相見える光と闇(3)――彼らの覚悟

 リディスは巨大なくぼ地の中に入れるぎりぎりの部分に立って、二人の青年たちの戦いを見守っていた。

 どちらかと言えば銀髪の青年の方に分はあるが、黒髪の青年も懸命に対抗している。

 時折フリートの動きが鈍くなる時があり、そこでできた隙をロカセナに攻め込まれつつも、適切に対処していた。

 フリートらしくない動きをしているのは、おそらく彼の脳内に目を逸らしたくなるような血みどろの光景が流れているせいだろう。銀髪の青年は涼しい顔をして剣を振りつつ、召喚術を駆使していた。

 彼らの戦闘はくぼ地の坂の部分で繰り広げられ、徐々に下へ移動している。

 背中が小さくなっていくのを見て、リディスも坂の部分に足を踏み込もうとすると、肩を大きな手で握られた。振り返ると、カルロットが首を横に振っている。

「リディスはここで待っていろ。これは男と男の戦いだ」

「ですがこのままだと扉の真下に行ってしまい、モンスターと衝突する可能性があるのでは……」

 扉からは様々なモンスターが飛び出ている。多くは飛び出した勢いのまま、森の中に飛び込んでいるが、扉の真下に留まっているものも多数いる。

 遠目からそのモンスターを見ていると獣型が多い。リディスも見たことがあるものばかりで、能力的にはたいしたことはない。二人の力量にも到底及ばないものだ。

 しかし、戦闘に集中している二人に余計な手間をかけさせたくなかった。

「たしかにこのままだと接触するな。だが、迂闊にあの間合いに飛び込めば、こっちが殺されるかもしれん」

 それほど二人の表情は鬼気迫るものだった。その表情で激しい斬撃を繰り広げている。

 カルロットはその戦闘を見て、もう一人の金髪の娘に指示を仰いだ。

「姫、どうしますか?」

「最終的にはあの中心地に行かなければならないので、モンスターは還す必要があります。しかしあまり早く行っても、彼らの気が散るだけです。もう少し二人が進んだら、精霊召喚で後方から還術を行いましょう」

 メリッグや精霊召喚により遠距離で攻撃できる騎士は、しっかりと頷き返した。

 リディスは自分の魔宝珠を両手で握りしめる。そして心の中で静かに願った。

(どうか二人にとってより良い未来が切り開けますように――)



 フリートはロカセナからの攻撃を受け流しながらも、自分たちが大量のモンスターに近づいているのに気づいていた。

 それはロカセナも同様なようで、意識が僅かに違う方に向けられることが多々あった。お互い目の前の戦闘に集中できていない状態である。

 このままなし崩し的にモンスターとの戦闘も絡んでくるのだろうか。それともその前に決着を付けるか。

 判断ができないまま、フリートは左からくるロカセナの剣を弾き返す。

 それから間を置かずに、右から蹴りが入る。直前で気づき、辛うじて仰け反るように逃げた。ロカセナがあからさまに舌打ちをしていた。

 バスタードソードよりも小振りで軽いサーベルを使用しているロカセナは、剣だけでなく、今のように体術も組み合わせてくる。それにより攻撃が多種多様になって動きが読みにくくなるため、受ける側としてはやりにくかった。

 ロカセナとの模擬戦を多く行っておけばよかったなどと後悔するばかりだ。

 だが、たとえそれが多かったとしても、彼が使える他の召喚術を体験することはできなかっただろう。

 ロカセナが数歩離れると、持っていたナイフを数本フリートからやや逸れた方向に投げつける。

 避けもせず横を通過したが、後ろから風を切る音を聞き取ると、慌てて頭を引っ込めた。頭上にはさっき投げられたナイフが飛んでいく。即座に避けなければ首が負傷していた。

 ロカセナは攻撃の手を緩めずに突進してくる。するとフリートの脳内に血みどろの世界に立っている少年の映像が流れ込んできた。

 呆然としている銀髪の少年が、赤く染まった地面に倒れている女性を見下ろしている。彼女も同じく銀色の髪を持ち合わせていたが、大部分が赤黒く変色していた。

 その少年が幼き日のロカセナだと気づくのには、そう時間を要しなかった。

 今まで見せられた映像は、彼が実際に見て、体験したことなのだろうか。そうだとしたら騎士見習い以前は、予想を遙かに上回る壮絶な日々を過ごしていたのかもしれない。

 フリートがたたらを踏んでいると、ロカセナが太腿めがけて、剣で振り切ろうとしてきた。それを弾き返す態勢ができていなかったため、とっさに体を引っ込めることで、かすり傷程度で済ませた。

