第3話

 二週間後、力丸達は不安と緊張の入り混じった顔で『グレアー』の控え室にいる。


(とうとう来ちまったか……)


 力丸達はこの日のために仕事が終わったらすぐに少ない給料の中からお金を出し合って練習をして、本番に臨んだ。


「普段やる気のねぇ連中達が珍しく、やる気を出してやがる」――


 力丸達の変わりように、派遣会社の同僚達は目を丸くしており、女が出来たとか、ドラッグをやっているとかそんな噂を陰でしていた。


「ヘイリッキー、緊張してるのか?」


 茂樹は力丸にそう言い、演奏をしているバンド達を見つめる。


 茂樹の顔は緊張はなく、むしろ今の状況を楽しんでいるかのように感じられる。


(こいつ、よほどの自信家なのか、それとも楽観的な馬鹿かそのどちらかだな)


「緊張しまくりだよ、前のようにヤジとか食らうのかな……? ってな……」


「んな、野次ったって、俺らの人生野次とか飛んでんだろ?」


「まぁ、そうだがな……」


 トントンとドアがノックされて、金髪の係員が入ってくる。


「底辺ロッカーズ様、そろそろお時間です」


「よっしゃ、行くか!」


 茂樹は意気揚々として立ち上がる。


「!?」


 気のせいか、茂樹の後ろ姿が、力丸には大きく見える。


 ♪


 近年のバンドブームの影響なのか、客席は人で埋め尽くされており、力丸は久しぶりに、高校卒業ライブで演奏した時の事を思い出す。


「えー! 皆様お待たせしました、底辺ロッカーズの皆様です! この方々はつい二週間前に結成されたばかりでして、ライブも初めてですが、皆様どうか温かい目で見守ってやって下さい!」


 MCを務めている、髪を緑色に染めて肩まで伸ばしている男は客間にいる人間にそう言い、茂樹にマイクを手渡す。


「何でぇ、つまんねー連中だな」


「下手くそだったらぶっ殺すぞ!」


 力丸の想像通り、客席からは野次が飛んでくる。


(やはり俺達は野次られる運命にあるんだな……)


「えー! 皆さま! 私達はついこの間まで今流行りの派遣社員でした! てか今でも派遣っす! こいつらとは同じ派遣先で知り合ったかけがえのない仲間です! 聴いてください、『ブルーワーカーの空』!」


 茂樹の合図と共に、力丸達の演奏が始まる。


 名も知らないロックバンドの事など気にもとめていない、耳の肥えた客達の目の色が変わり始めるのが、力丸の目には映る。


 茂樹の歌が始まる。


「午前6時、眠たい目をこすりながら歩く工場までの道のり……」


 茂樹の引き寄せられる力強く透き通った声。


 力丸と吾郎の、競い合うかのようなギターとベース。


 普段の物静かで挙動不審の不審者のような風体の龍臣からは考えられない、激しいドラム。


「やるのは、小学生でもできる下らねぇ仕事、馬鹿でもできるクソのような仕事……」


 彼等に微塵の期待をしていなかった客達は、立ち上がり、両手を上げて盛り上がる。


(な、スゲェ……!)


 力丸は弦を弾きながら、死ぬのかと思う程に熱狂する茂樹を見て、尊敬を通り越して恐怖を感じる。


(コイツ、こんな生き方をして、本当に死んじまうんじゃねぇのか……!?)


 茂樹の歌声と客の熱狂する声が、『グレアー』から物静かな町中に響き渡る。


 ♪



 灰色がかった天井と、消毒液の匂い、腕に伝わる注射針の感触ーー


「てかここはどこだ!?」


 力丸は、死の匂いが常につきまとう病室にいる事に、消毒液の匂いでベットから飛び起きて気がついた。


「よおっ……」


 隣のベッドには、吾郎がおり、携帯電話を操作しながら力丸に話しかける。


「よおっ、て、俺達は一体どうなっちまったんだよ!?」


「ライブやり終えた後にな、店内にいる人間全員が失神しちまって、ここに運ばれたんだよ……」


「え!?」


 力丸はベットから体を起こし周囲を見渡すと、点滴を打たれながら寝ている、『グレアー』で見た事のある顔つきの人間がいるのに気がついた。


「俺達は伝説になっちまったってわけさ……!」


 力丸の顔を覗き込むようにして、茂樹はどうや、と言いたげな顔をしてそう言った。


「凄かったぞ、兄ちゃん達!」


「応援してるからな!」


「次のライブはいつだ!? 有給使って行くわ!」


 力丸は周囲からの声援を受けて、思わず感極まり、涙を流した。


「あのう……」


 くたびれた感じの中年の男性は、少し緊張をしているのか、茂樹の元へと足を進める。


「はい?」


「私、アイベックスレコードの者ですが、一度お話をお伺いしても宜しいでしょうか?」


「はあ……ってえ!? あのアイベックスレコードさんっすか!? 是非!」


 茂樹達は満面の笑みを浮かべて、中年の男性の手を握り締める。


 ……それが、後々に伝説的な一夜となる、『グレアー』での底辺ロッカーズのデビューライブであった。

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