第13話 愛しい

 関係者に丁寧に挨拶して、はるは、関君と指定された席に着いた。

「もうすぐ始まりますよ」

「うん。どんな内容はなし?」

 確か、高校教師と女子高生の恋愛ストーリーです」

「ふーん」

「それと」

 関君が、背すじを正して、はるを見た。

「万一のときに備えて、ドクターと看護師も裏で待機していますから」

「花火でも使うの?」

 はるが問いかけたとき。

 静かに幕が上がった。



(日高だ)

 女子高生役で。

 教師と恋に落ちてゆく純愛ストーリーを。

 はるは、頬杖をついて眺めていた。

 でも。

 ある場面に差しかかったとき。

「どういうこと」

 呟くように。

「ねえ、これ、どういうこと」

 はるは、関君の腕を掴んだ。

 ステージ上の日高が。

 くるくると服を脱ぎ捨てて。

 一糸纏わぬ姿になった。

 そしてそのまま。

 男優の腕の中に飛び込んでいった。

 日高は、きれいだった。

 髪も。

 表情かおも。

 体も。

(だけど)

 はるは、俯いて。

 もう舞台を観なかった。

 けれど、そのとき。

 関君が、はるの手をぎゅっと握った。

「はるさん、観ましょう。日高さんのお芝居。日高さんが、どうしてもはるさんに観てほしいって、社長に頼みこんだんです」

「日高が?」

「はい」

 関君は、大きく頷いてみせた。

 関君は。

 日高のいる舞台へ視線を向けた。

「…………」

 はるは。

 少しだけ、目を上げた。

 激しく求め合う恋人たちの転げあいながら愛し合っていく姿を。

 自分の瞳の奥に残した。

 苦しくて。

 切なくて。

 美しくて。

 でも。

 最後に残ったのは。

 いとしい、だった。

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