32 悪意と愛憎の一週間。

 残酷描写注意

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Day1


 文博は、強盗の途中で帰ってきた当時小学一年生の浜宮伽耶に、暴行を加えた。

 頬を殴りつけ、腹に蹴りを入れ、その指をへし折った。

 文博は伽耶に暴行を続け――その中には性的なものも含まれていた。


 伽耶は泣いていた。しかし声は挙げなかった。


 私にはどうしてか分からない。

 分からないけど、分かる必要も無かった

 文博がするとこだから大丈夫。ただそれだけ。


 文博は、伽耶を犯しているところを写真に撮ると、それを一枚の手紙と共に浜宮宅に置いて、伽耶を誘拐した。

 文博は伽耶を監禁した。文博のアパートではなく私のアパートだった。

 アパートと言ってもおんぼろで、他に住民はおらず、静かなところだった。


 そこで伽耶をロープで縛り、文博は『風呂に入れるな』『トイレに行かせるな』『飯は一日一回与えとけ』とだけ言って帰って行った。


 言われた通りにした。

 文博がそれでいいと言うのなら、私はそれで良かった。




Day2


 伽耶は殴られていた。殴っていたのは文博だった。

 文博は癇癪持ちだった。恋人の私も頻繁に暴行を受けていた。

 けれど、その一週間は代わりに伽耶が殴られていたので、いつもよりましだった。文博は、伽耶を甚振ることに興奮を覚えていた。

 それがなぜなのか、私には理解できなかった。

 ロリコンだったのか、興味だったのか、それとも小さな存在だったからなのか。何も分からない。

 ただ、文博の目的と手段が入れ替わったのは間違いなかった。

 私は見るのが嫌だった。可哀想、というわけではない。好きな人が他人へ興味を向けている。

 そのことが堪らなく嫌で、要は嫉妬だった。

 だから目を逸らした。

 幼い悲鳴は耳にこびり付くほど続いて――ちらりと見た文博の表情は歓喜に震えていた。

 身代金の為に誘拐したのか、誘拐の為に身代金を要求したのか、一見してわからなくなるほど、笑っていた。

 私は嫌だったけど、文博がそれでいいなら、それでよかった。




Day3


 三日も経つと文博は暴力を振るわなくなっていた。単純に飽きたのだろう。

 偶に伽耶を殴り、犯し、蹂躙してはテレビを見る。

 かと思えば今度は私の所へ来て暴力を振るい始めた。

 頬を殴られ、腕や腹を蹴り飛ばされ、服を引き千切られて犯された。首を絞められる。腹を殴られる。身体が勝手に痙攣し、しかし文博は楽しそうに笑っていたので、それでよかった。


 それが終わると昼食を取り、満腹になった彼は徐に立ち上がって外に出た。

 帰ってきた時には返り血塗れであった。

 あぁ、いつもの『あれ』なんだなと思った。

 文博がシャワーを浴びて身体を拭いていると、電話がかかってきた。かと思えば彼は喜色に顔を歪めて部屋を飛び出した。


 その間に伽耶に食事を与えると、笑みを向けられた。心の中でモヤっとした。


 夕方、身代金を手にした文博が部屋にやってきた。

 伽耶を帰そうと車を用意して、文博に止められた。

 お金を数えて、明日返すらしい。

 でも、文博はお金を数えなかった。

 それは異変の始まりだった。

 ズレたのだ。いつズレたのか、どこでズレたのかは分からない。いや、ズレていたのは行動でも現実でも何でもない。


 そもそも文博がズレていた。

 

 だから、文博の目的と手段がズレて入れ替わってしまったのだ。




Day4


 朝にやってきた文博は二匹の子犬を捕まえていた。

 首輪をしていて、どこかの飼い犬であることは明白だった。盗んできたのだろうということは想像に難くなかった。


 文博は伽耶を監禁する部屋へと向かい、目の前で一匹の腹を金属バットで殴りつけた。内臓が破裂したのか子犬は痙攣して死んだ。

 文博は笑った。しかしその奇行は止まらず、子犬を殴り続けて、腹を裂き、臓物を手で掬い伽耶に塗りたくった。吐しゃする少女に塗りたくった。それから首を引きちぎり、全身血染めで尿を漏らす伽耶に両手を出すように指示をすると、その上に置いた。置いて、しっかり目を見つめ合わせさせた。それを笑いながら終えた文博は、殺した犬の死骸を放置して、伽耶の血だけをふき取ると、その部屋で残ったもう一匹の犬を飼い始めた。