 斬撃を受ける直前に、先の映像をとことん見せつけられれば、その後に攻撃を避けるのが難しくなってくる。

 しかしロカセナも召喚するのにだいぶ体力が消耗するらしく、その召喚をした後ではただ剣を交じりあわせた時よりも、息が上がっていた。

 二人は間を取りながら、睨み合う。

「しぶとくなったね、フリート」

「お前、疲れてねえか。無理するんじゃねえ」

「そっちこそ。動きが悪いよ」

「それはお前のせいだろう。……どうしてお前はいくつも召喚ができるんだ。何か物体を召喚するのは基本的に一人一つだけだろ」

「……実はね、モンスター召喚には制限がないんだよ」

 呼吸を整えながら、ポケットから黒色の魔宝珠を取り出す。ゼオドアたちが持っている、モンスターを召喚するための宝珠と同じ色だ。

「モンスターは人間の負の感情が実体化したものというのは知っているよね。この世には負の感情が充満している。だから他の物体を召喚するよりも遙かに簡単なんだ。言うなれば精霊召喚みたいなものかな。だから武器と同時に召喚できるんだよ」

「お前のはモンスター召喚じゃねえだろう……」

「珍しく頭が回らないんだね。座学では同期の中で断トツ一番だったフリート・シグムンド」

 あまり言われたくない呼ばれ方をされて、むっと口を尖らせる。

「モンスターを召喚する寸前のところで召喚を止めて、それを相手の脳内に流しているんだよ。だから生々しくも、辛い映像が流れてくる」

「……さっきの映像の少年はお前自身か。やけに映像が鮮明だった」

「さあ、どうかな」

 視線を逸らして、自嘲気味な笑みを浮かべている。その様子を見て、フリートは目を細めた。

 無駄話などせずに、一気に攻めてくればいいのではないだろうか。ロカセナが召喚を連発して体力が減少しているのはわかる。だが、それを差し引いても、合点がいかないことが何点かあった。

 扉を開けるために体力を温存したいのならば、ここでフリートとの決闘を受ける必要などまったくない。ゼオドアから横槍でも入れられれば、こちらが劣勢になるのはわかりきっているはずだ。

 それにも関わらず、フリートと剣を交じり合わせている。

 ふと、アスガルム領民が集う場所から戻ってきて、会議の前にリディスと何気なく会話をした内容を思い出していた。



 * * *



「あの人はフリートに止めて欲しいんじゃないかと思う」

 リディスから城の中では意図的に名前を伏せている人物の話題を出されたフリートは、軽く眉をひそめた。

「あいつが俺に? 今度会ったら真っ先に殺すって言っていたぞ」

「建前上あちらとこちらは敵。止めて欲しいなんて堂々と言えるはずがない。だから真逆のことを言ったのよ」

「だがあの夜、剣を交じり合わせた時に感じた殺気は本物だったぞ。止めて欲しいなら、少しくらい遠慮するはず……」

「全力で戦って、完膚無きまでに倒されたいんじゃないのかな」

 リディスは立ち止まり、フリートを見上げてくる。


「――自分の想いを完全に断ち切るくらいに」


 リディスの顔が、揺るぎのない意志を持っているロカセナの顔と被る。

 覚悟を決めているその顔つきだが、別の角度から見れば躊躇いを隠している幼い少年のようにも見えた。

 彼女の言葉が彼の願いだったら、フリートは全力で剣を受けなければならない。それが相棒としての責務だ。

「……初めから俺たちに相談してくれれば、状況は変わったのにな」

 フリートたちではなく、ゼオドアたちを選んだロカセナ。

 彼の立場や想い、そしてこの大地に突きつけられた状況を知っていれば、彼に対してまた違った接し方をしたり、手助けをしたかもしれない。

「私と出会う前は、巻き込むつもりなんてなかったんじゃないかな。彼ってそういう人でしょう」

 否定する言葉がでてこなかった。ロカセナは己のために、周りを巻き込むようなことをしたことがない。命令に従うか、周りを見て必要な時だけ動いていた。決して自分勝手な行動はしていない。

 もしかしたら未来に起こすだろう事件を考えて、周りに対して必要以上に踏み込まなかったのかもしれない。

「あとフリートって見た目以上に優しすぎるから、気を使ったのかもしれない」

 苦笑しながら出されたのがやや気に障ったが、フリートは気を取り直して考えを巡らすことにした。

 リディスのような考えをロカセナが心の中で抱いていたとしても、今は何も聞き入れてくれないなら、まずは力でねじ伏せるしかない。

 相手から心を揺らがされる言葉を出されようが、戦闘中は振り返らず挑むしかなかった。



 * * *



「さて、時間稼ぎもそろそろいいかな」

 サーベルが刃こぼれしていないかを確認しながら、ロカセナは呟いた。フリートは警戒心をさらに強める。

「時間稼ぎってどういうことだ」

「そのまんまだよ。僕としては満月が昇り始める前の準備運動だと思って、フリートの相手をしていただけ。でもそれも終わり。最終的な準備もあるから、そろそろ……かな」

 見上げた先にある茜色に染められた空は、徐々に光が小さくなっていく。満月が完全に視界に入るのには、まだ時間を要するが、モンスターの掃討などを考慮すると、ここで決着をつけるべきだと判断したのだろう。

