第57話 温泉

 ムルマルム国に居るヴァール姉ちゃんが、第一王子と婚約する。

 山賊退治に時間を使ったけれど、予定通りに城に着きそうでよかった〜〜。


 明日の夜に、城で婚約披露宴がある。

 各国の王子級の人達が大勢集まるみたい。


 そして王妃様の話では、賢者も1人来るらしい。

 賢者と会うと緊張しそう。


 赤ちゃんだから賢者と会話ができない。

 けれど、一目見たいんだよね。


 当面の目標が賢者だから、とにかく参考にしないとな。

 最近、賢者なったばかりの若い男性らしい。


 ヴァール姉ちゃんや、他の国に住んでいる姉ちゃん達に久し振りに会えるのも嬉しい。

 けれど、やはり賢者に会うのが一番の楽しみだ。


 ……?

 もしかして、俺って賢者のファンになっている……?




 城に着くと、ヴァール姉ちゃんが出迎えてくれた。

 姉妹の中では細身で背が低く、胸は小さいけれど柔らかい印象……、かな?


 新生児の時、もっとも優しく俺を抱いてくれた優しい姉ちゃん。

 眠くなった時、この世界の子守唄を透き通るような声で歌ってくれた。


 最後まで聞きたかった……。

 眠気を誘う歌い方だったから、すぐに寝てしまった俺……。



「お久しぶりでございます、アンゲイアー王妃様。

 遠い所までお越しくださって、ありがとうございます。


 ヒミングレーヴァ王女、そして始めましてウールバルーン王女。

 本当にありがとうございます。


 王様、王妃様、王子は公務で忙しいので、後ほど皆様に挨拶に伺いたいと申していました」


 このあと、丁寧な挨拶が交わされている。



 ヴァール姉ちゃんの婚約の知らせを聞いた後、父ちゃんから姉ちゃんについて、いろいろと教えてくれた。

 ヴァール姉ちゃんは、弓使いのグルヴェイグ教授の愛弟子なんだって。


 グルヴェイグ教授の技を全て受け継いでいて、世界でも5本の指に入るくらいの弓使い。

 教授の推薦で、この国の弓矢隊副隊長に就任。


 それって、エリートコースそのものだよね。

 部下の中に第一王子がいて、彼を教える立場だったヴァール姉ちゃん。


 それで親しくなったんだろうって、父ちゃんが言っていた。

 決まりきった会話のやり取りを終えると、ヴァール姉ちゃんは俺の所に来た。


「トルムルもお久しぶり。

 もう歩けるのね、凄いわ!


 ウールバルーン王女もすでに歩いているし、2人とも成長がとても早い。

 本当にビックリ。


 トルムルは生まれた時は少し痩せていたのに。

 今ではプックリとしていて、とても可愛いわよ」


「バ、バブゥー」


 俺がそう言うと、ヴァール姉ちゃんは俺を抱き上げてくれる。

 姉ちゃんに抱かれるのは新生児以来だ。


 今回も優しく抱いてくれるヴァール姉ちゃん。

 胸は小さいけれど、しっかりと柔らかさを感じている俺……。


 ヴァール姉ちゃんの様な胸だと、恐怖心を全く感じなくなったみたい。

 成長したよね俺。


「この城の地下にはねトルムル、大きな温泉があるのよ。

 今夜、一緒に入ろうね」


 え……?

 この世界にも温泉があったんだ。


 ……って言うか、なんで男の俺と、ヴァール姉ちゃんと一緒に入らなくてはならないわけ。

 断固拒否!!


「ブー」


 俺がそう言うと、近くにいたエイル姉ちゃんが言う。


「ダメよトルムル、拒否しても。

 旅で埃まみれになったんだから、体をキレイにしないと」


 イヤ……。

 そう言う意味でなくて……。


「トート。

 バブゥー」


 父ちゃんが会話を聞いていたみたいで、振り向いて言う。


「他の国に行っているお姉さん達と会える機会はなかなかないよトルムル。

 お父さんのことは心配しなくても、一人でユックリと温泉に入るから大丈夫だ」


 あのう……。

 意味が違うんですけれど……。


 ど、どうしよう。

 誰も理解してくれない。


 アトラ姉ちゃんを見ると、大きなオッパイを天に向けて……?

 俺の近くに来て言う。


「父さんは毎日トルムルの世話をしていたんだ。

 だ・か・ら、ここにいる間だけでも毎夜温泉に私達が連れて行くからね。


 逃げてもダメだよ!」


 こ、怖〜〜!!

 マ、マジですか?


 毎晩……?

 それもアトラ姉ちゃんと……。


 だんだんと手が震え出してきた。

 新生児の時に受けた恐怖が、再び俺の脳裏をよぎっている!


