其の三「偏屈庭師のホームページ」
「おおそれはそれは…… お兄さんも頑張ったんだねぇ。最近キミに付き合ってまったくゲームできないのも許してあげるよ」
図書館で合流した彼女にお土産を渡すと、それはそれは哀れそうな声色でやれやれと言った。
ゲームというのは例の、夢の中で行う凶器探しのことだろうか。
彼女のゲームは失敗しても死なない親切設計だが、あんな悪夢拡散させるのもどうかと思うぞ。
俺がそう言うと不満を込めて紅子さんが溜め息を吐く。
「アタシほどアフターケアに優れた怪異はいないと断言できるね。夢で出会った人間が心底怯えていたならアタシとしても満足だし、場合によっては記憶も消してあげるのにさ」
でも精神的ダメージはなかったことになんてできないだろう。
「それがアタシ達怪異なんだから仕方ないだろう? こっちだって怖がってくれなくちゃ生きてけないんだから」
「…… そっか、そうだよな」
彼女達はあまりにも人間に近いから、忘れていた。
怪異が生きるためには〝 噂 〟や〝 伝承 〟が必要不可欠。それがなくなれば、人間が忘れてしまえば彼女達は消えてしまうのだ。
「ところで、その…… 前払い報酬とやらはちゃんと受け取れたの?」
紅子さんが話を変え、今朝方桜の木まで行っていた俺を見る。
相変わらず、いや昨日以上に美しく咲き誇っていた桜の花の下で青葉は待っていた。だから、勿論受け取っている。
なんと、報酬は精霊が持っているのには違和感があるブランド物のアクセサリーだったのだ。
生憎と俺はピアスなんてつけないし、お高いブランド物の指輪だって恐れ多くてつけられたものじゃない。精々売り払うくらいしか使い道なんてないが、正直人外に貰った代物なのでそんなことできるはずがない。
そう愚痴りながら俺が指輪とピアスを見せると、紅子さんは一瞬だけ眉を跳ね上げてそれが乗った手の平を見つめた。
そして、そのまま俺を見上げて怪異らしく胡散臭げに微笑んだ。
「お兄さん、アタシにこの指輪とピアスくれない?」
「別にいいけど…… 紅子さんでもブランド物を欲しがったりするもんなんだな」
「まあね、アタシだって女の子だから? 貢ぎ物の一つや二つ欲しくもなるんだよ。いいだろう? 元手はタダなんだから」
煙に巻くように言葉を選んではいるが、やはり彼女も女の子だ。アクセサリーに興味があるのだろう。
この二つのアクセサリーは男向けの少々無骨なものだが、それでも学生の身には眩しく映るのかもしれない。
「うん、お兄さんにはもう特別な首輪がついてるからね。新しいの貰ったって知られたらどうなるか分からないよ? キミも少しは自分の身を案じた方がいい」
「あー……」
そういえばそうか。
他人からのアクセサリーなんてつけていたら
紅子さんに言われなかったら一晩拷問コースだった可能性すらある。
彼女は命の恩人だ。
「ありがとう、紅子さん」
「ふふ、どういたしまして。遊んでくれる人がいなくなるとアタシも寂しいからねぇ」
やれやれ、と微笑みながら首を振る彼女に感謝する。
俺だって、一人じゃここまでやってこれなかったかもしれないからだ。心を折られるつもりもないが、やはり身近に相談できる相手がいるのといないのとじゃ随分違うからな。
「さて、先に調べておこうか」
「ああ、この図書館はネットサーフィンもできるからそっちでもよろしく頼む」
「…… えっと、ごめんお兄さん。アタシあんまり機械得意じゃなくて…… 代わりに地元の話とか桜のこと調べてみるから、庭師さんのことについてはそっちに任せていいかな?」
「そうなのか、分かった。じゃあ資料の方はよろしくな」
「…… うん、任されたよ」
機械音痴について突っ込まれなかったことに安心したのか、紅子さんは俺から指輪とピアスを受け取ると、ゆっくり図書館内を歩き始めた。
「ええと、確か〝 敦盛 〟…… はるき? 晴樹か? とにかく調べてみるしかないか」
簡単に検索をかけ、ついでに庭師というキーワードも入力する。
すると出て来たのは〝 敦盛春樹 〟という庭師の名前と、そのホームページらしきもの。
