第79話 不信

「はぁ……」

 ため息をついて、ドアの前に立った時だった。

(あっ)

 部屋から漏れる光に、

「日高!」

 ドアを開けると、靴を舞わせて、はるは部屋へ駆け込んだ。

「ただいま」

 そこにいたのは、日高だった。

「日高ぁー」

 ソファごと抱きしめるように、はるは、日高に飛び込んでいった。

「遅いよー。遅いよ、遅い」

 半分笑って。

 半分泣いて。

「はる、ごめんね」

 日高の手が、はるの髪に触れた。

(………)

 はるの首元に光るネックレスが、日高の瞳の前で揺れていた。

(…祥子さんか…)

 いつもだったら。

 一言。

 いや、とめどもなく、はるを責めたてていたかもしれない。

「ね、はる、もう一度、一緒にCM観ようか」

 日高が、はるの体を優しく抱き起こした。

「うん」

 そう言って。

 リモコンで録画映像を探しながら。

 はるは、左手でネックレスを服の中へ隠し入れた。

「………」

「あっ、あったよ」

「……うん」

 日高は頷いた。

「ねえ、はる」

「ん?」

「寂しかったんだよね?」

「……え」

「ううん、何でもない」

 日高は、ちょっと笑った。

「全然違うね、はる。このCMの時と」

「だね」

 すり寄っていく子猫のように。はるは日高の肩に、ぴったりと体をつけていった。



 -奥プロ事務所正面玄関前-


「社ちょー」

「うわっ、何だよっ」

 早朝。

 まだ八時前。

 社長は、手にしていたほうきを落としかけて、飛びのいた。

「何だ、日高かよ、びっくりさせんなよ。何、どうした、こんな朝早く」

「社長に相談があって来た」

「バスで来たのか?」

「タクシー」

「……そっか」

 カタッ。

 箒を片付けると。

「まあ、とりあえず、上行くか」

「うん」

 二人で階段を上っていって。

 社長は事務所のカギを開けた。

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