其の七「青水香織の日記」

【青水香織の日記】



 今日、引っ越してきた。いや、帰ってきたって言ったほうがいいのかな? 至は元気かな。また会うのが楽しみ! 


 まさか不良になってるとは思ってなかったけど、でも至は至だったみたい。なーんにも変わってない。ちょっとぶっきらぼうだけど、不器用なだけでやっぱり優しい。


 口下手なわたしじゃクラスに馴染めるか心配だなあ。

 なにか得意なことで話せるようになればいいな。


 吹奏楽はやっぱり楽しい。選んで良かった。

(二年程前の日付から抜粋)



 先生からトランペットを買ってもらってしまった。まさかそんなことまでしてくれるなんて…… わたしはただ楽しくてやってるだけなのに、そんなに期待されても困るな

(一年程前の日付から抜粋)



 ちゃんと馴染めたと思ってたのに

 どうして? どうして? 


 ひどい、私の楽器……


 中庭に呼び出されて怪我をした。痛い、けど、至が手当をしてくれた。彼はなにも知らないけど、黙って労ってくれた。

 あたたかい


 至も知ったらわたしをいじめるのかな? 怖いよ。

 先生までどうして。

 言えない。怖くて言えない。知られたら、どうなるの? 

(半年程前の日付から抜粋)



 なんでわたしがこんな目に。


 至は悪くない。知らなかったんだから。

 わたしが殺される結果になったとしても、至は悪くないよ。憎みたくない。憎みたくなんてないよ。


 ねえなんで、たすけてくれないの


 きらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらいきらい

(二週間程前の日付)



 みんなしんじゃえばいいのに

(一週間前の日付)



 日記はここで途切れている……


 青水さんの家では同じように紅子さんが内側から鍵を開け、日記を見つけた。

 その内容は結構悲惨なものだった。事前にいじめがあったと知っていなければ、読んでいる途中で俺は投げ出していたと思う。

 しかし、いじめの事実はこれが証拠になったが、この内容からして押野至君が狙われる謂れはないだろう。むしろ青水さんは押野君の存在で少なからず救われていたはずだ。

 理由があるとすれば、〝 助けてくれなかったから 〟か。知らなかったとはいえ、気付くこともなかった。それを恨んでいるのだろうか。なら逆恨み…… としか言えないのだが。それは押野君の日記でも〝 気付けなかったこと 〟を悔やんで殺されても仕方ないなんて言っていたから両方が分かっていることか。


 結局理由はあるがそれも逆恨みに近いって結論でいいのか? 


「あっ」

「どうした? 紅子さん」

「人が来ちゃったみたいだよ。一旦隠れよう、お兄さん」

「分かった」


 日記は元通りにして近くにあった押し入れに二人で入る。少し狭いがなんとかなるだろう。


「ちょっと、どこ触ってるの?」

「触ってないだろ。はったりかますなよ」


 こそこそと会話しながら少しだけ押し入れの扉を開けて覗き見てみれば、チャイムが押されたのか独特な音が響き渡る。しかしそれを無視してしばらくした後に玄関の方からカチリと鍵の開く音がした。チャイムを押してから入っていたところを見るにこの家の住民ではなさそうだ。住人ならすぐに鍵を使うだろうしな。なら玄関外のどこかに鍵を保管する場所でもあったのだろうか。仲の良い友達ならそういうのを知っている場合もある。

 普通は留守のときに勝手に入るなんてことはないが…… もしかして空き巣とか? もしそうなら出て行って止めなければならないが。


足音が近づいてくる。真っ直ぐとこの部屋へ向かっているようだ。

 この部屋……青水さんの部屋には遺影が置いてある。

 そこには 「じゃがりー」 やら 「ポテチ」 が置いてあった…… いや供えられていたのかな? とにかく、いろいろ置いてあった。その中には遺品と思わしきキーホルダーなんかも置いてあった。ピンクのウサギの可愛いキーホルダーだ。

