第63話 歴史的瞬間、その二

 ヴァール姉ちゃんの婚約披露宴が始まっている。

 俺の前には、美味しそうな離乳食と哺乳瓶に入ったミルクが出された。


 本来なら、美味しい離乳食を舌鼓を打って楽しむものだとわかっている。

 しかし、隣に居た治療師のシブ姉ちゃんから相談されて、味がよく分からなかった。


 相談内容があまりにも深刻なので、そちらの方に気がいって……。

 シブ姉ちゃんが言う。


「川と湖の近くに住んでいる人達が、大勢亡くなっているの。

 でも、ここ数ヶ月で国中に広がりつつあって、治療師達は困り果てている。


 私の師匠も、この病の原因を特定できないので、毎日頭を抱え込んでいるわ。

 病の殆どは内臓の機能低下。


 でも不思議なのが、人によって機能低下した内臓が違うのよね。

 同じ病だったら、同じ内臓だと思うのだけれど……。


 トルムルはどう思う?」


 これは、水からの感染が濃厚だ。

 この世界では、川や湖に住んでいる人達は、そのまま水を飲んでいる。


 それ以外の人達は、井戸を掘ってそこから水を飲む。

 なので、感染経路と遮断されている。


 国中に広がっているのはおそらく、畑などに撒かれる糞尿だ。

 化学肥料のないこの世界では、野菜を育てるためにそれらを使っている。


 俺が住んでいる近くの畑でも、それを撒いているクサイ匂いが漂って来る。

 野菜や果物を育てるためには必要なのだけれど……。


 感染力の強い微生物や寄生虫などが病を引き起こしているとしたら、糞尿の中にそれらが入っている可能性はあるよな。

 そして、卵などの状態で糞尿に入って行き、最終的に野菜に着く。


 考えたくもないけれど、それを野菜ごと食べる。

 この世界では衛生概念えいせいがいねんが低いので、感染する要素があまりにも多すぎる。


 このままこれを放っておくと、世界的に広まる恐れが大きい。

 大賢者になりたい俺は、これは通らなくてはならない道だと思った。


 俺はシブ姉ちゃんに命絆力を使って心の声で言う。


『水を詳しく調べたいです。

 近々、シブ姉さんの国に行って確かめてみたいです』


 シブ姉ちゃんは笑顔になって言う。


「水が原因ではと思っているのね。

 それは私達も考えたのだけれど、いくら調べても分からなかったのよ。


 私が住んでいる国に、トルムルが近々来てくれるの?

 それは助かるわ、トルムルならこの件を解決できる気がしているのよ」


 シブ姉ちゃんは俺に期待をしているみたい。

 だけれど、正直言って調べてみないとわからない。


 でも……、少なくても衛生的な事を伝えれば、広まるのが抑えられるはず。


 反対側の席で、会話を聞いていたのかエイル姉ちゃんがニコニコして言う。


「私も行きたいわ。

 シブ姉さんの住んでいる国に行きたいと思っていたの。

 それに、トルムルの世話をする人が必要でしょう?」


 エイル姉ちゃん、また何か勘違いしている気がする……。

 シブ姉ちゃんの住んでいる国に、観光旅行で行くわけではないのに。


 でも、俺の世話をしてくれる人が必要なのは事実だよな。

 離乳食、自分では作れないし……。


 向かいに座っていた父ちゃんも、会話に入ってきた。


「父さんも行きたいけれど、お店があるから今回はあきらめるよ。


 エイルが行くのはいいけれど、学園を卒業してからだよ。

 あと二週間で卒業だから、その後だね。


 もしもの時は、ウール王女を通して連絡できるしね」


 王女を連絡係にしている父ちゃん……。

 ま……、親しく親交を深めているので、それでもいいかも?


 とにかく、俺たちの国に来るかもしれない将来の災いを、先に摘んでおきたい。

 この件を放っておくと、やばい気がするんだよな。


「それとは別の事なんだけれど。

 海峡にカリュブディスが住み着いて、漁師達が困っているのよ。


 魔王の幹部であるカリュブディスは、漁船を見つけると襲っているわ。

 カリュブディスの為に、漁師達は沖に出るのが命がけ。


 近くの海だけでは漁獲量が少なく、生活苦におちいって困り果てている。

 それに、国の食料自給率も落ちてきて、王様は頭を痛めているわ。


 カリュブディスの退治を賢者の塔に王様が依頼したら、巨額の依頼金を提示されたって。

 王様はカンカンに怒っているって話を聞いているわ」


 カリュブディスだって!!