 サーベルの切っ先がフリートに向けられる。それに対してバスタードソードを両手で構えた。

 じりっとロカセナが半歩足を前に出す。フリートも前に踏み出した。

 そしてロカセナが坂道を真横に突っ切る形で向かってくる。それに合わせるように、こちらも走り出す。

 二人の存在に気づいた獣型のモンスターが、何体か近寄ってくる。すぐにでも還術をするべきだろうが、この一斬りだけは譲れなかった。この一太刀の直前にモンスターから攻撃されても、構わなかった。

 ふと、モンスターたちの正面に、うっすらと氷の板が張られたのに気付く。そしてその腹に鋭く尖った土の槍が突き刺さった。致命傷を負わされたモンスターたちは、二人に近づくことなく還っていく。援護してくれる仲間たちに対して心の中で感謝した。

 フリートとロカセナの距離が縮まると、脳内に先ほど流れた銀髪の少年が血みどろの中で立ち尽くしている光景が流れてくる。その光景を意識から遠ざけるために現実世界にいる彼を見るが、なかなか薄れなかった。

 そこでフリートはあえてその光景の中に入り込むかのように、少年の顔を覗き見ようと意識を集中した。

 少年はその気配に気づき、一瞬肩を震わせた。同時に目の前にいるロカセナの表情が僅かに歪む。

 少年の顔を真正面から見ると――幼き日の面影を残したロカセナが目から涙をこぼしていた。

『お母さん……。どうして死んじゃったの』

 紡がれる言葉は、少年の心の奥底に潜んだ想い。

『……樹がこの大地にないからなんだね。それなら樹を戻せば、お母さんは元に戻るの?』

「……戻るわけねえだろう。死んだ者は二度と戻らない」

 思わず言い返すと、少年の目から出る涙の量は多くなる。両手の拳を握りしめ、上から下に力強く振った。

『じゃあ、何をしたって同じじゃないか!』

「違う。樹を戻すことで新しい未来を切り開くことができる。そうすれば俺やお前と同じ経験をした人間は少なくなる。自分たちと同じような経験を他の人にもさせて、不幸になって欲しいのか?」

 少年は口を閉じて、視線を逸らす。

「二十年間生きてきたお前にも、幸せに生き続けて欲しい人はいるだろ。その人たちの幸せや想いを奪う気か?」

 間合いに飛び込んできたロカセナは、フリートの言葉を遮るかのように剣を振り下ろしていた。歯を食い縛りながら、受け止める。彼の表情は気迫のこもったものだが、あまりに必死で哀れみすら感じそうになった。


「過ぎた時間は取り戻せないんだよ、フリート! だから己の信念に向かって歩むしかないんだ!」

「ロカセナ、周りの状況は変わっている。樹をこの地に戻す必要性を俺たちもようやく理解した。リディスの命と引き替えに封印するのがいいともわかっている。だがもし僅かでも可能性があるのなら、あいつの未来を護りたいとは思わないか!?」

「定めに従わないと、世界がどうなるかわからないぞ!? その覚悟が悪い方にいくかもしれない!」


 剣を弾くと、すぐにロカセナは攻めて鍔迫り合いを始める。

 正面には目から一筋の涙を流した青年の姿があった。


「……お願いだから、俺の覚悟を鈍らせないでくれ。――どうして町から連れ出して、共に行動してしまったんだろう。どうしてあの子はいつも健気で必死なんだろう。どうしてただの物じゃなくて、人間が犠牲にならなくてはいけないんだろう。――酷すぎる世の中だな……?」


 出会ってから一緒に過ごすうちに、ロカセナはリディスに対して何かしらの想いを抱いていた。

 恋愛か、友情かはわからないが、これだけは言える。その身を犠牲にする鍵である彼女が、皮肉にも彼にとって掛け替えのない人物になっていたのだ。

「なら……」

「でも、もう止まらないよ。お前の言うとおり、もう俺たちみたいな人を増やしたくないから」

 ロカセナがフリートの剣を弾く。

 そして剣が離れたところで、一人は剣を振り上げ、もう一人は振り下ろした。


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