【幕間】人とそうでないものの恋愛について

「……ということです」


 秘色さんが話し終わると、俺は自然と息をついた。

 冷静で、声に抑揚がまるでなくて、落ち着いている。そんな彼女の秘めた情熱を前にして圧倒されてしまったのだ。


「人と神様の恋……ねぇ」


 紅子さんがぼやくように言った。

 到底叶わないような、そんな荒唐無稽な話。

 それを彼女……秘色いろはさんは成し遂げたのだ。

 ほんの少しだけ憧れを滲ませながら、俺は問う。


「長い生の中の、たった100年か。殺し文句だな。返事ももらってるわけだし、もう一緒に住んでるんだよな?」

「ええ、一緒に住んでます。でも、返事はもらっていません」

「え!?」


 当然さっきのやりとりから恋愛成就していると思っていた俺は、その言葉に素っ頓狂な声をあげてしまった。

 だってそうだろう。さっきの流れでどうしてそうなるんだ。


「先生は怖いんです。恐ろしいんです。わたしを、〝つがい〟にするのが」

「怖いって……」


 秘色さんは寂しそうにはにかんで目を瞑る。

 紅子さんはテーブルに肘をついて彼女を眺めながら、なんだか複雑そうな顔をしていた。彼女にも分かるのか? 俺には、どうして二人が付き合っていないのか分からないんだが。

 年齢的な問題ならばそもそも何百歳も差があるわけだし、関係ないだろう。


「シムルグは、千年以上の寿命があります。けれど、子供を産むとそれが縮まります。子供が育ちきる頃に、産んだシムルグは死にます。わたしが先生の、本当の意味でツガイとなれば、寿命は伸びます。けれど、子供を望めばあの人と添い遂げることができなくなってしまうんです。だから、きっと」


 憂いを隠すように微笑む彼女に、世の中はどうしてこんなにも上手くいかないのだろうと考える。

 こんなにも、彼女はシムルグを想っているのに。

 添い遂げることなく子供を産んで死ぬか、愛したヒトとの子供を望まずに長く生き続けるか。その二択。

 彼女自身はどうやら覚悟しているようだが、シムルグは踏ん切ることができていない。

 俺だって、そんな二択を迫られたら迷うだろう。

 どれが彼女のためになるのか。なにが彼女の幸せなのか。分からなくなってしまうだろう。


「先生とやらも甘いんだねぇ……そうやって待たされる身にもなればいいのに」

「わたしのことを想って悩んでくれているんです。だから、わたしはいつまでも待ち続けますよ」


 紅子さんの言葉に秘色さんはこともなげに言い放った。


「まったくだよ、はやくくっついてくれればいいのに。ぼく、イチャイチャを見せつけられすぎて砂吐きそう」

「うん……それはごめんね」

「そう思うならあの手この手であのオッサン落としなよ。既成事実でも作れば責任取ってくれるって」

「そういうのは、だめ」

「あっそ」


 桜子さんはウンザリしたようにしているが、強要する気はどうやらないようだ。

 それにしても、人とそれ以外の関係にもこんな形があるんだな。


「人と、人外の恋なんて悲劇ばかりだけれど……キミ達はそれでいいのかな」

「悲劇になんてさせませんよ」


 当たり前のように秘色さんが答える。

 それを受けて紅子さんはひどく驚いたように、その赤い目を見開いた。


「だって、わたしはあの人のことが好きなんです。どうしようもなく。細かいキッカケなんてどこにあったのかも分かりません。いつのまにか、ただそばにいたいと想っていました。恋なんて、そんな曖昧なものなんですよ」

「けれど、神様は人の信仰がないと消えてしまうかもしれないよ」


 なおも意地悪を言うように紅子さんが詰問する。

 失礼にもほどがある。けれど、なぜだか彼女は必死なようで、不思議と俺が止めるのはいけないことなのだと思った。これは、二人の問題なのだ。


「あの人が忘れ去られてしまっても……わたしが覚えていますから。きっと、わたしだけの信仰心でいっぱいにしてあげることだってできるはずです。想いのチカラで、決意で、事を成すことができる。人間のすごいところって、多分そういうところなんだと思いますよ」

「……そう、キミが幸せならそれでいいけれど」


 想いと決意でなんでもできる……か。

 俺の持っている赤竜刀は、無謀な挑戦をする際に迷いや恐れを斬って勇猛に変えるチカラがある。俺の決意だけが、そこに残って力になる。

 成長していく力。それが人間に備わった強みだということだな。


「さて、これでわたしの思い出話は終わりです。そろそろ出ましょうか」

「ああ、俺の我儘に付き合ってくれてありがとう。俺とは違う、人と神様のひとつの形。知られて良かったよ」

「……」


 そうして帰り道。

 紅子さんはずっと難しい顔をしながら黙り込んでいた。

 それは多分、秘色さんのあの話を聞いたからだろう。彼女がなにを思っているのか、それは俺にも分からない。

 俺はそこに踏み込んでいくほどの勇気がまだない。

 そう、まだ。


「紅子さん、また食べに行かないか?」

「……それはデートのお誘いかな」

「たまにはね。いいだろ? あそこのクレープ美味しかったからさ……でも、可愛い店だから俺一人で入るのもなんか遠慮しちゃうし、お願いしてもいいか?」


 彼女の嫌いな言い訳を交えて説明するが、紅子さんは気にすることなく儚く笑う。いつもよりもずっと弱々しいそれに、俺はなんだか不安になりながら返事を待った。


「いいよ、行こう。でも、もう遅刻はしないでね」

「それは……善処する」

「それ、遅刻する気でしょう」


 そんなやりとりをしながら、俺達は帰路に着くのだった。

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