番外編Ⅰ 過去の思い出の断片

番外編1 若き騎士たちの誓い

若き騎士たちの誓い(1)

「フリート・シグムンド、前へ出ろ!」

「はい!」

 真っ青な空の下で、一人の少年の名前が呼ばれた。それに対して黒髪の少年フリートは元気良く返事をする。大きな円形の石畳に上ると、開いていた手をぎゅっと握りしめた。目の前にいる険しい表情をした少年を見据える。

 多くの少年や少女たちが見守る中で、石畳に上がった二人の少年は白線の手前で止まった。彼らの間には三十過ぎの青年が腕を組んで佇んでいる。

「さて、対人試合最終試験の二試合目だ。勝ち負けは直接関係ないが、勝った方が騎士に近づくのは間違いない。勝てたのはいい動きをしていたからってことの裏付けになるからな。お互いにいい動きをして、俺らを楽しませてくれ」

 フリートは柄に手をそえた。彼の前にいる少年も同じような行動をした。

 少年とは何度か模擬戦をしたことがある。フリートの経験からすると、彼は小回りのきいた動きをして、相手側を攪乱し、持久戦に持ってくるはずだ。持久戦でも対応はできるだろうが、これから気温が上昇する時間帯、早々に決着を付けないと思いもよらぬ展開になるかもしれない。

 試合の流れを想像しながら、フリートは青年から発せられる号令に耳を澄ませた。

 やがて掛け声と共に彼の試合は始まった。


 ドラシル半島の西部にあるミスガルム領、その中心にあるミスガルム城には領を統治するミスガルム国王が滞在している。

 国王は優秀な統治者としていつの時代でも慕われているが、今の国王は特に多くの支持を集めていた。なぜなら、彼が常に民のことを考え、先を見据えた的確な指示を素早くすることで、モンスターで溢れ出ている大地でも比較的穏やかな日々を過ごせることができているからだ。

 その国王には一人娘がおり、美しくも気高い雰囲気を醸し出している彼女は、次期女王としても期待を集めていた。

 領にとって重要な王族を、そして貴族や領民を守る為に、ミスガルム城では“ミスガルム騎士団”と呼ばれる治安維持に務めている集団を常勤させている。

 領民からも一目置かれている団員たちは、毎年行われている騎士見習いの最終試験の結果によって、選抜されていた。

 十八歳の騎士見習いであるフリートも、ミスガルム城の騎士団に正式入団するために、いくつかの過程を踏んで、最終試験までこぎつけている。

 騎士になるには、まず騎士見習いとして決まった期間の訓練や座学に励む。その間にそれなりの成績を得る必要があり、それらをすべて達成した上で、最低十八歳から騎士になるための最終試験が受けられることになっている。

 その年齢は魔宝珠を持ち始める年齢でもあり、騎士になれた者はそこで何を召喚するか決めるのが普通だった。

 フリートも先日十八歳になったばかりで、人を経由して父親から真新しい状態の魔宝珠を受け取っていた。



 最終試験は持久戦に持ち込まれる前に、隙を突いて、フリートが相手の剣を弾き飛ばすことで終了していた。密かに特訓していた歩速度を極端に変化させる行為が、上手くできたための勝利である。

 勝てたのは嬉しい。

 しかし、この試合に勝てても、騎士に必ずなれるわけではない。対人試合だけでなく、座学や乗馬、集団での連携戦など、ありとあらゆる面から点数を付けられ、その総合得点で決まるからだ。

 試験を終えたフリートは、水を飲みながら、引き続き最終試験をしている他の騎士見習いたちの様子を闘技場の上から眺めていた。

 今行っているのはすぐに決着がついた。体格は大きいが、剣を器用に扱っている少年が勝利したようだ。彼は苦手な相手だったため、最後まで当たらなくて、内心ほっとしていた。

「――結局勝ちやがったよ。運がいいよな、文官フリート様は」

 視線を軽く右に向けると、早々に負けた数名の少年たちがフリートに聞こえるようにわざと大きめの声を発していた。

「いくつかのグループに分けて、その中で勝ち抜き戦をやっているんだろう? あいつ自分の親父を使って、自分が有利になるようグループを組んでもらったんじゃねえか? 金はあるだろう、お坊っちゃんだからよ!」

「こんなところで裏工作するなんて、汚ねえな!」

 少年たちは寄ってたかって、大声で笑った。フリートは出てきそうな言葉をぐっと呑み込んで、その場に座り込む。非常に腹立たしいが、人を陥れることしか考えていない人間に関わってはいけない。