 それに、賢者の塔には、やはり胡散臭さを感じる。


 カリュブディスに関して、母ちゃんが言っていたのを思い出す。


『世界にいる魔物の内、カリュブディスは五本の指に入るほど強敵なのよトルムル。

 大きな渦潮を作り出して、漁船を丸ごと飲み込んでしまう恐ろしい魔物。


 そして、再生能力が異常に高く、普通の攻撃では死なないと言われているわ。

 魔王の幹部で、海の魔物を配下に置いているの。


 もしかしてトルムルが将来、戦うかもしれないわね』


 母ちゃん……、それはそうかもしれないけれど。

 いくらなんでも、今の俺には無理な気がする。


 俺、赤ちゃんだし……。


 シブ姉ちゃんの国に行くのは、あくまでも感染している病気だけの目的で行かないと。

 今までは、強い魔物でも何とか生き延びてきた。


 けれど、カリュブディス相手では、超ヤバイ気がするするんだよな。


 シブ姉ちゃんの国に行く事をいろいろと考えていたら、食事はすでに終わっていた。

 そして、執事達がテーブルと椅子を壁際に移動させている。


 ヴァール姉ちゃんが言っていたのを思い出す俺。

 確か、食事の後にダンスをすると言っていたような……。


 音楽を奏でる人達が入って来た。

 彼らは、それぞれに弦楽器や管楽器を持っている。


 今まで見たことがない楽器で……?


 あ……、当たり前か。

 ほとんど家にいた俺には、えんの無いものだったからな。


 準備ができたので、彼らは静かな音楽を奏で始めた。


 な、何と……!?


 ヴァール姉ちゃんが、大勢の前で歌い出したよ。

 キレイな声だとは知っていたけれど、まさか……。


 各国の王族の前で歌えるほどの実力があったとは!

 もしかして、俺も大きくなったらヴァール姉ちゃんのような声が出るのかな?


 そういえば、母ちゃんが俺の為に歌っていたよな。

 ヴァール姉ちゃんの声は、母ちゃんの声に近いと思った。


 ヴァール姉ちゃんは、古い神々のバラードを歌っており、俺の知らない話だった。


 この世界を作った神々の創生の話で、魔物が生まれたのは堕落した神の子孫の成れの果て。

 人間も神々の子孫だけれど、理性と知性を持っていたので魔物にならなかったと。


 ヴァール姉ちゃんの歌が終わると、大広間は大歓声になった。

 聴覚の機能を極端に上げすぎた俺は、大きな太鼓を耳のすぐ横で聞いているようだった。


 すぐに両手で耳を塞いだけれど、ほとんど変わりなく聞こえて来た。

 やっぱり、聴覚の機能を上げすぎたみたい……。


 やっと大歓声が収まると、ダンスの曲になる。

 最初にエイキンスキャルディ王子とヴァール姉ちゃんが大広間の中央で踊り始めた。


 ロングドレスを身にまとっているヴァール姉ちゃんと、正装しているエイキンスキャルディ王子。

 2人の踊りは、どの場面を切り取っても絵になるほど優雅だ!


 他のカップルも中央に出て踊り始める。

 アトラ姉ちゃんも、エルラード国のストゥルルング王子と踊り始めた。


 え〜〜と、……?

 見なかった事にしよう……。


「トームル、オードー」


 ふと横を見ると、キレイなドレスを着ているウール王女がいた。

 いきなり俺の心臓が早くなっていく。


 しかも、一緒に踊ろうと誘っているではないか。

 でも、それは絶対に無理でしょう。


 生まれてから踊った事がないし。

 それに、ハッキリ言ってヨチヨチ歩きの俺が踊れるとは思わない!


 アトラ姉ちゃん以上にヒドイ踊りになるよ。

 あ……。


 アトラ姉ちゃんの踊りをヒドイと思ってしまった……。

 いや……、それなりに、そのう……。


「トームル、トームル。

 オードー」


 ウール王女は、俺を無理やり大広間の後ろの方に引っ張って行く。

 俺は抵抗した。


 けれど、魔法を使わなければ、王女の方が力がはるかに上だ。

 命力絆ライフフォースボンドの影響でこうなっている。


 俺も、基礎体力を魔法で上げようかな?


 大広間の後ろは人が誰も居なかった。

 ま、これならウール王女とダンスしても笑う人はいない。


 それに、将来のためにダンスを習った方がいいのかなと思った。

 大賢者になるには、ダンスぐらいできないとな……。


 しかし、いざ始めるとこれが以外と難しい。

 足が短い……ので、上手く足が動かない。


 足腰を鍛えるために、毎日筋トレは欠かさずしている。

 けれど、動きが全く違うので何度もコケてしまう。


 その都度、ウール王女が俺を手を取って起こしてくれた。

 王女の優しさに触れた気がした。


 ウール王女はさすが王族で、8ヶ月でもダンスの種類をかなり知っていた。

 それを俺に教えてくれようとしているけれど……。


 でも、少しづつ上達していくのが自分でも分かる。

 コケる事がほとんど無くなると、ウール王女とのダンスを楽しむようになっていく俺。


 ダンスの曲が終わると、俺とウール王女の周りには人垣ができていた。

 そして、誰もが可愛い踊りだったと褒めてくれる。


 ウール王女がそれに応えて、優雅に挨拶をした。

 俺は、ただ頭を下げるので精一杯だった……。


 え〜〜と、……?

 いつのまに人垣ができたんだろう?


