、先送りしても大丈夫と思う……。


 ◇


 数日後、買い物から帰ったエイル姉ちゃんは笑顔で俺に報告をする。


「シブ姉さんの国に行った事のある人に、色々聞いてきたわよトルムル。

 彼女によると、風光明美な港町があるんだって。


 エメラルドグリーンの海で、とっても素晴らしいらしいわ。

 トルムルもそこに行きたいでしょう?」


 あの〜〜。

 そこの近くに、カリュブディスが居るんですけれど……。


 カリュブディスの配下の魔物によって、その風光明美な港町が襲撃されている予感。

 だって、シブ姉ちゃんの話によると目と鼻の先らしいし……。


 姉ちゃん。ヤッパリ観光しか頭に入っていない。

 シブ姉ちゃんの話したカリュブディスについての情報、頭の中を素通りしていたんだ。


 でも、もしもの為に……。もしもだよ。

 もしもの時のため……。


 ヴァール姉ちゃんの弓に組み込んだと同じスキルの入った魔石を、エイル姉ちゃんと、ヒミン王女の弓にも組み込んだ。

 つまり、伝説の魔弓、真空弓バキュイティーボウを、2人に卒業祝でプレゼントした。


 2人は喜んでいたけれど、俺の真意をまだ教えてはいない。

 教えると、エイル姉ちゃんが行かなくなる気がするんだよな……。


 ◇


 数日後、馬車が迎えに来た。

 ヒミン王女も一緒に今回も行くので、馬車を使えるみたい。


 しかも、シブ姉ちゃんの国に着いたら、滞在先は城。

 王女が同行すると、当然の対応で利点だよな。


 ヒミン王女が行く表向きの理由は表敬訪問。

 実際、世界中の国々を、定期的に表敬訪問していると言っていた。


 でも実際は、俺に付いて行きたいみたい。

 将来、俺が大賢者になると信じていて、これからもどんな場所でも同行すると言っている。


 それに、俺に忠誠を誓っているので立場的には俺の下になっている。

 しかし……、最終的な判断は、自分の良心に従うと言った。


 それって、微妙だよな……?


「トルムル。馬車に乗るよ〜〜。

 早く〜〜」


 エイル姉ちゃんは間違いなく観光気分だ。


 ラーズスヴィーズルも、今回一緒に旅をする。

 あと、御者の人が2人いる。


 ウール王女も行きたいと駄々をこねたらしい。

 けれど、王妃様が王女に母乳をあげているので、今回は諦めるしかなかったみたい。


 この前ウール王女に会った時、肌が以前よりも格段とツヤが出ていたのでビックリ。

 しかも……、俺も肌のツヤが出ているとヒミン王女が言った。


 そう言えば、王妃様が温泉に入ると、肌のツヤにきく成分が含まれていると言っていたような……?

 男の俺には、必要がない気がするんだけれど……。


「トルムル〜〜、早く〜〜。

 私、馬車に乗るよ〜〜」


 姉ちゃんそんなに急がせないでよ。

 まだ父ちゃんと挨拶してないんだから。


「トート、げーでー」


 うう〜〜。

 元気でが言えない……。


「トルムルも元気で。

 何かあったら、必ずウール王女に連絡をするんだよ」


「うん。

 トート、バイバイ」


 最近、話せる単語が増えて素直に嬉しい。

 でも、完璧な発音には程遠いけれど……。


 ヴァール姉ちゃんのように、歌えばいいのかな〜〜。

 そうすれば、もっと話せるようになる?


「トルムルー、早く〜〜!」


 エイル姉ちゃん、馬車の中からあんなに大きな声で呼んでいるよ。

 俺は父ちゃんと、別れのハグをして馬車に乗り込んだ。


「トルムル様、お早うございます。

 今日も、肌がツヤツヤですね」


 ヒミン王女が俺に笑顔を向けて、また肌のことを言う。

 もしかして、社交辞令?


 他に、褒めるところがないから……?

 頭の毛は薄いし、足は短いし……。


「あーと」


 ま、考えてもしかたないか。

 年を重ねるうちに、どちらも解決できそうだし。


 俺がそう返事をすると、馬車が動き出した。

 今回は南に馬車を走らせるので、以前とは違った景色を堪能できる。


 それに、前の窓を少しだけ開けさせてもらって、そこから景色を見ている。

 これだと、馬車酔いもしないので一石二鳥。


 ◇


 お昼休憩になった。お昼は弁当で、俺にもある。

 3人で、景色のいい所に移動した。


 もっとも、お弁当は離乳食だけれども、旅の楽しみはなんといっても景色を見ながら外で食べれること。

 今回は、ヒミン王女の手作り。


 弁当の蓋を開けると、三種類の離乳食が目に飛び込んでくる。

 その内の一種類は、ミルキーモスラの離乳食だ!


