若き騎士たちの誓い(3)

 応援に駆けつけた第三部隊は、先行していた第二部隊と捜索から出戻ってきた近衛騎士たちと合流し、会議を開くことになった。

 近衛騎士たちは、誰もが己の不甲斐なさに苛立ちながら、悔しそうな顔をしていた。その中にひときわ若い、ロカセナやフリートとあまり年齢が変わらない薄灰色の髪の青年がいた。

 彼は会議が始まる前に、騎士たちの容態が見たいといい、毒で動けなくなった者たちがいる部屋を訪れていた。ロカセナとフリートがちょうど彼らの様子を見ている時だった。

 彼はベッドに寄ると、黙々横になっている者の体に触れ、呼吸や瞳孔を確認している。

「毒が少しずつだが薄くなってきている。効果としては一日くらいのものだ」

「凄いな、それだけでわかるのか」

 フリートが感嘆していると、青年が目を細めて見返してきた。

「誰だ、お前は。知らない顔だな」

「俺はフリート・シグムンド。今はまだ騎士見習いで、今度第三部隊に正式に配属される者だ」

「シグムンド……なるほど、お前か。今年の騎士見習いでなかなか面白い経歴で、物好きな奴が合格したと聞いた。成績はよかったんだろう、近衛騎士団にはどうして来なかったんだ」

 青年はロカセナが抱いていた疑問を突きつけてきた。

 試験の成績優秀者であり、日頃の素行がいい者に関しては、近衛騎士団からこっちに入団しないかという誘いが来る。それを受けるかどうかは本人次第だが、給料の額や待遇がかなりいいため、普通は近衛騎士団の方に希望を出す者が多かった。

 その問いにフリートは数瞬の間を置いて、口を開いた。


「……姫や王だけでなく、強くなって多くの人を護りたいから、という理由では駄目だろうか?」

 それは多くの騎士団員希望者が発言する、まっさらな想いだった。


 ロカセナも見習いに入った当初は、大切な人を護れるくらいに、そして尊敬する人と肩を並べるくらいに強くなりたいと切に想っていた。だが時がたてばその想いは薄れ、生きて行くために騎士になるという理由に成り果てていた。

 フリートの率直な想いを聞いた無表情の青年は、ほんの少しだけ口元を緩ませた。

「その台詞を言い切る辺りが面白い。せいぜい薄汚れないようにしろ、その想いを。――俺はスキールニル・レイフ。城に戻ったら、一度手合わせをしよう」

 スキールニルはフリートとロカセナの横を通り過ぎると、部屋の外で待っていたセリオーヌからの質問に答え始める。彼女からの質問には簡潔に答えていた。その背中をフリートはぼんやり見ている。

「医術の知識があれば、こういう時に適切な行動ができるんだろうな」

「勉強すればいいんじゃないの? 元の頭がいいのなら、吸収も早いだろう」

 若干嫌みを込めつつロカセナは言ったが、フリートは何も気にせず、首を横に振った。

「要領が悪いから、それは無理だ。俺は時間をかけて勉強しないと、人並み以上にならないんだよ。がむしゃらに勉強する時間はこれからない」

 その言葉を聞き、ロカセナは見習い時代のことを思い出した。

 彼がよく一人で居残りをして、素振りをし続けたこと。休日は遊ばずに、図書室に引き籠って本を開いて勉強していたこと。

 その姿を見て変な奴だなと思いつつも、凄い人物だと記憶していた。

 生粋の負けず嫌いであり、他人想いの人間。昼間カルロットに稽古を付けてもらっている時も、ぼろぼろになるまで食ってかかっていた。

 こんなにも真っ直ぐな想いを持って、何かを頑張れる人間がこの世界にいたとは。

 ロカセナは思わず微笑んでいた。

「そうだったね、努力家のフリート・シグムンド。君があんなに優秀なのは才能ではなくて、努力だって知っていたよ」

 それは心の底から素直に思ったことだった。

 率直な考えを伝えると、フリートは目を丸くしていた。そして視線を逸らして、たどたどしく言葉を吐いた。

「……あ、ありがとよ」



 カルロットたちがいる部屋に戻ると、集落付近の地図に今まで得られた情報の書き込みを始めていた。それにスキールニルも加わることで、より多くの情報が地図に凝縮されていく。

