第98話 大物女優気取り

「おい、聞いてるのか、日高!」


 -奥プロ事務所-


 社長が、朝から日高に声を荒げていた。

 でも。

 日高は、そっぽを向いて。

 間に入っている、はるが、一人おろおろしていた。

「お前、カレーが不味いって言って、作り直させたそうじゃねーか」

「えっそうなの?」

 はるが、日高を見た。

「それだけじゃないぞ。こんなとこで待ってられないって、控え室変えさせたり。スタッフに、あっち行けって追い返したり。何だ、そういうのが、カッコイイとか思ってるのか。大物女優気取りか、お前」

「………」

 日高は、無言のまま。

 しばらくして、太一が間に入って、この場は収まったけれど。


 マンションに戻っても。

 日高は、はるを避けるように、ソファに座って、無言でテレビをつけた。

「ねえ、日高」

「………」

「何か、私に言いたいことがあるの?」

 日高は、はるの方へ視線を移した。

「何で?」

「だって……」

「別にないよ」

 日高は、そう言って、もう、はるを見ようとしなかった。


 -花村鉄工所-


「えっ、日高が?」

 貴子は驚いて、はるを見つめた。

「でも、先輩、意味もなくそんな事するかなあ」

 めいが言った。

「うん。何か、理由があるんじゃないの?」

 と、連ちゃん。

「だから、私が何かしたのかなあって、一応聞いてみたんだけど」

「何て言ったの、日高」

「別にないって」

「………そう」

「私とも話そうとしないし…」

 はるの言葉に、貴子が、

「はるちゃん。確かなこと言えないんだけど。私も、二人と一緒で、きっと何か日高なりの理由があると思うのよ。でも、あの子、ほら、ああいう感じでしょ。うまく言葉に出来ないでいるんだと思うの。だから、はるちゃんは、自然体でいてくれないかしら。変に気を使われてる事にイライラしてるのかもしれないし」

「そっか」

 はるは頷いた。

「ちょっと気を使ってたかもしれない」

「そうね。あの子、はるちゃんのこと、本当によく見てるから」

「ええ、わかります」

 今回の、貴子のアドバイスは。

 -自然体でお願いね-

 だった。



「ただいまー」

「はる、お帰り」

 ソファにいた日高が、はるに視線を移した。

「日高、今日早いね」

「今日、撮影短かったから」

 日高の言葉に、はるはいつも通りの口ぶりで。

「ねー、また貴子さんがお弁当作ってくれたよ」

「あ、実家うち行ってたんだ」

「うん」

「お腹すいた」

「すぐ用意するね」

 はるがキッチンに立つと。

「はる、ありがと」

 追いかけて来た日高が、はるを後ろから抱きしめた。

 言葉は、不思議とこの日は必要なくて。

 日高は、

「はる」

 甘えるように、自分の頰をはるの背中にくっつけて、そう言っただけだった。

 でも。

 なぜだか、何かがほどけていくようで。

 この日一日。

 仲睦まじい、つがいの鳥のように。

 体を寄せ合って。

 二人は、ただ、離れなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る