第5話

 2019年のある夏の日――


 政策により、有効求人倍率はバブル期を超える水準に達し、売り手市場と化した。


 だがそれは、あくまでも一部の高学歴の人間がいい企業に入れるような仕組みになっており、低学歴の人間は大半がブルーカラーと呼ばれる肉体労働を行なっている。


 正社員求人は増えたのだが、それでも非正規雇用が有効求人倍率の半数以上を占めており、ワーキングプアと呼ばれる底辺労働者が増え続けている。


 炎天下、建築現場の足場作業に、一人のヘルメットを被った壮年の青年が汗を流しながら黙々と作業を続けている。


「おぃ、遅いんだよオッサン!」


 リーダークラスらしき20代前半の若者は、その青年をいきなり後ろから安全靴で蹴り飛ばし、青年は前のめりになって倒れた。


「くっ……」


「チンタラやってんじゃねぇよ、あ? 何その目? 俺に逆らったらこの町にいられなくしてやっからな!」


 その若者は青年に唾を吐きかけて、作業に戻っていき、また同じように周囲の作業員に暴行を振るい、罵声を浴びせかける。


(このクソ餓鬼、殴りたい、だが、ここで殴り飛ばしたら俺のここでの暮らしが危うくなる!)


「力ちゃん、立てるかい?」


 青年よりも一回り年上の50代ぐらいの中年の男性は、力ちゃん、と呼ばれる男性の手を掴む。


「ええ、立てますよ」


「これ終わったら飯食いに行こうか」


「良いですね」


 力ちゃんこと道明寺力丸は、立ち上がり作業に戻っていく。


 ☆


 2002年、都内に近いA街に落ちた隕石『コルセア』で街は壊滅状態に陥り、力丸のいた派遣会社は消滅という形で倒産して、実家に帰らざるを得なくなった。


 実家に帰って数年後に父親の尚文は心臓発作を起こして他界した。


 力丸が23歳の時である。


 後を追うようにして、母親の忍も脳溢血を起こして帰らぬ人となり、兄の健介は証券マンの激務に耐えきれずに自殺をしてしまう。


 力丸は独りぼっちになってしまった。


 派遣会社に入り、製菓メーカーに勤務したが、力丸が26歳の時にリーマンショックが起こり、派遣切りに遭ってしまい、無職となる。


 だが幸いにして、持ち家を親が残してくれた。


 底辺高校卒業、資格は自動車免許だけという体たらくの力丸を何処も使ってくれるところは無く、ただ仕方無く単発のバイトやアルバイトで食いつなぎ、今いる建築会社に入ったのが32歳の時。


 建築現場と言うと給料が高いイメージがあるのだが、それは一昔前の話で、手取り18万円でボーナスが無く、おまけに会社の社長の息子で町の名士の息子の名木田篤というパワハラを振るうクソ上司がいる。


 だが、ハローワークに出向いたところで大した職歴のない力丸をどこも雇ってくれる物好きな会社は無く、ジョブカフェやサポステに出向いても力丸に紹介する仕事はないと遠回しに言われて、仕方なく今の会社にいる。


 ☆


「ふぅーん、力ちゃんはA町の生き残りなんだな」


 仕事中、力丸を助けた中年の男はタバコを吸いながら力丸にそう言う。


 力丸が暮らすM町には居酒屋や飲食店が多くあり、力丸達は『飛燕』という居酒屋で食事をしている。


「ええ、そうなんですよ、友達とバンド組んでデビュー決まってたんすけどね、メンバーの生死が分からなくなってしまって、自然消滅してしまったんすよ」


「ふうーん、そっか……」


 その男は力丸をじっと見つめている。


「な、いやどうしたんすか? 房州さん……」


(このおっさんと付き合ってから3年が経つが、ゲイってわけではなさそうだよな……?)


「力ちゃん、明日どうせ休みだし、A町に行ってみるのはどうか? どうせ暇だろ? ここから2時間半ぐらいだろ? 行ってみたほうがいいと俺は思うが……」


「うーん……どうせ、休みの日はパソコンいじるか寝るかどちらかっすからね、行ってみますね」


 力丸は房州がなぜこんな事を言うのか不思議に感じるのだが、力丸自身、何故かA町に行きたくなる衝動をここ最近常に感じている。


「なら、そうしなね。そろそろ締めにラーメン食べるか」


「良いっすね」


 力丸は目の前に置かれた大ジョッキのビールを口に運ぶ


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