 全く気が付かなかった。

 それに、シブ姉ちゃんと、えーと……?


 あ〜〜〜〜!

 継承者会議にいた王子たちとえ、姉ちゃん達が手を繋いでいる!


 しかも、姉ちゃんの住んでいる国の、第1王位継承権の王子達だーー!

 ウッソーーーーーー!!


 ◇


 2日後、最後の滞在日に、家族と王位継承者会議の人達とピクニックに来ている。

 本当は、ヴァール姉ちゃんの婚約者であるエイキンスキャルディ王子と家族だけで最初は計画していたみたい。


 けれど、王位継承者会議に知れると、彼らの全員が参加を申し出た。

 もちろんヒミン王女も来ている。


 トルムル様の行く所なら、何処へでも行きますと言ったみたい……。

 さらに、シブ姉ちゃんの国に俺が行く事を聞きつけ、エイル姉ちゃんとヒミン王女はその話をしている。


 それにしても、王位継承者の王子達が、ピクニックに来ているのがよく分からない……。

 もしかして、姉ちゃん達が目当て……?


 ま、それは姉ちゃん達と、王位継承者達の個人的な事になるので……。


 俺には、歴史的に意味を持つ大きな目的があった。

 それは魔弓まきゅう真空弓バキュイティボーが完成したので、ヴァール姉ちゃんに試射してもらう事。


 エイル姉ちゃんに頼んで、ヴァール姉ちゃんの弓にワイバーンの魔石をすでに組み込んでもらっている。

 魔石には、矢が遠くに行くほど速くなる真空魔法と、矢が刺さると矢筒に再び矢が戻ってくる重力魔法を付与してある。


 矢の先に真空状態を作り出せば、空気抵抗がなくなるので矢が失速することは無くなる

 さらに、真空は物を強力に引っ張る性質があるので、矢が飛べば飛ぶほど速くなっていく。


 しかも、重力の影響さえも真空の力が遥かに強いので、目標に向かって矢が一直線に飛んでいく。


 エイル姉ちゃんに目線で合図を送った。

 いよいよ、伝説の魔弓まきゅう真空弓バキュイティボーの試射だ!


 エイル姉ちゃんが真空弓バキュイティボーを持ってヴァール姉ちゃんに近寄って言う。


「ヴァール姉さん、これ。

 トルムルから。


 ワイバーンの魔石がすでに組み込まれているわ。

 教科書に書かれてあった魔弓まきゅう真空弓バキュイティボーなんだって!」


 ヴァール姉ちゃんは全く驚いてはいなかった。


「私の弓が、魔弓まきゅう真空弓バキュイティボーになったって言うの?

 とても信じられないわ。


 だって、真空の意味が誰にも分からないのに、魔石に付与できないわよ」


 エイル姉ちゃんは返答に困っている。

 俺はヴァール姉ちゃんの近くに行って命絆力を使っていう。


『ヴァール姉さん。試しに試射をお願いします』


「トルムルが言うのならば試射するけれど……、とても信じられない。

 私の弓が伝説の魔弓になったなんて、とても信じられないのよね……」


 とても信じられないと、二度言ったヴァール姉ちゃんは渋々試射を始める。


「もし真空弓バキュイティボーなら、あの遠くにある山の木に突き刺さるはずよ。

 山の頂上にある、あの大きな木を狙うわ。


 大変!

 山頂近くで、女の子がゴブリンに襲われているわ」


 ヴァール姉ちゃんに言われて山頂付近をよく見る。

 3匹のゴブリンが、小さな女の子を襲っているのが見えた。


 ハゲワシになって飛んで行っても、今からでは間に合わない。

 ど、どうしよう……?


「いくわよ〜〜〜〜!」


 ヴァール姉ちゃんが気合いを入れて、すぐに矢を弓につがえた。

 さらに、弦を引く手には二本の矢も持っている。


 ヒュン、ヒュン、ヒュン。


 音だけを残して、3本の矢が次の瞬間には山頂付近にいたゴブリンに命中する。

 そして、ゴブリン達は魔石に変わっていった。


 襲われていた女の子は、ゴブリンが突然魔石になったので驚いている。


 ワァォォォーーーー!

 思っていた以上だ!


 しかも、ヴァール姉ちゃんの腕前は相当なものだよ。

 動いているゴブリンに見事に命中したんだから。


 矢はヴァール姉ちゃんの矢筒に素早く戻って来る。

 帰りの矢は、目で終えるほどの速さだった。


 コトン、コトン、コトンォ〜〜ン。


「嘘よ!


 し、信じられない!


 普通……、矢は目で追っていけるのに……!?


 この弓から放たれた矢は、途中から見えなくなったわ。

 そして、次の瞬間には遠くにいるゴブリンに突き刺さった……。


 更に……、矢が勝手に矢筒に戻って来ているし……。


 これって、本当に真空弓バキュイティボーなのね。


 ありがとうトルムル」


 ヴァール姉ちゃんは満面の笑みで俺を持ち上げると、その柔らかな小さな胸で抱いてくれた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る