第2話

 茂樹達が利用している『ナイトガイ』とかいうふざけた名前のライブハウスは、古びたビルの一室にあり、奇遇な事に力丸が暮らすアパートのすぐそばにあった。


 所々が塗装が剥がれ落ち、地の色が見えているそのビルの階段を、力丸は自分でも不思議なのだが、普段は仕事に行くのにかったるいと感じている重い足取りが軽く、そして力強く足を踏むことができている。


 店内に入ると、花柄のスカジャンと黒のハンチングを被った、力丸よりも一回り年上の小太りの男が彼等を出迎えてくれる。


「よう、シゲちゃん、新しい仲間かい?」


 仲間、と聞いて力丸は彼等と奇妙な連帯感を感じる。


「あぁ、新しい仲間だ」


 茂樹はそう言うと、今日は俺たちがお金を出すからなと力丸にそう告げて、手続きを終えて部屋の中へと入って行く。


 隣の部屋には、大学生か高校生かフリーターか、力丸と同じ歳ぐらいの肌艶の男女がいて、防音室で練習をしているのが力丸の視界に飛び込んできた。


(ケッ、多分学生か……羨ましいぜ、俺はしがない派遣社員だ、今流行りの、な……)


 力丸にもし、人並みの学力があればどこかしらの大学に行けていたのかもしれないのだが、高校のテストはいつも赤点で指定校推薦は絶望的だったし、家庭が貧乏で予備校には通えなかった為大学受験勉強はままならずに仕方なくフリーターになった。


 部屋に入ると、ギターやベースや、ドラムが置かれている。


「スゲェな、こんなのが揃っているんだな!」


「あぁ、ここのマスターさんの趣味なんだよ」


 茂樹はそう言うと、ベース用の楽器を力丸に手渡す。


「早速君の腕前を俺たちに見せてくれ、俺たちの腕も君に見せる。それで、俺たちがバンドとして成り立つか判断しよう」


「あぁ、そうだな」


 力丸は手にした楽器を握りしめて、即興で今流行の曲を流す。


 ☆

 彼等がひとしきり楽器を鳴らし終えた後、茂樹はパチパチと拍手をする。


「スゲーじゃん、これで普通にバンドができるな、決まりだ、今からバンドを結成しようか」


「いやちょっと待てよ? お前さんの歌声を聴いていねーぞ、一体どんな歌声をしているんだ? 酷かもしれないのだが音痴だったら、そこらへんの小さなコンテストとかライブハウスだったら野次が飛んでくるのがオチだぞ」


 昔、ライブハウスに試しに出向いてボーカルの下手くそな歌で周囲から野次が飛んできた事を経験している力丸は、茂樹達にそう告げる。


「あぁ、なら試しに歌うか。即興で俺が作った歌だけれどもいいか?」


「あぁ、いいぞ」


「では……聞いてください、『ブルーワーカーの空』」


 茂樹はマイクを持ち、咳払いをしてマイクの電源を入れる。


「雨の中、風の中、俺たちはただ働く為だけに会社に行く……」


 ……五分後、茂樹が歌い終えた後に彼等は拍手をして、驚いた表情を浮かべて茂樹を見やる。


 そこには、プロも真っ青な歌声があった。


「スゲェな! これならどこにいっても通用するよ!」


「だろ!? 俺はこれで勝負をかけるんだよ!」


 茂樹はどうだ、と言った具合の自信のある顔をして、彼等を見つめる。


「早速結成だな!」


 吾郎は彼等にそう言って、彼女や親との連絡が入ったのか、携帯電話を気にして液晶を見やる。


「バンド名は何にするか?」


 力丸は茂樹にそう尋ねる。


「そうだな、肝心のバンド名が決まっていないな、なんかインパクトのある名前があればいいんだがな」


 彼等は、うーん、と頭を捻る。


「ブルーワーカーズってのはどうかな?」


 力丸はそう言ったが、彼等は首を縦には振らない。


「底辺ロッカーズなんてのはどうだ? 俺たち底辺の仕事だし、のし上がるって意味でさ」


 龍臣は珍しく早口ではなく、きちんと喋る。


「いいねそれ! 決まりだ!」


 茂樹は龍臣の肩を叩く。


「それにしよう!」


 彼等は口々にそう言う。


「でな、早速ライブをやるか、『グレアー』でライブ席が一個空いているって龍臣から情報が入ったんだよ! 一月後なんだ!」


「いいね……てか早くね!? 練習とか曲とか決まってねーじゃん!」


 力丸は吹き出して、茂樹にそう言う。


「曲と歌詞はできてるんだよ! 龍臣が作ってくれた! さっきの歌だ!」


「いいじゃん! 早速練習するか!」


「あぁ!」


 ……その日、いつも会社と家との往復で退屈な日常を送る力丸に、普段とは違う1日だった。 

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