底辺ロッカーズ

第1話

 ひび割れた窓ガラスから見える、薄く灰色がかった煙突とそこから立ち込める白色の煙を見て、百目鬼力丸(ドウメキ リキマル)は深い溜息を付く。


(こんな糞みたいな町に、希望なんてありゃしねえ……!)


 力丸の周囲にいる派遣社員達は、皆死んだ目の様に社員達の指示に従い、ベルトコンベアから流れる刺身にタンポポを載せる。


 底辺の高校をぎりぎりの点数で卒業したのはいいのだが、夢も無くやりたい事も無く、あても無く上京して、取りあえずは生活費を稼ぐ為にネット上で言われる「馬鹿でもできる仕事」を選んだのが運の尽き、そこには希望も無ければ夢も無く、ただただ深い絶望しかない。


 人材派遣会社が何処にも行く当てが無く、食い潰した人間に紹介する時給1000円ぽっちの単純作業を好きでやろうという人間は、余程お金に困っているかそれか、何処も雇う場所がないであろう、日常生活に障害のある人間しかおらず、力丸と同年代の人間は金にある程度のめどがついたら直ぐに辞めて行ってしまう。


 *


「はい休憩ですよみなさん」


 力丸と同じ歳ぐらいの正社員の女は、まるで自分が養豚場か動物園の係員かのような、獣を見るような侮蔑の視線を彼等派遣社員に浴びせかけ、部屋から出て行った。


 今の時間は正午、力丸達派遣社員はこんな糞のような仕事を頑張ってくれている恋人や奥さんが作ってくれたのか、それとも単に自分で作った方が安上がりなのか、手作りや作ってくれる人がおらず弁当を自炊するのが面倒くさい為にコンビニや近所の安いスーパーで買ったあまり美味くなさそうな弁当を持ち、誰とも話す事無く休憩所へと足を進める。


 誰とも話すことが無いのは力丸だけであり、他の人間は打ち解けているのか、テレビやらゲームやら、パチンコの話をして盛り上がっている、力丸はここに居る人間達とは金だけでの付き合いだと割り切っており話せる人間は以前はいたのだが、消費者金融から借金をしており、力丸だけでなく他の人間からも金を借りて無断欠勤をした挙句にバックレてしまった。


 力丸はたまたまその日、軽く寝坊をして弁当を買い忘れて、自販機のコーヒーで空腹を満たそうかと思い一杯100円程度の値段で売られている自販機へと足を進める。


 そこには先客がいて、そいつは自販機の隣にある喫煙所でタバコをふかしている。


「なぁ……」


「ん?」


 そいつは力丸に用があるのか、力丸に話しかける。


「あんた、B班の百目鬼さんだったな? 俺はC班の道明寺だ。……折り入って話があるんだが、良いか?」


「金の話なら断るが、何だ?」


「俺とバンドやらねぇか?」


「はぁ!? バンド!?」


「いやな、風の噂であんたベースができるって聞いたからな、ドラマーとギターはいるんだ、ボーカルが俺ってわけ。どうだ? やらないか?」


「いや、出来るけれども……金子が話したんだな」


 力丸は高校の時に軽音楽部に所属しており、何度かライブをしていたのを、以前いた自分よりも一つ上の金子という同僚に話をした、力丸達から金を借りてバックレた張本人である。


「無理とは言わねーが……」


「うーん、どうせ家帰っても暇だしなぁ、いいよ、やるか。メンバーはいるのか?」


「あぁ、C班の信濃川と、D班の烏丸だ。これ終わったら紹介するわ」


「分かった」


 力丸は自販機で一杯120円の、いかした男性の顔が映ったコーヒーを買い、煙草に火をつける。


(どうせ暇だし、やっても良いか……)


 力丸はコーヒーをすすり、ベンチに座り携帯でメールを打つ道明寺茂樹(ドウミョウジ シゲキ)を興味ありげに見やる。


 ☆

 待ち合わせ場所に茂樹が指定したのは、会社側にある『ドドーチェ』という名前の良心的な名前の喫茶店である。


 店内は、制服姿の男女や、平日に暇を持て余した老人会の連中に、高価なノートパソコンをわざわざ持ち出して仕事か何かの打ち合わせをしている会社員らしき男性、それと、カップルが何名かいるのだが、窓際の席がちょうど空いていたので彼等はそこに座ることにした。


「さて、メンバーが揃ったことだからお互い自己紹介するか。俺の名前は道明寺茂樹。年は18で高校を出たばっかだ。あてもなく上京して中小企業の派遣に入ったフリーターってやつだ。ボーカル担当だ、好きなジャンルはロック」


 茂樹は甲高い声でそういうと、コーヒーを口に運ぶ。


 茂樹の隣に座っている、肥満体質で分厚い眼鏡をかけた男は如何にもオタクと云った顔つきで、アニメキャラの絵柄の入ったシャツを着ている痛々しいやつだなと力丸は思い、タバコに火をつける。


「俺は信濃川龍臣(シナノガワ タツオミ)だ。ドラム担当だ、アニソン専門のバンドでドラムを叩いていた、好きなジャンルはアニソンだ。18歳だ」


 龍臣は震えるような小さな声で、滑舌が悪く早口でそう話す。


 力丸の隣にいる背が高く細身の男性は床屋に行く金がないのか、ボサボサの髪の毛を後ろで縛って、骨と皮だけの指でミルクをコーヒーの中へと入れる。


「俺は烏丸吾郎(カラスマ ゴロウ)。ギター担当だ、昔スリーピースバンドのギターをやっていた、年は18歳、今年で19歳だ、好きなジャンルはベビーメタルだ」


 力丸は彼等の経歴を見て溜息をつく。


(アニソンにヘビメタ、ロックかよ……こんな凸凹なメンツで一体どんなバンドになるんだ?)


 力丸は学生の頃にバンドを組んでいたのだが、方向性がバラバラですぐに解散をしてしまったのだ。


「君の経歴を聞いていなかったな……」


 吾郎は力丸に尋ねる。


「俺の名前は、百目鬼力丸。高校の時部活で軽音楽部にいてベースをやっていた。年は18歳であんたらと年は同じだ。好きなジャンルはロックだ」


「ふぅーん、なぁ、これからさ、試しに俺たちバンドとして成り立つのかこれから演りにいかないか?」


 茂樹はニヤニヤと、どこからか湧いてくる根拠のない自信のある顔で彼等に伝える。


「ここら辺に貸しスタジオってあるのか?」


「あるんだよ。楽器も貸してくれる、早速行ってみないか?」


 久し振りにギターが弾ける……


 力丸は音楽は三度の飯よりも好きで、本当は仲間とともに上京することになったのだが、方向性の違いで大喧嘩をしてしまい解散をしてしまい、音楽の道を諦める事になったのだが、何故かアルバイトで貯めたベースを捨てるのに躊躇いを感じており、結局処分せずに余分な荷物として、一人暮らし先のぼろアパートに置かれている。


 彼等は軽くあいつが嫌だとか、あの女可愛いとか給料が安いだとか愚痴を話して、30分程して店を後にした。

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