第9話 帰京

 はるは。

 残る二シーンも、どうにか演じきり、初めての映画の撮影を乗り切った。

 監督は、はるに直接声はかけなかったけれど。

 -まだ荒削りだけど、いい女優になるかもな-

 そう、わざわざ奥村社長に伝えていた。




「お疲れ様です。一人で大丈夫でしたか」

 関君がドアを開けてくれて。

「もー、超大変だったよお。何で一人で行くって言ったんだろう、私」

 マンションに着くまで。

 はるは、甘えるように関君に、とめどもなく愚痴りつづけた。

 関君は聞き上手で。共感してくれたり、慰めてくれたりして。

「日高さんが待っていますよ」

 最後に、その言葉をかけてくれて。

「うん」

 ちょっと恥ずかしそうに。

 はるは頷いた。

(あっ靴、靴)

 はるは。

 日高が驚かないように、いつも靴音を高くして帰っていた。

 相手がはるでも、予定より早く帰っていたり、気づかないでいたりすると、日高は、

 -キャアッ-

 と、言葉をあげて驚いてしまう。

 だから。

 エレベーター前から。

 はるの靴音は高くなる。

 すると。

「はるー、お帰りー」

 ドアが開いて。

 日高が迎えてくれるのだった。

 でも。

 この日はなぜか、家にいるはずの日高は、玄関には出て来なくて。

「ただいまー」

 はるが、リビングへ入ってゆくと。

「あっ」

 ちょっと声を上げて。

「おかえり」

 目を合わせないまま、はるの荷物を受け取った…。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る