「周辺にいたモンスターは一掃しましたが、念のために集落の結界は強化しておきました。モンスターに関してですが、少々骨太なやつも何匹かいますが、数名で連携して攻撃すれば大丈夫だと思われます」

 第二部隊の班長らしき人がカルロットに報告をする。それを聞いた隊長は目を光らせていた。

「ほう、骨太な奴か。それなら俺が相手をして――」

「隊長は姫のことを第一に考えてください。それが司令官の務めです。何かあったら貴方の責任になりますからね。救出中にモンスターが襲ってきたら、他の者でまずは相手をします」

 躊躇いもなく、ばっさりと言い切った、年齢も階級も下のセリオーヌ。

 片やそれに対して、不満そうな表情をしつつも言い返せない隊長カルロット。

 ささやかなる下剋上のような関係を見て、隊員たちは苦笑いをしていた。

 ロカセナたちもつられて、顔を緩める。そのおかげで緊迫していた空気が少し緩んだように感じられた。もしかしたらこのやりとりが場を和ませるための演技だったのかもしれない。

 セリオーヌは表情を変えずに、話を進めていく。

「隊長、いつ救出に向かいますか? 話からするとここに丘があり、その下に何か所か洞窟が掘られているようです。相手側が何人か負傷しているようですから、ここに一時的に避難していると思います」

「妥当な考えだ。救出は明け方だな。さすがに暗い中の戦闘だと、ちと危ないからな。……事前に洞窟をある程度検討を付けておきてえな。結宝珠でも見つかれば探しやすいが、どうせ草むらや土の中に隠してあるんだろう。この暗さじゃ気付かれずに見つけ出すのは難しい」

 カルロットは腕を組んで唸り声を発する。

 洞窟の中で息を潜めているのならば、その入り口付近に結宝珠が置かれていると考えるのが普通だ。

 探知機のような魔宝珠があればわかるだろうが、ロカセナが知っている限りそのような物の存在は聞いたことがない。もし騎士団の中にあったとすれば、既に誰かが提案しているはずである。

 一同は難しい顔で思案していると、フリートが移動中に持っていた結宝珠を握って、カルロットを見た。

「結界を張る能力が強い宝珠を持って歩けば、手早く見つけられるんじゃないですか?」

「はあ? どういう意味だ」

「結界同士が衝突すると、反発して激しい光を発します。ですが、どちらかが極端に強ければ、反発する前に光を吸収するため、光はほとんど発しないと教科書に書いてあったのですが……」

 フリートに言われ、皆一瞬きょとんとする。だが次の瞬間笑い飛ばした。

「どこにそんなのが書いてある。俺も一応勉強したが、どこにも書いていなかったぞ! なあ、セリオーヌ」

「そうですね、私も同期の中で座学の成績はいい方でしたが、光を吸収するような内容はどこにも……」

「教科書の巻末の端に書いてありました」

「え?」

 まさかの部位の発言に、再び目を丸くする。視線が今度はフリートと同期であるロカセナへ向けられた。座学は並みの成績だ。教科書の本文くらいしか読んではいない。

「僕に聞いて、フリートと同じ返答ができると思っているんですか? こいつ、座学の成績は群を抜いて良かったのは知っていますよね?」

 ロカセナが慌てて返すと、同意するかのように何度か頷かれる。そしてフリートのことをまるで別種の人間であるかのように見てきた。

 フリートは当たり前の発言をしたにも関わらず、皆が驚いている様子を見て明らかに困惑していた。

「何か変なことでも言いましたか?」

「いいえ、違うわよ。貴方の知識の引き出しの多さに驚いているだけだから……。結界を張っているかどうかを確かめるには、空間の変化を見極めている人が大半。あとは精霊魔法を放つかのどちらか。それで事が足りているから、それ以外の方法って意外と知らないのよね」