 父親が文官として有名である息子が、戦闘の前線に立つ騎士見習いに入った時点から、有りもしない誹謗中傷をされるのはわかっていた。

 見習いになった当初は我慢できずに、喧嘩をしかけることもあったが、それから五年以上経過している。ここで下手に騒ぎを起こして、試験を不合格にされるわけにはいかない。

 必死に耐えようとするが、次の言葉を聞いて、とうとうフリートの堪忍(かんにん)の尾は切れてしまった。

「もしかしてこいつは母親似か? 親父は立派な文官さんだが、母親の方は身分の低い、卑しい人なんじゃねえか?」

 フリートは水が入った筒を置いて立ち上がった。自分のことを言われるのなら我慢できるが、今は亡き母のことを適当なことを言って、彼女の名誉が傷つけられるのは許せない。

 拳を固く握りしめ、背中越しからぎろりと睨みつける。

「適当なこと言っているんじゃねえよ」

「なんだいフリート、怖い顔して。その怒りっぽいところも母親似?」

 少年たちはフリートが怒った表情を見て、にやにやしていた。その表情がさらに気に食わなく、怒りに拍車をかける。我を忘れて一歩踏み出そうとした。

 しかし、結局、フリートは彼らに対して何かをすることはなかった。

 剣と剣が交じりあう小気味のいい音がするなり、大剣が空から降ってきて、少年たちの目の前に突き刺さったのだ。それは騎士見習いが使用している中でも最も大きい剣で、刺されば肉などたやすく貫いてしまう代物だった。

 命も奪いかねない剣が突然飛んできて、少年たちは目を白黒させている。

「きゅ、急に何だ、危ねえだろう!」

「ごめん、ごめん。怪我はないかい?」

 石畳の上から明るい声が聞こえてくる。フリートが目を向けると、銀色の髪の少年がこっちに向けて手を振っていた。彼の脇には剣を持っていない、呆然としている別の騎士見習いの姿がある。

「怪我はねえけど……剣を観客席に飛ばすなんて、殺す気か、ロカセナ!」

「だからごめんって言っているじゃないか。怪我はないようでよかったよ」

 ロカセナが笑顔で謝ると、闘技場の中心へ戻っていった。ちょうど彼が対人試合の試験を受けていたようで、相手の剣を場外に飛ばしたことで試験は終了となっていた。

 頭が冷えたフリートは少年たちに再び視線を向ける。あと少しで命の灯火が消えそうになったからか、彼らの顔色は非常に悪い。

 そんな彼らにフリートは侮蔑の笑みを送った。彼らは何か言いたそうな顔をしていたが、周りからの視線により分が悪いことに気付くと、そそくさとその場を去っていった。

 フリートが石畳に視線を戻した時には、ロカセナの姿はなく、次の二人組が上がっているところだった。

「ロカセナ・ラズニールだったな、あいつ。あんな大剣を飛ばせる技量があったとは知らなかった」

 それは初めてフリートがロカセナという少年を強く意識した出来事だった。



 * * *



 その後、フリートとロカセナは見事騎士見習いの試験に合格し、二人は六部隊ある中の第三部隊に配属されることになった。

 本来ならば配属先が決まり次第、速やかに叙任式を行って部隊と合流するが、式に出席する姫が城を空けていたため、彼女が帰城するまで延期となっている。

 そのため少々時間があったため、叙任式の前に挨拶をしておこうと思い、フリートは配属が決まった翌日に第三部隊に顔を出すことにした。

 まだ見習いの格好であるが、いずれは廊下を悠々と歩いている騎士たちと同じ格好をすることになる。

 柄にもなく口元に笑みを浮かべていると、フリートと同じ格好をした銀髪の少年が前方を歩いているのに気付いた。見習い時代ではあまり話をしたことがない相手に、フリートは思い切って声をかけた。

「ロカセナ!」

 フリートよりもやや背の低い少年は、目を瞬かせながら振り向いてきた。

「フリート・シグムンド君、どうしたの?」

「お前こそどうした。俺はこれから第三部隊に顔を出そうと思っている」

「奇遇だね、僕もだよ。良かったら一緒に行こう」

「ああ、もちろん」

 ロカセナはフリートが駆け寄ってくるのを待つと、二人で並んで歩き始めた。遠目ではわからなかったが、彼の体は意外と筋肉がしっかりついていた。物静かでいつも微笑み、座学が得意な印象が強かったが、案外違うのかもしれない。