しかし、ホームページを覗いてみたはいいが日付が結構古い。凡そ10年以上は前の日付が最終更新日となっているようだ。これでは良い情報とは言えない。だけれども、ここが公式ホームページであろう以上無視することはできないだろう。
そう思って一通り見て回った。本人の写真は20代の若々しいものであり、背後には〝 あの桜の木 〟が美しいままにある光景だ。
この頃はまだ手入れをしていたということだろうか。日付からしても相当前のことだ。
事務所の住所も勿論書いてあるし、電話番号も載っているのでメモを取る。本人の誕生日を確認したところ、20代の写真は相当前のもので間違いない。なんせ今や40代だ。
それからホームページを後にし、通常検索でもう一度彼について調べた。
どうやら現在でも庭師として仕事をしているようだが、評判を見ると大分偏屈で厄介な性格の人物らしいことが分かる。
クズだとかクソジジイだとか最悪な奴だとか、先程のホームページから今は40代のはずだが随分な評価だ。
桜と共に写っていた好青年は偏屈ジジイになってしまったということだろうか。
しかし、ネットの評判は誇張されていたりするものだ。会ってみないことにはなんとも言えないだろう。
通常検索した結果でも住所は変わっていないようなので、直接事務所に行ってみるのもいいかもしれない。
電話番号も控えているから、あとでアポをとってみればいいや。
「…… このぐらいか」
パソコンから顔を上げ、電源を落とす。
俺が収穫を手に図書館をうろつき始めれば、すぐに目立つ大きなリボンが視界に入った。
菫色の大きなリボンでポニーテールを作っている紅子さんは、真剣に資料を見比べながら唸っている。
テーブルの上には、先程譲ったアクセサリー類も並べられていた。
おいおい、それ一応ブランドなんだからもう少し気を遣った方がいいぞと思いつつも、様子を見る。
「…… ?」
やがて、背後に立つ俺に気がついたのか紅子さんがこちらを振り向く。
「っちょ、お兄さん!?」
椅子から転げ落ちた。
突然のことでびっくりしたんだろう。怪異もこんなことで吃驚するもんなんだな、と別のところで俺は感心してしまった。
「あ、あのね…… 人間が怪異を驚かせたってなにも良いことはないだろ? そういうのはやめてよね……」
「良いこと? うーんと、紅子さんの可愛い反応が見られたとか?」
「キミ、ふざけてるの?」
おっと、いつも揶揄われているからその逆襲のつもりだったんだが怒らせてしまった。
「あーもう、キミには驚かされてばかりだ…… アタシ驚かす方なのに………… 存在意義が問われるよ」
「紅子さんは紅子さんだろ? 俺にとっては〝 赤いちゃんちゃんこ 〟ってイメージよりも、もう〝 トイレの紅子さん 〟ってイメージが強いよ」
「それ、ちっとも嬉しくないよ。アタシは赤いちゃんちゃんこだ。忘れないでよ…… ? お願いだからさ」
「分かったよ。分かってる。忘れないよ、絶対に」
「それならいいんだよ…… ねえ? お兄さん」
暫しの問答を終え、彼女の見ていた資料を覗き込む。
恥ずかしそうに髪をいじる彼女はそっとしておき、ひらがなでルビの振られた一冊の本を手に取った。絵本、だろうか? こんなもの見たこともなかったが、どうやらこの街特有の手作り絵本らしい。
装丁も古く、少し紙が傷んでいるように思える。
『
流れ星を想起するその言葉。
桜と、人間を包み込む程の大きな花が表紙に描かれている。
空を流れる花の伝説。それにそこはかとなく
本能レベルで嫌な予感が支配する。
「読みたくないなら、アタシが概要だけでも説明するよ?」
「いや、いい。大丈夫だよ」
「…… そっか、ならキミの好きにすればいい」
きっと内容は大したことがない。
けれど、あいつと同じ予感がするということは、ただの妖怪や精霊などが関わる問題ではないはずだ。
俺は、逃げない。
いつまでも逃げていたら、いつかは袋小路に追い詰められてしまうだろう。そうしたら、壊れた玩具としてポイ捨てされるか…… 最悪、奴の〝 シナリオ 〟で踊らされる捨て駒にされるかだ。
「昔々……」
そんなありきたりな出だしの絵本を、俺はゆっくりと読み始めた。
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