 わらをもつかむ思いで王妃様を見る。

 王妃様はにこやかな笑顔で言う。


「トルムルちゃん。

 みんなの言う通りですよ。


 私とヒミン、そしてウールも一緒に入りましょう。

 ここの温泉は、肌のツヤによきく成分が含まれていると言われています。


 トルムルちゃんの肌が、ますますキレイになりますからね」


 王妃様やヒミン王女までも一緒に……。

 さらに悪い結果を招いている。


「トームル、おー、せー、んー」


 ウール王女は喜んで俺を見ている。


 の、望みはヒミン王女だけだ!

 俺に……、忠誠を誓うと以前言っていたよな。


 恐る恐るヒミン王女を見る俺。

 ヒミン王女は目を細めている。


 俺に言った言葉を思い出したんだ。

 これでなんとかなりそうだね。


 少し安心する俺。

 でも……。すぐに答えないで考えているよ……?


 も、もしかして……。


「今回は皆さんの言うことが正解です。


 最終的には、私の良心に沿って行動します。

 間違った行動だけはしたくありませんから」


 ウッソォーーーーーーーーー!

 俺の判断が間違っているって!!


 マ、マジで言っているの?

 誰も俺の意見に賛同してくれない……。


 ヴァール姉ちゃんが不思議そうに俺を見ている。

 今までの会話を、トルムルは理解しているのかと。


 でも……、ど、どうしよう……?


 ◇


 さらに、最悪な事態が俺を待ち受けていた。


「こちらの部屋で御座います」


 執事に案内された俺達。

 部屋は大きくて、ベッドが7つ置いてあった。


「ヴァール様のお父様は、こちらの部屋になります」


 父ちゃんだけ執事に付いて行くので、両手を広げて俺も行く動作をして言う。


「トート。

 バブゥー」


 父ちゃんは振り向くと笑顔で言う。


「トルムルは、お姉さん達と同じ部屋だよ。

 ヴァールの希望で、姉弟きょうだいと久し振りに同じ部屋に泊まって、夜通しおしゃべりをしたいそうだ」


 え〜〜〜〜!

 温泉に加えて、部屋まで姉ちゃん達と同じなの?


 姉ちゃん達、部屋で着替えるんだよね。

 男の俺が一緒に居るんだけれど……?


 どうやら父ちゃんと姉ちゃん達は、俺を男として認識していないみたい。

 赤ちゃんだからか……?


 ハ、ハッキリ言って、姉達の胸を見たくはありません!

 新生児の時に味わったオッパイ恐怖が……。


 これから俺、どうなるんだろう……?




 部屋にヨチヨチ歩きで入ると、他の国に住んでいる懐かしい3人の姉ちゃん達がいた。


「「「トルムル、カワイィィィィ〜〜〜〜!」」」


 そう言った姉ちゃん達は、俺を抱いてくれる。

 懐かしさと、ちょっとだけオッパイ恐怖を感じながら。


「トルムル、ムチムチしていて、前に会った時と全然違うわ」


「見て、トルムルの肌のキメの細かさ。

 私にも分けて欲しいわ」


「あ〜〜、乳歯が生えかけている。

 なんてカワイイ歯なのかしら」


 3人の姉ちゃん達は、俺の体をあちこち触って感想を言い合っている。

 あのう……、俺、人形ではないんですけれど……。


 やっと床に下ろしてもらって、オシャブリを吸う。

 精神安定にはこれが1番だよね。


 久しぶりに姉ちゃん達に会ったので挨拶をする。

 えーと、名前は確か……。


「ヴァーヴァ、シーシ、ディーディ、イーイ、バブゥー」


 俺がそう言うと、姉ちゃん達は一瞬固まった。


「トルムル……、もしかして、私達の名前を言ったの?

 まだ、8ヶ月だよね?」


「バブゥー」


 そう言って、いつものように右手を上げる。

 3人の姉ちゃん達はさらに驚いている。


「えーと……、トルムルは私の言っている事が分かるの?」


 もちろん分かるよ。

 でも、口ではそれを言いにくいだけ。


 仕方がないので、いつもの言葉を言う。


「とう」


 あ……、4人の姉ちゃん達が今度は完全に固まった。

 ヴァール姉ちゃんは首を少し斜めにしている。


 近くにいたエイル姉ちゃんが言う。


「トルムルと一緒に数日過ごすので、お姉さん達にも秘密を言わないとね」


 ヴァール姉ちゃんの大きな目が、さらに大きくなっていく。

 何か、心当たりがあるみたい。


「これは噂で聞いたのだけれど。

 突然現れた謎のハゲワシが、一回の魔法でミノタウルスを魔石に変えていったと。


 そして昨日、またハゲワシが現れて、国境に居た山賊を退治したって聞いたわ。

 まさか……、トルムルなの?


