第85話 王子と姫

 森の動物たちに扮する生徒たちが、はるのまわりに集まってきた。

「わー、すごくかわいいお姫様がいるよ」

 と、リス。

「眠っているのかな。とってもかわいいね」

 と、タヌキ。

睫毛まつげが長いね」

 と、シカ。

「ずっと眠っているままじゃ、かわいそうだね」

 最後に、クマが言った。

 日高は。

 腕を組んだまま。

 舞台げきを観つめつづけた。

 やがて、場面はどんどん進んでいった。


「ねえ、キスしたら起きるかな」

 タヌキがそう言った。

(え?)

 日高は、少し身を乗り出した。

「そうだね。王子様が現れないんじゃね」

 と、クマ。

「………」

 ちょっと天井を見上げて。

 日高は、大きく息をついた。

 そのとき。

「これ」

 冠と、マントを、一人の生徒が、日高の前に差し出した。

「……ありがとう」

 日高は、それを受け取った。


「じゃあ、僕からするね」

 リスが、はるの前で腰をかがめた。

 と、そのとき。

「待て」

 日高が立ち上がった。

 その瞬間、この日一番の喚声が上がった。

「その姫は、私の想い人だ。何人も触れてはならぬ」

 ゆっくり、階段を下りてゆき、やがて日高は舞台へ上がっていった。

 動物たちは、王子の威に打たれたように、片膝をつき、こうべを垂れた。

 日高は、動物たちの間を歩いてゆき、やがてはるの前に立った。

 そして片膝を折り、

「姫。長い間待たせて悪かった。あなたが……はるがいないと私は生きていけないのだ」

 そう言って、眠り続けるはるを、じっと見つめた。

「私が愛しているのは、はる、あなただけだ」

 そう言って。

 しばらく、はるを見つめていた。

 そして。

 静かに。

 日高は、はるに、唇を重ねていった。

「………」

 ゆっくり。

 はるの瞳が開いた。

「来て……、来てくれたのですね」

「ああ。待たせて悪かった」

 日高の腕が、はるを抱き起こした。

「日高……」

「はる」

 二人は。

 もう一度、確かめ合うように。

 抱きしめて。

 離れなかった。


 そして、ゆっくり。

 幕が降りた。


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