若き騎士たちの誓い(5)

 周辺から集まったモンスターの群れを、先輩騎士たちの力で一掃しているのを遠目で見つつ、グリマラーのもとに行くと、スキールニルが間合いを取りながら睨み付けている最中だった。グリマラーに多少傷を負わせてはいるが、決定的な致命傷は与えられていないようだ

 スキールニルは駆け寄ってきたフリートたちを一瞥した。

「下手に動くと足手まといだ。邪魔をするなら下がれ。ちなみにお前ら、還せるのか?」

「俺の剣には還術印は施してある。迷惑にならないよう動くさ」

 フリートが静かに足を前に出すと、攻撃範囲に入ったのか、グリマラーが即座に寄ってきた。その爪をバスタードソードで受け止める。かなりの重量があり、潰されそうになるのを必死に耐えた。

 その隙にスキールニルは後ろに回り込み、尻尾を切断しようと試みる。

 しかし、尻尾はまるで意志を持っているかのように動き、寄っていたスキールニルを追い払おうとした。一斬りでは無理と悟り、彼は何度か切れ目を入れてから後ろに下がった。

 前方ではフリートがやっとの思いで爪を弾き飛ばすと、一人と一匹の間にロカセナが入り込み、下から顎にめがけて、サーベルを突き上げた。

 だが、それもかわされ、かすり傷程度で終わる。

 ロカセナが後退する時間を稼ぐために、フリートは再び正面から爪を受け止め、今度は剣を思いっきり薙いだ。間合いを作ろうとするが、グリマラーはすぐさま動いて、爪で切り裂こうとしてくる。

 フリートは足をしっかり踏みしめ、逃げるのではなく、その反動で逆に向かった。

 虚をつかれた形になったグリマラーの動きは若干遅れが生じる。

 前方のみに意識を集中していると、振り回していたグリマラーの尾をロカセナがサーベルで防いでくれた。

 一人だったら尾に叩かれていた。ロカセナに対し、心の中で感謝をした。

 フリートはグリマラーの左手首をまず切り落とし、勢いのままバスタードソードで喉元を貫く。

 感触はあった。あとは還術をすれば――と半ば戦闘の終了を確信したにも関わらず、グリマラーの瞳はまったく死んでいなかった。

 脳内に警鐘が鳴り、とっさに剣を抜いて下がろうとしたが、その前にグリマラーに頭突きをされ、傍にあった木に激突した。

「フリート!」

 ロカセナはグリマラーから離れ、その動きに警戒をしながら駆け寄ってくる。

 フリートは歯噛みをして、バスタードソードの召喚を解き、緋色の魔宝珠に戻した。

 グリマラーの喉からは血が滴っていた。人間であれば確実に急所であるが、動きに乱れがない。弱点は他にあるというのか。

「次は首をはね飛ばすか。あんなに動き回っている相手にそれをするのは、かなり骨が折れる作業だがな」

「フリート、よく見てくれ。グリマラーの周りに赤い靄がかかっている。火の加護で護られているんだ。あれを壊さない限り還しきれない」

「何だって? どうやって壊すんだ。火の加護ってことは、精霊が関係しているんだろう。精霊の加護がない俺では壊すことはできないはずだ」

 フリートにとって精霊という単語はあまり馴染みがないもので、せいぜい授業で聞いたくらいだ。

 その中の知識を総動員させても、力がないフリートでは現状を突破するのは困難である。もっともいい壊し方としては、精霊による高度な召喚魔法だろう。

 脳内では突破口を理解しつつも、能力と体が付いていかない。

 獲物の息の根を止めるために、グリマラーは近づいてくる。

 バスタードソードを再び召喚し、ロカセナと共に迎え撃とうとした。首さえ跳ねればたとえ還せなくても、動きを鈍らせることはできるはずだ。

 突然、グリマラーの姿が目の前から消えた。驚き、瞬きをしている間に目と鼻の先に現れた。

 目の前には、人間など簡単に噛み砕ける鋭い牙が見える。

 息を飲んだ瞬間、どこからともなく一人の少女の声が耳に入ってきた。

「――貫け」

 その声と共にグリマラーの足下は浮き上がる。そして地面は鋭い土の槍となり、容赦なく突き刺した。真っ赤な血が体内から吹き出る。

「魔宝珠は樹の元へ、魂は天の元へ」

 還術する際に出される言葉が滑らかに紡がれる。

「――生まれしすべてものよ、在るべき処へ――還れ!」

 精霊召喚の魔法によって加護が破られたところに還術が発動する。

 圧倒的な力を持つ精霊魔法により致命傷を負ったグリマラーは黒い霧となり、天へと上っていった。その黒い霧をフリートたちは消え去るまで、ずっと見つめていた。

 やがてあれだけ苦戦したのが嘘のように辺りは静まり返る。

 フリートとロカセナは還術を唱えた方に向くと、赤色の短髪の女性と灰色の髪の青年に挟まるように一人の少女が立っていた。鮮やかな金色の髪を持つ少女は、顔色は先ほどよりもよくなっていた。彼女はフリートたちに向けて微笑んだ。

