第19話 工房

 -翌日-


「じゃあ、はる、行ってくるね。午前中で終わるから待ってて」

「うん」

 手を振って。

 どうしようかな。

 山形かあ。

 ホテルの下の売店に行くと、中学生くらいの女の子が、色紙を持って近づいて来た。

「あの、HALさんですよね。大ファンなんです。サインもらえますか」

「いいですよ」

 はるは、HALになって。

 サインを書いた。

(山形でも知っているのかあー)


 女の子は、握手をしている最中に、

「どうしよう」

 って、泣き出しちゃったけど。

 その後、二、三回呼び止められて、求めに応じて。

 HALのファンは九割が女の子で、みんな礼儀正しくて、控え目な子が多かった。

 見送ってくれる女の子たちに、小さく手を振って、ホテルを出た。

(山が、綺麗だなあ)

 大きな絵を切りとったような蒼い山々に。

 来て良かった。




 あてもなく歩いていると、小さな工房があった。

(日高んみたい)

 見るともなしに、立っていると。

「入る?」

 って、背後から声をかけられた。

「えっ」

 中年の。

 優しそうなおばさんで。

「おいで」

 手まねかれた。

「じゃあ、ちょっと」

 はるは。

 工房へ入って行った。

「もうすぐ、工場こうば開けっから。お茶飲んで待ってなさい」

 そう言って、おばさんは、手早くお茶を入れてくれた。

「ありがとうございます」

 はるは、湯のみにくちをつけた。


「東京から来たのかね」

「はい」

「あんた、HALさんでしょ」

「えっ、わかりますか?」

「まあね。いろいろ、有名だから」

 おばさんも、自分の湯のみにお茶を入れて。

 しばらく他愛のない会話をして。

 でも、なぜか、話が弾んだ。

「あっ」

 時計を見て、はるは立ち上がった。

「工場、見たかったけど、又にします。ごちそうさまでした」

「ああ。またおいで」

 おばさんの言葉に。

 はるは、ぺこりと頭を下げた。





 ホテルに戻ると。

「はるー!もー、探しちゃったじゃーん!」

 って。

 日高が駆け寄って来た。

「スマホくらい持って出てって、いつも言ってるでしょ!」

「ごめん、ごめん」

「超、心配したんだから!」

「ごめんね」

 すねて怒る日高も、なんか可愛くて。

「で、日高、仕事終わったの?」

「終わったよー。だから、はると行きたいとこ、関君に連れていってもらおうと思ったんだけど。全然検索しても出て来ないの。今日くらいしか時間ないのに」

「それ、どこ?何ていう名前のお店?」

「お店じゃないの。R・Y工房っていうの」

「R・Y……、それ、さっき、私見たとこかも」

「えっ」

「そこのおばさんに、お茶をごちそうになってた。まだ工場が開かないからって」

「はる……はるちゃん!やっぱ、はるはすごい持ってるよ!」

 さっきまで怒っていたのが嘘のように。

 きらきらした瞳で、日高は、はるに抱きついて来た。

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