「成績優秀なフリート君と同じ部隊で嬉しいよ。何か失敗したら上手く誤魔化しておいてね」

「成績はたまたま運が良かっただけだ。……なあ、できれば君付けは無しにして欲しい。これから付き合いは長くなる、変に気を使われても色々と面倒だ」

 フリートは頭をかきながら、気になったことを早めに伝えておく。同期から面と向かって褒められ、気恥ずかしい想いでいっぱいだったため、やや視線は逸れていた。

 ロカセナはきょとんとしていたが、すぐに首を縦に振ってくれた。

「わかった、フリート、よろしくね」

「こちらこそよろしく」

 ロカセナがフリートの出自を知っているかは不明だったが、こちら側としては少しでも早く対等な関係を築いておきたかった。

 先入観というのは恐ろしいもので、当初からフリートが文官出身の父親を持つと知った者は、だいたいが妬むか媚びを売るかのどちらかで、対等な関係とはほど遠かった。そのような印象を抱いたままモンスターと戦い続ければ、どこかで支障が出る。安心して共に剣を振るい続けるためにも、妙に気を使われるのだけは避けたかった。

 二人で他愛無たわいない会話をしながら歩いていると、ふと廊下の前方にいる二人の給仕の女性の視線が気になった。片方は苦笑いをしているが、もう片方は頬を赤らめている。

「誰だ、あいつら」

「彼女たちはいつも騎士たちの身の回りの世話をしている人たちだよ。たまに見習いの方にも来てくれているんだ」

「よく知っているな」

「顔見知りだから」

 ロカセナは通り過ぎる時に、彼女たちに軽くお礼を言っていた。一人の女性の頬はさらに赤みを増している。彼女はフリートとロカセナが見えなくなるまで、ずっと見つめていた。

 そのような状態が部屋に辿り着くまで数回あった。どうやらロカセナは城内で顔が広い人間らしい。

 フリートはロカセナのことをちらりと見た。端正な顔立ちでよく微笑んでおり、気さくで話しかけやすい雰囲気を出している少年。柔らかな笑みを見ると、つられて微笑んでしまいそうだ。

 女性とも親交が深いロカセナに、興味半分で聞いてみた。

「お前、彼女とかいるのか?」

「いないよ、残念ながら。そんな暇はないし」

「だが慕っている女は結構多いんじゃないのか?」

「どうだろう。まあ女性たちからお菓子はよくもらうかな。甘いもの好きだから嬉しいね」

 にこにこしながら否定はしなかった。同い歳だが、フリートよりも遥かに多い女性と接しているようだ。

 ロカセナは横目でフリートを見て、くすりと笑みを浮かべた。

「フリートも容姿はいいんだから、面倒な性格をどうにかすれば、女の子から話しかけられると思うけど?」

「なっ……!」

 思わぬ台詞に、フリートは言葉を詰まらせて立ち止まる。ロカセナは見向きもせずに進んでいく。

「噂話とか聞くのは好きでね。見習い時代、たまに女子と話をしている時、男子の話とかも聞いていたよ。『シグムンド君は文武両道、成績優秀で見た目はカッコいいけど、言葉使いが乱暴すぎて、近寄りがたい』って言っていた」

「そんなの俺の勝手だろう!」

 見習いに入ったばかりの頃、男女ともにかなり話しかけられた記憶はある。その多くが親の地位に惹かれて、下心丸見えで近づいてくる者たちだった。

 彼ら、彼女らとの付き合いは非常に面倒で、言動に耐えきれないことも多々あったため、次第に言葉遣いが乱暴になっていった。普通に話しかけてくれる人にもそういう風に返していたことで、月日を経て、フリートの中で定着してしまったのだ。

「フリートのことを表面ではなく、心の底から認めてくれる人と出会えればいいね。ただ君も多少は譲歩した方がいいと思う。女性って繊細な人間だから、口が悪い人には近づきにくいよ」

