第30話 はるの声

「二人共、どこに行きたいですか」

「はるは?」

「私?」

「うん。はるの行きたいとこでいいよ」

「じゃあ、動物園かな。小っちゃいとこでいいから」

「あ、じゃあ良い場所知ってます」

 関君は、シートベルトを閉めながら言った。

 二人は。

 ちょっと照れながら。

 指をからませるように、手を繋いだ。

 まだ陽は高くて。

 日高とはるは、とめどなく話し続けた。

 三時を少し回った頃。

 小さな動物園に着いた。

「僕は、ここで待っていますから」

 関君は、入り口のベンチに座って、二人に小さく手を振った。

「うん。はるちゃん、行こ」

「待っててね」

 二人は、帽子を目深に被って園内へ入って行った。



「あっ馬がいるー」

「はる、馬好きなの?」

「うん、昔、乗馬習ってたよ」

「えっ、そうなの」

「うん」

 閉園前の平日の動物園は、人もまばらで。

 -貸し切りみたいだね-

 二人は、手を繋いで、ゆっくりと回って。

 時々、動物のおやつを買って、あげたりして。

 のんびり、ゆっくり、二人だけの時間を楽しんだ。

「あっサルもいる」

「本当だあ」

 二人は。

 しばらくサル山を眺めていた。

 その時、はるが出演しているCMの、CMソングが園内に流れた。

 すると、前方から来た、中学生くらいの女の子たち二人組が、

 -ねー、HALの声ってどんなかね-

 -テレビとかで話したの、聞いたことないよね-

 -声、高いのかなあ。最近、女の子っぽい服着てたよね-

 -顔、カワイイよね。小っちゃくて-

 そんな事を言いながら。

 二人の後ろを通り過ぎて行った。

 はるは。

 日高を見ると、ちょっと肩を上下させて微笑わらった。

(そうなんだ。そうだよね)

 自分は、HALも、はるも、知っていて。

 こんなに愛情を独り占めしているのに。

 何て小さい事にこだわっていたんだろう。

「はる、ゴメン」

「えっ何?」

「ううん、何でもない。そろそろ帰ろっか」

「うん」

 二人は、どちらともなくまた手を繋いだ。


 あのね。

 はるの声は。

 少し高くて、柔らかな声なの。

 太陽よりは、月に近くて。

 月の光に似ていて。

 きれいな。

 透き通るような声なの。


 だけど。

「さっき、サキさんの歌、流れてたねー」

 帰りの車内で。

 はるの言った一言で。

 やっぱり日高は一人、ヒリヒリしていた。

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