 セリオーヌが話に区切りを付けると、再び地図に向き合った。

 ロカセナは時計を取り出して、時間を確認する。日付が変わった頃で、日の出まであと五時間ほどだった。



 その後、おおまかな方針を決め、先にセリオーヌの班が結宝珠を持って丘の周りを歩いてくることになった。それ以外の者は明け方の戦闘に向けて、準備を整えることになる。

 フリートはその間に少しだけ一眠りしているのか、壁に背を付けて目を閉じていた。まだあどけない顔つきをしているフリートを見て、ロカセナはくすりと笑みを浮かべる。

 この様子なら、簡単に寝首をくことができるかもしれない。

 遊び心で腰に帯びている剣の柄に触ろうとすると、一瞬ぴくりとフリートのこめかみが動いた。それを見て、柄から手を離し、ロカセナはフリートの隣に背を付けた。

(温室育ちの坊ちゃんかと思っていたが、やはり鍛えただけのことはあるのか。殺気には敏感だな)

 この一日でロカセナからフリートへの印象は、いい意味で色々と植え付けられていた。同時に信用に値する人物かどうかも見定めている。

 ロカセナ自身、外面はいいため、比較的友人はいる方だと思っている。だが話をしていても、満たされるものは何もなかった。なぜなら誰とも本心から付き合っていなかったからだ。

(こいつに僕の生きる目的を言った時、どういう感情を抱き、行動するのかな。馬鹿が付くくらいに、お人好しの男が)

 ロカセナはぼんやりと考えながら、息を吐き出してから軽く瞳を閉じた。



 数時間体を休めていると、先発部隊が戻ってきた。セリオーヌが堅い表情でカルロットに報告をしている。もう少しで夜明けだ。

「一カ所だけ反応を示す場所があり、よく見たら結界が張られていました。また地面も踏み荒らされていました。――おそらくそこである可能性が高いです」

「よし、わかった。念のために二つに分かれて行動する。一つは引き続き捜索を続けてくれ。空振りのことを考えてだ。もう一つは俺と一緒にその洞窟へ向かう。――姫の救出が第一だ。モンスターの強襲にも備えつつ、盗賊たちを蹴散らせ!」

「はい!」

 カルロットがここぞとばかりに気合いを入れることで、騎士たちの士気を上げさせた。普段は部下に仕事を任せてばかりの男だが、周りからの慕われようを見ると、やはり隊長になるだけの器はある。

 そして手負いの者以外の騎士たちは、姫を救出するために集落を飛び出した。

 第三部隊だけでなく、近衛騎士団、そして第二部隊と合同の混成部隊だ。

 ロカセナは普段から腰に帯びているショートソードと、自分専用の魔宝珠が首元にぶら下がっているのを確認する。瑠璃色の魔宝珠は仄かに熱を帯びていた。

 馬を走らせているセリオーヌが、やや下がってロカセナとフリートに寄ってきた。

「ロカセナ、魔宝珠から召喚はできるの? だいたいの人が部隊に正式配属されて、何を召喚物とするか決めているから、まだ決まっていないのならそれでいいけど……」

 ロカセナはちらりと瑠璃色の魔宝珠を垣間見た。これから付き合いが長くなる、宝珠を。

「ありきたりな召喚物ですが既に決まっており、実際に召喚もしています。実戦に使用するのには支障はないかと」

「そう、わかった。あと還術印は施していないのよね?」

「はい」

「ではモンスターが現れたときは、ロカセナは支援側に回って。フリートは前線を。残念ながら第三部隊の皆が全員還術できるわけではないのよ。使える人材は新人でも容赦なく前に出すからね」

 フリートは力強く首を縦に振った。

 騎士団の中でもモンスターを還す時に必要な還術印を施している人は、意外と多くない。全員素質があるわけではないし、還術をする際に体力が削られるので、それを嫌がって避けている人もいるからだ。

 還術ができなくても、モンスター相手に傷を負わせることはできる。致命傷を与え、最後は還す事ができる人に任せる――それが騎士団の中での戦闘の仕方であった。

 明け方が近いのか、段々と冷え込んできた。馬を走らせているとはいえ、冷たい風に触れれば肌寒ささえ感じられる。体を小さくして、少しでも風があたる表面積を減らしていた。

 やがて目の前が開けると、目的の場所が視界に入った。

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