「う、うるせえ!」

 口を尖らせてロカセナに追いつき、すぐさま追い越した。ロカセナはにやにやしながらついてくる。微妙に弱みを握られた気がして、非常に面白くなかった。

 その後も二人でやりとりをして進み、打ち解けた頃には第三部隊が集合する部屋の前に辿り着いていた。

 出払っている可能性も危惧してフリートは来た。しかし中から騒がしい声が聞こえたため、その考えは杞憂だった。

 フリートがドアをノックしようとすると、ロカセナがはっとした表情になり、慌ててドアから離れ、壁際へ寄った。その不可思議な行動に首を傾げる。

「どうした、ロカセナ」

「フリート、今はそこにいない方が……!」

「何だって?」

 ロカセナに気を取られていたのが失敗だった。

 次の瞬間、ドアが内側から勢いよく開かれたのだ。その衝撃でドアの前にいたフリートは顔面を強く打ち、あまりの痛さにその場で座り込む。

「フリート、大丈夫!?」

「あ、ああ……」

 ロカセナが慌てて駆け寄ってくる。すると部屋の中から一人の巨体の男が現れた。

「おら、お前ら行くぞ! 今日は俺が直々に稽古してやる!」

 背が高い、がっちりした体格で、左頬に傷がある中年の男が視界に入る。じっと見上げていると、彼とフリートの視線が合った。

「何だお前ら?」

 巨体の男性が近づいてくる。フリートはロカセナの手を借りて、やっとの思いで立ち上がった。

「俺たちは――」

「ちょっと隊長! 稽古をつける前に、書類を作って印を押してください! 前線ではおおいに活躍していても、雑務ができなければ隊長なんて務まりません」

 赤色の短髪の女性が怒りを露わにして、その男に書類を突きつけた。彼は若干決まりが悪そうな表情をする。

「あとでいいだろう、セリオーヌ」

「そう言って、五日も経っています。先方から催促の連絡が来ています。そろそろいい加減にしてください。……足でも負傷すれば大人しくなりますか?」

 その言葉を聞いて、男は顔をひきつらせた。セリオーヌと呼ばれた女性は表情を消し、剣の柄に触れる。それを抜こうとすると、男は慌てて中に戻った。彼は大声で部屋の中に向かって叫ぶ。

「お前ら、昼過ぎから特訓だ! すぐに動けるよう、準備しておけよ!」

「雑務が終われば……ですけどね。あの量を昼までに終わらせるのは難しいと思いますよ。……あら?」

 セリオーヌはフリートとロカセナの存在に気付くと、ほんの少し驚いた顔をしたが、すぐににっこりと笑みを浮かべた。

「今度入隊する、フリート・シグムンドとロカセナ・ラズニールね。今日はどうしたの?」

 面識がない人に名前を呼ばれて、若干戸惑いつつも、フリートははっきり挨拶をした。

「初めまして、セリオーヌ班長。フリート・シグムンドと申します。配属前にご挨拶をしようと思い、伺わせて頂きました」

「初めまして。ロカセナ・ラズニールと申します」

 フリートの挨拶を聞いたセリオーヌは目を瞬かせていた。

「あら、私のこと知っているの。私は貴方のことを遠目から見て、知っていたけれど……」

「長の名前が付いている人の名前は一通り把握しています。先ほど『セリオーヌ』と呼ばれていましたので、そこから顔と名前を一致させて頂きました」

「たったそれだけで判断するなんて……。知識が豊富なだけでなく、判断力や洞察力も優れているのね。本当に優秀な人がうちの部隊に入ってきたんだ。座学は二位と大きく差を付けて一位、実技の方は二位で、総合成績で一位だっけ? たいしたものね」

「いえ、それほどでは……」

 どうやら成績は筒抜けらしい。実技も一位を狙いたかったが、そちらに関してはその人に備わっている感覚や体つきが大きく影響を与えてくる。残念ながらそれは努力では埋めきれず、同期の中で群を抜いて動きがいい少年には敵わなかった。

 セリオーヌはドアノブに手を触れると、二人のことを手で拱いた。

「挨拶するんでしょう。ちょうど班長以上は皆いるから、今が絶好の機会よ。あと残念だけど隊長の目にも入ることになるから、午後は隊長の訓練に付き合ってもらうからね」

「は、はい!」

「え……は、はい……」

 まさかの騎士団からの誘いに嬉しくなり、威勢よくフリートは返事をした。隣にいたロカセナは顔を僅かに歪ませている。なぜロカセナが肯定的な態度を取っていないのか気になったが、今は稽古ができる方の喜びが上回っていた。

 その数時間後、フリートは遅かれながらロカセナの表情を理解することになった。見習い時代とは比べものにならないくらい、あまりに激し過ぎる稽古により、心身ともにぼろぼろになったことで。

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