 お母さんの葬式の時に見せた圧倒的なトルムルの魔法を見て、もしかと思ったんだけれど?」


 ヴァール姉ちゃんって、凄い勘して るよね。

 正解も大正解。


「ヴァール姉さんの言う通りなの。

 トルムルがハゲワシになって、ミノタウルスを魔石に変えていったんだ。


 昨日は山賊退治で大活躍したし」


 姉ちゃん達は、両手で口を押さえて目を大きく開けていく。

 あれ、どっかで見た驚き方。


 姉妹って、クセが似るんだね。


「あ、そうだ。

 トルムルから、お姉さん達にお土産があるんだ」


 そう言ってエイル姉ちゃんは、カバンの中から紙の折り鶴と、ゴブリンの魔石を取り出す。

 魔石に、折り鶴に魔法力マジックパワーを送り込むように合図を送る。


 折り鶴は消えて、本物そっくりの小さなツルが現れて飛び立った。

 ツルはゴブリンの魔石の上をゆっくりと回りながら飛んでいる。


「これは、トルムルが全て考えて作ったのよ。

 お店の大人気商品で、町では知らない人がいないくらい」


 ヴァール姉ちゃんが、右手を出した。

 何か言うみたい。


「エイル、ちょっと待ってよ!

 トルムルがこれを考えて、そして魔石にスキルを付与したって事なの?」


「私も最初驚いたけれど、間違いなくトルムルが全て一人で作った。

 これを検査魔法で調べてくれると、もっと驚くわ」


 そう言いって、エイル姉ちゃんはゴブリンの魔石をヴァール姉ちゃんに渡す。

 ヴァール姉ちゃんはすぐに検査魔法で魔石を調べた。


「嘘よ〜〜!

 し、信じられない。


 初級魔法しか付与できないゴブリンの魔石に、中級の魔法が付与されているわ!

 本当に……、これもトルムルが考え出したの?」


 エイル姉ちゃんは俺を見て笑顔で言う。


「トルムルが考案した新しい魔石付与のやり方。

 この方法で、お父さんの商売が大繁盛しているわ。


 それに、大量のゴブリンの魔石とミノタウルスの魔石は、全てトルムルが魔石に変えたの。

 元手がかかっていないので、安く売っても全て利益になる。


 常識では考えられない事を、トルムルが次から次へとやるのは、お母さんのおかげなの」


「お母さんの……?

 どうしてお母さんが関係しているの?」


 ヴァール姉ちゃんは不思議そうにエイル姉ちゃんに言う。


「母さんがトルムルに胎内教育をしたの。

 トルムルがまだお母さんのお腹にいる時に、あらゆる知識を教えていたわ。


『無駄よ母さん、トルムルは理解できないわよ』


 何度も私はお母さんにそう言ったわ。

 母さんのやっていることを、私は否定した……。


 母さんは、自分が死ぬかもしれないと思って、全力でトルムルにいろいろなことを教えていたわ。

 まるで、トルムルが生まれたら自分が死んでしまうので、今教えなければいけないと必死で」


 エイル姉ちゃんは涙を流し始めた。


「お母さんの胎内教育を……、私も手伝えばよかった……。

 今でも、それが心残り。

 ごめんね、母さん」


 エイル姉ちゃんは、涙を流しながら俺に言う。


「トルムルもごめんね。

 理解のない、ダメなお姉さんだったわ」


 ヴァール姉ちゃん達も涙を流している。

 あれ、みんなの顔がよく見えない……?


 もしかして、俺も泣いている……?



 扉を叩く音がした。

 近くにいたアトラ姉ちゃんが言う。


「はい、どうぞ」


 執事が入って来て言う。


「温泉に入れる準備ができましたので、ご案内いたします」


 エイル姉ちゃんは、涙を拭いて俺に言う。


「これからは理解のある姉さんになるからね、トルムル。

 そういうことで、温泉に行こうか?」


「ブー」


 俺は最後の抵抗を試みた。

 断固拒否!!


「トルムルが拒否しても、しなければならない時はさせなくてはね。

 それが理解ある姉さんだと思うわ」


 なんで、その思考になるの?

 り、理解してないよ、エイル姉ちゃ〜〜〜〜ん!


 完全に、誤解している〜〜〜〜〜〜!!




 その後、強制的に温泉に連れて行かれる俺。

 最後の手段で、寝たふりをする。


「トルムル、寝ちゃったわ」


「旅の疲れで寝たんだ。

 このまま温泉に連れていけばいいよ」


 もう……、抵抗できない……。


 姉ちゃん達が、裸で俺を抱いて温泉に入っているのが分かる……。

 そして、交代で俺を抱く姉ちゃん達。


 ボォ〜〜ン。


 プルン。


 肌の感覚で、姉ちゃん達のどこに当たっているのかが分かる……。


 スベーー。


 ツルン。


 ポヨヨ〜〜ン。


 む、胸に当たった気が……?


 だ、誰か助けて〜〜〜〜〜〜!!

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