「フリート・シグムンドにロカセナ・ラズニール、ご苦労様です。貴方たちの活躍によって危機を回避することができました。感謝いたします」

「ミディスラシール姫に感謝されるほどでは……。結局は姫を始めとして、皆様に助けられなければ危ないところでした。……今の精霊魔法は姫の力ですよね?」

 ミスガルム領は土の精霊ノームの加護を受けている領だ。その領を納める血筋を引く者は、その加護を受けていると聞いたことがある。

 そのためそれらを踏まえてフリートは尋ねたが、彼女は依然として笑顔のままだった。

「部下を守るのも主君の役目です。お気にならさぬように。……フリート、機転を利かせて私を毒矢から守り、スキールニルの助太刀に向かったのはいい判断だったと思いますよ。貴方たちがグリマラーの気を引き付けていなければ、スキールニルは私をここに連れてこられなかったのですから。少々謙遜しすぎでは?」

「いえ……」

 既に脳内では自身の不甲斐ないところがいくつも挙がっていた。どれもが自分の力が劣っていることが原因である。もっと強くならなくては――。

 ミディスラシールは褒めたことに対して素直に喜ばないフリートたちを、肩をすくめながら眺めていた。

「まあいいでしょう。納得がいかないのなら今後の働きに期待します。これからもよろしく頼みますよ、若き騎士たち」

 にこやかに微笑む姿を見ると、フリートたちもつい頬を緩ませた。それほどミディスラシールは魅力的であり、人を惹きつける少女でもあった。



 * * *



 慌ただしく事後処理を終え、予定よりも五日遅くなって、ようやく叙任式が行われることになった。

 真新しいマントを羽織った、まだあどけなさが残る騎士見習いたちは、緊張した面もちでその式に臨んでいる。

 叙任する順番は試験の成績順で、最初はフリートだった。

 多くの人が叙任式を見守る中、王の謁見の間でフリートは名前を呼ばれると、しっかり返事をしてから前に歩み出る。ミスガルム国王が椅子に座って見守っている隣に、純白のドレスに身を包んだミディスラシールが微笑を浮かべながらフリートを待っていた。

 ミディスラシールの前にひざまずくと、彼女は凛とした表情に切り替え、鞘に入った剣を抜き放ち、フリートの左肩にそっと置いた。

「――ミスガルム国王の名において、汝、フリート・シグムンドを騎士と任命します」

 肩に乗っている剣が一段と重みを増した気がした。ミディスラシールは誓いの文句を口にする。

「自らを護るために謙虚に努力をし、勇ましく生きなさい。民を護るために剣を抜き、優しき想いを抱きながら誠実に接しなさい。そして国を護るために、裏切ることなく剣を振るい続けなさい」

「私、フリート・シグムンドはすべてを護るためにここに誓います。――忠誠を」

 フリートが誓いを口にしたのを聞くと、ミディスラシールは剣を少しだけ肩から持ち上げ、剣の平で三度軽く打つ。痛みもあったが、騎士となる自覚がフリートの心の中にしっかり根付かされた。

「新しき騎士に、樹の加護がいつまでもありますように――」

 ミディスラシールは剣を鞘に戻し、それをフリートの腰にかせた。ずっしりと腰に重みがかかる。

 事前に預けておいた緋色の魔宝珠も首にかけられた。磨いてくれたのか一段と輝いて見えた。

 最後に深々と一礼をして、フリートはミディスラシールに背を向け、背筋を伸ばしたまま元の位置へ戻っていった。ここに一人の黒髪の騎士が誕生した。

 それから遅れること数十分、瑠璃色の魔宝珠をぶら下げた、銀髪の騎士も誕生した。二人はお互いに視線を合わせると、胸に秘める希望や未来を想いながら微笑みあった。



「あれ、フリート、こんなところにいた。一人で飲んでいないで、あっちで皆と飲もうよ」

 バルコニーの手すりに寄りかかって夜風にあたっていたフリートは、酒を飲んでも顔色一つ変えない銀髪の少年に向かって首を横に振った。

「もしかして、もう酔ったの!?」

「違う!」

 否定するが、ロカセナはにやけたままである。頬が仄かに火照っているのは、誤魔化し切れていないらしい。

 叙任式の後は、王族や騎士団、そして城とも親交が深い貴族が参加する宴が開かれていた。新しい騎士たちを皆に紹介する宴であるため、フリートたちは様々な人に挨拶をしに行っている。

 貴族の中には何人か顔見知りがおり、過去に訳有りで家を出たフリートにとっては、彼らと会話をするのが苦痛で仕方なかった。何度聞かれたかわからない質問には、感情を押し殺してどうにか答えている。

