其の四「第一の怪について」

「え、窓ガラスと首に一文字って……」


 言いながら、俺の視線は隣に移る。

 紅子さんはドリンクのストローをくるくると回しながらつまらなそうに「アタシじゃないよ」と言った。


「そうですね。あの子には意思がありませんでしたから」


 続けて秘色さんも答える。

 どうやら、非常に似ているが別の怪異らしい。


「それに、アタシは七彩の生徒じゃないよ。別の高校から流れでここまで来たんだから、アタシが関係しているはずがないでしょ」

「それもそうか」


 そういえば、そうだったな。

 紅子さんは今でこそ七彩高等学校で学び直しているが、元は別の学校の出身だ。七彩の制服がセーラー服だったのは何十年も前みたいだし、幽霊になって二年だという紅子さんには当てはまらない。

 その分桜子さんは七彩の生徒だったらしいので、何十年も悪霊をやっているのが確定することとなる。


「恐らく……あなたが今の第一の七不思議を充てがわれたのも、色々と似ていたからだと思います」

「だろうねぇ。ふうん……ま、もういない霊のことを考えてもしょうがないねぇ」

「いろは、今度はこれ頼もう」

「はいはい」


 秘色さんは、あれもこれもと頼む桜子さんを甘やかして丁寧に注文を取ってあげている。

 タピオカドリンクだけでもう三杯目だ。

 桜子さんは普通の人には見えないので、秘色さんが全部飲んでいるように周りには映るだろう。彼女はそれでいいのだろうか。


「桜子、自重しなよ」

「やだね。だってぼく悪霊だもん」


 紅子さんが嗜めるように桜子さんに声をかけるが、彼女はそっぽを向いて唇を尖らせる。悪霊を言い訳にしてやりたい放題していないか? 


「随分と可愛らしい悪霊だねぇ」

「そうでしょう?」

「皮肉で言ったんだけれど」

「あれ、そうなんですか」


 紅子さんと秘色さんのちょっと間の抜けた会話を聞きながら、考える。七彩高等学校にはいじめ問題でも多い時期があったのだろうか。

 第一の怪異は首を切っての墜落死。普通じゃない。


「首が切断されるほど恨まれていたのかな」


 俺がポツリと呟くと、秘色さんは首を傾げて困ったように眉をハの字にした。


「……どうでしょうね。もう成仏してしまったし、わたしには分かりません」

「自殺かもしれないよ?」

「え」


 紅子さんの言葉に硬直する。

 首が切断されているのに自殺? そんなことありえるのか? 


「自分で首を斬るなんて、できるものか?」

「できるよ」


 断言するように言った彼女に薄ら寒さを覚えながら、考える。

 もしかして紅子さんって――


「なんてね、冗談だよ。人間、なんでもやればできちゃうものだからさ。想像の選択肢を狭めるものじゃないよ」


 ふわりと、彼女が笑う。

 自嘲するような笑みに、俺は言おうとした言葉をしまった。

 口に出そうとした言葉を、封じられた気分だった。


「……じゃあ、続きを話しますね」


 気をとりなすように秘色さんが言う。

 今の話題はこれでお終い。そんな話の切り方だった。


「ああ、頼むよ」


 俺も秘色さんの言葉に乗って答える。

 結論を急ぎすぎないように。


 さて、高校二年生。その時点で怪異現象に慣れていたという彼女。

 その口から出てくるのは、奇妙な教師と、霊能力者の秘密を抱える少女との学校からの脱出するためのお話だった。

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