 文博はもう一度、身代金の要求をするように私に命令した。

 それはもう、お金を目的とはしていなかった。爛々と光る瞳は伽耶と子犬を見つめており、その口元は三日月のように弧を描いていた。


 何故そんなことをするのか、分からなかった。


 そもそも、文博のことを分かったことがあったのかさえ、分からなかった。

 文博は、犬に餌を与えるなと言った。私は分かったと頷いた。

 少しだけ疲れてきた。伽耶の食事も忘れた。




Day5


 食事を届けに行くと、伽耶が私に微笑んだ。微笑んで、それを犬にあげようとした。

 私は初めて伽耶を叩いた。犬に食事を与えるのは文博が許さない。そんな内容を叫んで、馬乗りになって叩いた。それが終わると、完食するまで、伽耶を睨みつけた。

 以降は先程までの懐きは何だったのかと言わんばかりに、話しかけてくることも笑みを向けてくることも無くなった。

 部屋が臭い。獣臭と死臭、それと糞尿の臭いで鼻が曲がりそうだった。

 掃除をすると文博に殴られた。掃除はしなくていい。余計なことをするな! そう怒鳴られた。

 ごめんなさいと謝罪すると、お前にそんな汚いことをしてほしくないんだと抱きしめられた。

 文博は私のことを思ってくれている。嬉しい。

 でも、疲れた。疲れた疲れた疲れた。

 文博が望むのならば、私はそれを叶えたいけれど、疲れた。

 伽耶を見ると、少しだけ楽になった。




Day6


 犬は衰弱していた。当然のことだ。隠れて伽耶から少量のご飯は貰っていただろうが、それも限界。


 そんな時、文博がやってきた。

 ドッグフードを持っていて、一粒犬に投げた。犬は食らいついた。そしてもっとくれとねだった。文博はドッグフードを伽耶に食わせた。一粒、二粒。固く閉ざされた唇を無理やり開かせ口の中に放り込んだ。そしてその後、伽耶にドッグフードを握らせ、それを犬にあげたら爪を剥ぐと脅した。

 伽耶はそれを絶対に渡さないと背を丸めた。犬は一度覚えた味をもう一度得て空腹を満たさんとばかりに伽耶に襲い掛かった。

 昨日まで仲良くしていた犬に襲われる伽耶。

 吠えられ、噛み付かれ、伽耶の身体に血が滲む。

 その姿を文博はけたけた嗤って見ていた。

 私は疲れた。疲れたから、それでいいかと思って、見ていた。




Day7


 二度目の身代金が支払われる。それを確認すると、文博はアパートにやって来ると、金属バットを手にして蛆の湧いた犬の死骸を突っつきながら伽耶に言った。もう一匹の犬を殺せ。そうすれば開放する、と。


 伽耶は震えていた。体中をガタガタ震わせて、目の前の犬を見た。次に私を見て、文博を見た。その心情を察することは容易だった。助かるかもしれない。この地獄から。


 あっけなかった。生きた子犬を蹴飛ばす。二度、三度跳ねた後、子犬は伽耶に威嚇して見せるが、一度振り切れた伽耶は躊躇いなどしなかった。頭を蹴る。首があらぬ方向を向いて、身体がバタバタと痙攣。身の毛もよだつような光景を前に、伽耶はうすら寒い笑みを浮かべながら近づく。そして殴る。殴って殴って殴って殴って。


 子犬はとうに事切れたというのに、その手を休めることなく動かし続ける。前足を折り、後ろ脚を折り、しっぽを引きちぎり、首をねじ切る。そして彼女は笑った。


 それを見て、文博は笑った。


 そしてすべてが終わったのを確認すると文博は伽耶の頭を撫でて、殴り、気絶させる。


 これで彼女は解放される。この疲れからも解放される。私は一足先にアパートから出て、車の準備をした。そうして連れてこられた伽耶は、左目がくり抜かれていた。何故なのか、そんな疑問が浮かぶ。聞こうかな、そんな思いが飛来して、四散した。文博がそうするならそうなのだろうと思った。思うしか、なかったから。


 じくじくじくじく。痛むから。

 じくじくじくじく。今まで彼に殴られた箇所が、疼くから。

 だから何も言わなかった。


 そうして伽耶は解放された。

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