 目の前の隙間から見えた男の子は人間状態の紅子さんと同じブレザーの制服を着ていた。七彩高校の生徒で間違いないだろう。

 ぎゅうぎゅう詰めになりながらも紅子さんを振り返ると彼女は静かに頷いた。彼が押野至か。


 少し長めの髪を茶色く染めていて片耳にピアスをつけている。背はそんなに高くないが目つきが鋭くていかにもスレてますって見た目だ。

 そんな彼が持っている鞄には似つかわしくない青色のウサギのキーホルダーがぶら下がっている。遺品らしきピンクのウサギとデザインが似ているし、もしかしたら青水さんからのプレゼントなのかもしれない。


 これは重大な説得材料だ。もしも彼が襲われたとしても俺たちが割り込んで説得することができるかもしれない。説得まではいかずともケルベロスさんを呼ぶまでの時間稼ぎには十分だ。こちらには怪異の紅子さんだっているし、俺には赤竜刀がある。これ以上殺人なんてさせてやるもんか。


 彼は遺影の前で手を合わせるとその前にお菓子を置いて去っていく。

 玄関が閉まった音と共に俺達は押し入れから脱出した。


「ちょっとお兄さんアタシを触りたいならもっと広いところで……」


まだ言うか。


「……えい」

「わっ、わっ!」


 エロネタを振られるのが苦手なら振ってこなければいいのにな。

 腰をほんの少しだけくすぐってやればすぐに逃げていった。対処法は知れたがなんだかいたたまれない気分になってくる。


「汚されてしまったよう……」


 おい、顔が笑ってるのが見えるぞ。案外楽しんでないか? この子。

 やめてくれよ、そういう反応されるとクソラトホテプを思い出しちゃうじゃないか。

 そうやってからかいながら遊んでいる紅子さんは放置し、ピンク色のウサギのキーホルダーを回収する。

 すると背後で息を飲む音が聞こえ、彼女が立ったのであろう音がした。振り返ってみると、紅子さんは先程とは打って変わって真剣な表情でどこかを見つめていた。


「お兄さん、外行くよ」

「なんかあったか?」

「見つかった」


 見つかった…… 俺達がか? 

 いや、違うな。この言い方だと押野君が、か? 


「あの少年じゃあなす術もなく…… いや、喜んで殺されるだろうね。そうなれば彼女の罪が更に重くのしかかるだろう。彼女を救うことはできない。でも、心が復讐に染まったまま裁定されるのはかわいそうじゃないか。そう思わないかな? お兄さん」


 真顔から笑顔へと変わった紅子さんはこてん、と首を傾げるように俺を見上げた。

 その瞳は笑みとは程遠い悲哀に似ていたが、彼女の言うことはもっともだ。復讐に捕らわれたままかつての友人に手をかけるのは悲しいことだと思う。

 ケルベロスであるアートさんはどうあっても仕事を全うし、青水さんを捕らえて連れて行くだろう。ならせめて心だけでも救えたのならば。


「分かった。行こう」


 キーホルダーを握りしめ、俺はスマホを取り出すと地獄の番犬に電話をかける。


「紅子さん、少しだけ時間を稼いでもらえるか?」

「いいよいいよぉ、ただし人間でできる範囲しかアタシはやらないからね。押野にバレたくないからね」

「それでいい。宜しく頼む」

「まったく、怪異使いが荒いことで」


 紅子さんはガラスの破片を取り出し、走り出す。

 ガラスの破片は、彼女の手から放たれた炎のようなものを纏い、ゆっくりと吸収していく。

 あれが本気モードなのかもしれない。怪異である彼女がどうしてそこまで協力的なのかは分からないが、今は頼もしい仲間だ。


「俺様だぜー! どーしたクソガキ? 獲物でも見つけてくれたのか? ホウレンソウは俺様達の世界でも重要だぜー!」


 とにかく、先にこの人のお呼び出しだ。

 場所をおおまかに伝えて電話を切る。まだ向こう側で喚いている声が聞こえたが、あまり詳しく話している時間はない。アートさんが辿り着く前に青水さんの説得をしなければならないからだ。

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