 挨拶がひと段落した後は、騎士同士での交流という名の飲み会が続いていた。日頃あまり騒ぐこともない騎士たちが、ここぞとばかり飲んでいる。

 先輩騎士など短時間でグラスを何杯も空けていたが、酒をあまり嗜んでいないフリートには、その速さに付いていくことはできなかった。

 そして早々に飲み会の空間から脱出をし、酔いを冷ましている最中だった。

「お酒が飲めるかどうかは体質にもよるけど、ある程度は慣れも必要らしいよ。暇な時にでも一緒に飲んで特訓しようか。一度は記憶を飛ばしたり、粗相するまで飲んだ方が後々の勉強になるよ」

「どれだけ飲ます気だ……。笑顔で怖いことを言うな。お前とは絶対に二人で飲まない」

「つれないな、フリートは。まあそういう所も面白いよね」

「お前、酔っているだろう。いい加減にその口を閉じろ」

 フリートは手元に持っていたジュースを一気飲みした。少しずつ酔いは冷めてくる。

「……なあ、ロカセナ」

「何だい?」

 手すりに背を付けているフリートは、バルコニーの外を眺めているロカセナに何気なく聞いてみた。

「お前はどうして騎士になろうと思ったんだ?」

 ロカセナの表情が一瞬固まった気がした。すぐに笑いながら、酒をちびちびと飲み続ける。視線は星空に向けられていた。

「フリートと同じだよ。僕も弱いから少しでも強くなりたいと思って。それに騎士見習いなら、下手に働くよりも衣食住の不自由はないしね。――騎士になったのは、その延長かな。色々と考えることはあるけど、思ったよりも今の生活は充実しているよ」

「そうか……。ということは、他にやりたいことがあるのか?」

「まあ……ね。いつかはやらなければならないことはある」

 その言葉を述べるロカセナの表情は、いつになく思い詰めているようにも見えた。彼の過去に何があったかは知らない。人は他人には知られたくない過去はあるものだ。それを聞き出すのは、フリートの性分としては合わなかった。

 ロカセナは視線をグラスに下げて、飲み干した。そして手すりにもたれ掛かって、顔を腕の中に埋める。


「ねえ、フリート。人はさ、どうして頑張って生き続けるんだろう。いつ理不尽な死を迎えるかわからないんだよ」


 突拍子もない問いをされ、フリートは返答に窮した。

 だが唐突に、脳裏に突き刺さったある人の最期が鮮明に思い浮かぶ。

「――生きた証を残したいからじゃないか。たとえ理不尽な死に方をしたとしても、その想いを誰かが受け取っていれば、それは無駄な死ではないと俺は思っている」

「じゃあさ、自分が生きる目的を達成するっていうのも、頑張れる一つの考えなのかな?」

「そうだろう。納得する人生を歩みたいから、人は頑張れるんだろう」

「だよね、ありがとう……」

 顔を上げると、微かに笑みを浮かべているが、哀愁漂う表情をしている銀髪の少年がいた。そして彼はぽつりと呟いた。

「僕、そろそろ戻るね……」

 ロカセナは背をフリートに向けて、建物の中へ戻ろうと歩き始める。ぼうっとしていたフリートは我に戻り、とっさに振り返った。

「ロカセナ! 一つ頼みがあるんだが、いいか?」

「何だい?」

 きょとんとしながら、ロカセナはフリートを見てくる。

 他人に対して何かを頼むなど何年ぶりだろうか。一人で生きるために強くなろうと思ったが、限界があることを先日の戦闘で悟った。

「俺、冷静そうに見えて、戦闘の時に突っ込んでいく癖があるんだ」

「だろうね。見境なしって言うか、熱くなり過ぎるよね」

 あっさりと肯定され、少しだけ悔しくもあったがフリートは続けた。

「これから極力熱くならないようにする。だが、それでも熱くなって飛び出したとき、援護してくれないか。お前なら信用できるから」

「信用なんて、まともに話して数日しかたっていない人間相手に使うものじゃない」

 正論を突きつけられ、言葉が喉に詰まる。フリートにとってはあの戦闘は短くも濃いものだった。おそらく今後も記憶の中に残り続けるものだろう。

 ロカセナは特に深い印象は受けなかったのだろうか。

 気まずそうな表情をしていると、ロカセナは次の瞬間くすりと笑った。

「状況にもよるけど、僕ができる範囲であれば援護するよ」

「本当か!?」

「ただ僕が危険なときは助けてくれよ」

「ああ」

 嬉しそうに声を発すると、ロカセナは右手で拳を作り、突き出してきた。


「――誓おう、レーラズの樹の下で」

「俺も誓おう、レーラズの樹の下で、ミスガルム騎士団の名のもとに」


 フリートも拳を作り、ロカセナの拳と軽く叩き合い、笑いあった。

 夜が更けるまで、騎士たちの宴は続いた。いつか起こるかもしれない世界が変わる日に備えて、互いの絆を確かめ合い、強固なものとしながら。






 若き騎士たちの誓い 了

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