 ミルキーモスラは蛾の幼虫で、蠢いているのを見た記憶が鮮明に蘇ってくる。

 この世界で、唯一食べれない食材。


 しかも、近くにあるだけでも吐き気がしてくる。


「今回は特に、トルムル様の好物をお弁当にしました。

 楽しんで頂けると嬉しいです」


 俺が驚いて弁当を見ているので、ヒミン王女が笑顔で俺に話しかける。

 王女は俺のために、好意でお弁当を作ってくれた。


 しかし、ミルキーモスラを俺が食べれないことは王女は知らない。

 過去に、話に夢中になって食べたことはある……。


 それを、俺の好物と勘違いしている……。

 しかし、嫌いだとも言えない。


 俺の威厳に関わる。

 それに立場上、ヒミン王女には弱みを見せたくはない。


 どうしよう……?


 母ちゃんが言っていたことを思い出す


『いただきます、の前には、本当は命が付くのよトルムル。

 つまり、命いただきます。になるわね。


 だから、食べ物を決して粗末にしてはいけませんよ!』


 母ちゃん、怖!

 母ちゃんの言っている意味はよく分かるよ。


 でも、でも……。


 俺は窮地に追い込まれつつあった。

 他の離乳食を食べながら、吐き気が段々と強くなっていく。


 他の離乳食を食べ終わり、いよいよ運命の時を迎えようとしていた。

 俺は観念して、スプーンにミルキーモスラの離乳食をすくった。


 そして、口の中に入れようとしたその時、遠くの方で小さな女の子が悲鳴をあげているのを聞いた。

 俺はすぐに重力魔法を使って悲鳴の方に飛んで行く。


 あ……?

 お弁当をひっくり返してしまった。


 今はそれを考えている時ではない。

 とにかく、女の子を先に助けないと大変なことになる。


 ヒミン王女が命力絆ライフフォースボンドを使って聞いてきた。


『トルムル様、どうされたのですか?』


『小さな女の子が悲鳴を上げているので、確かめる為に移動中です』


『女の子が危険なのですね。すぐそちらに向かいます』


 さすが王女、すぐに反応してこちらに来てくれる。

 エイル姉ちゃんはお弁当を食べるのを止められず、二、三口さらに食べている感情が伝わって来た。


 こういう時には、すぐに行動に移してと思うのだけれど。

 姉ちゃんはいい人なんだけれど、今は食い気が旺盛みたい……。


 3歳ぐらいの女の子に近づいて行くと、5匹のゴブリンが女の子を襲っているのが見えた。

 すぐに火玉魔法ファイアーボールを使う。


 初級の魔法を俺が使うとランクが上がるので、中級の火嵐ファイアーストームとなってゴブリンめがけていく。

 ゴブリンはなすすべもなく、瞬時に魔石に変わっていった。


 今にも泣きそうな女の子が言う。


「た、たすけてくれて、ありがとうございました。

 でも、お父さんとお母さんが、む、向こうでゴブリンにおそわれて……」


 女の子は、来た方向を見て泣き出した。

 ちょうどヒミン王女が来てくれたので、ここは王女に任せることにする。


 俺は女の子が来た方向に意識を向けると、ゴブリンの集団と数名の気配を感じた。

 すぐに重力魔法を使って移動すると、女の子が言っていた彼女のお父さんとお母さんが見えてきた。


 さらに、お母さんらしき人は乳飲み子を抱きかかえて、恐怖に怯えている。

 俺は先ほどと同じように魔法を発動して、彼らの周りを囲っていたゴブリンを魔石に変えていく。


 数十体のゴブリンが全て魔石になると、俺は3人に近付いて行った。

 お父さんらしき人が、目を大きく見開いて畏怖の目で俺を見つめている。


 えーと、……?

 なんで、そんな目で俺を見るの?


 空中を飛んで、ゴブリンの集団を瞬時に魔石に変えたからか……?


 あ……。

 ハゲワシになるのを忘れていた。


 人前では決して正体を明かしてはいけないと、父ちゃんと王妃様からキツく言われていたのに……。

 ど、どうしよう……?

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