12 想いは風に乗せて

想いは風に乗せて(1)

 無謀で危険すぎる行動だとは、提案したフリートが最も理解していた。

 次々と襲ってくるモンスターの攻撃をかわしながら、そのモンスターたちが狙っている場所に突入するなど、たとえ考えついたとしても、普通ならば実行するはずがない。

 しかし、フリートは様々な条件を組み合わせて判断した結果、不可能ではないと踏んでいた。

 悪くて自分が大怪我を負うくらいだろう。いつも厳しい訓練を積ませてもらっている隊長に、このときばかりは感謝しなくてはならない。

 空を飛んでいる多数のモンスターたちが襲ってくるが、大きさも人並み程度であり、そこまで強くなかった。剣を振りかざして怯ませれば、すぐに急所への警戒は薄れ、簡単に突くことができる。

 リディスも積極的に攻めようとしているが、その前にフリートやロカセナが還していた。このような乱戦では経験の差がまともに出る。落ち込むかと思ったが、リディスは強気の姿勢を崩さず走っていた。

 塔に近づくにつれて、モンスターの量は多くなるが、この調子ならどうにか突破できそうである。

 そう思った矢先――

「フリート!」

 リディスが悲鳴にも似た声を発する。速度を落として彼女の横に来ると、顔が強ばっていた。

「何か近づいてくる。数だけじゃない、もっと強いモンスターたちが!」

「何だと!?」

 その言葉を返すなり、フリートも身を持ってモンスターの殺気を感じた。

 視線を薄暗い空に向けると、漆黒の羽根を生やし、矛先が三又に分かれた銛――トライデントを持ったモンスターが十匹近く飛んでくる。体つきはまるで人間のようたが、頭から生える角、大きく裂けた口から飛び出た前歯、そして鋭く尖った耳や赤い目を見れば、明らかに人間とは別種のものであると判断できた。

 部隊を成した人間たちのように、並んで飛んでくる。

「風系のモンスターの中でも最も厄介と言われている、デーモンだね。……トル、あれが来る前に二人を中に入れるよ」

「ああ、そうだな。なんかヤバそうな感じする」

 二人は意見を合わせると、フリートたちの前に出て、モンスターを一蹴し始める。おかげで目の前には障害がない道が広がった。

「ロカセナ!」

「頑張って、リディスちゃん。きっと君ならこの状況を打開することができるよ。フリート、あとは頼んだ」

 ロカセナの言葉に後押しをされ、フリートは噛みしめて、さらに速度を上げる。

 そして扉の前につき、少し遅れてリディスが到着した瞬間に、扉をこじ開けて中になだれ込んだ。

 閉めるなり、中に入れなかった大量のモンスターたちが扉にぶつかる。

 全速力で走ったリディスは転がり込むように入ったため、息も絶え絶えになっていた。扉を叩きつける音には度々反応し、びくりと体を動かしている。

 やがて収まり、静かになったと思うと、次に甲高い鳴き声が聞こえてきた。一匹の掛け声の後に、もう何匹かの掛け声が続く。モンスターとしては珍しい呼応の仕方に、やや恐怖を抱いた。

 先程、新たにやってきたモンスターたちの影響だろうか。果たしてロカセナたちは大丈夫なのか。

 同様のことをリディスも考えていたらしく、表情が強張ったまま固まっていた。

 フリートは息を吐き出し、剣を握り直してから、毅然とした表情を彼女に向けた。

「行くぞ」

 その言葉を聞いたリディスは、力強く頷き返した。


 中央にある螺旋階段ではなく、端にひっそりとある“立ち入り禁止”と書かれた看板が外されている入り口に案内される。

「この先よ。足下が暗いから、気をつけて」

 リディスが光宝珠に力を込めて、仄かな光を起こす。光源を持った彼女を前にして、螺旋階段から転がり落ちないよう、焦る気持ちを抑えて降りていく。階段は思ったよりも段数が少なく、すぐに平らな地面が見えてくる。その先からは光りが漏れていた。

 光宝珠の明かりを徐々に控えめにしながら歩み、小部屋が見えると光を消し去った。

 慎重にその小部屋に入るなりリディスは奥の光景を見て、大きく目を見開く。フリートが小部屋の状況を確認する前に、駆け出していた。

 火の魔宝珠と同じような形の大きな宝珠――薄らと緑に色づいている風の魔宝珠が浮かんでいる。その前には倒れているスレイヤを、ルーズニルが抱えながら叫んでいた。

 状況はかなり悪いと判断し、フリートもリディスの後を追いかける。瞬間、頬に痛みが走った。

 軽く頬を拭うと、赤い血が付いていた。あまり気にも留めずに歩くが、全身までもが傷つけられていく。露出している肌には容赦なく傷が作られた。不可思議な現象に思わず顔をしかめる。

「フリート君、そこで止まって!」

 異変に気づいたルーズニルは、フリートに向かって待ったをかける。そして止めた理由を畳み込むように並べた。

「この場は風の精霊シルフの恩恵を受けた者しか入れない領域だ。部屋全体が強力な加護で覆われていて、侵入者を容赦なく襲っていく。今は精霊自体が弱っているからその程度で済んでいるが、本来ならもっと深手を負っている。魔宝珠に近づけば近づくほど、その威力は増すぞ!」

「わかりました、もう近づきません。しかし、リディスはどうして無傷なのですか?」

 スレイヤの脇で必死に声をかけている金髪の少女に視線を送ると、ルーズニルは固い表情のまま呟く。

「もしかしたら風まで味方に付けられる子なのかもしれない」

 驚きと困惑が含まれた言い方は、前にも誰かが言っていた覚えがあった。

 ミスガルム領は地の精霊の恩恵を預かっている。しかしリディスは火の魔宝珠に触れても、結果的に死ぬことはなかった。さらには風の魔宝珠までにも近づけている。


 これは彼女の生まれ持った性質なのだろうか――?


 手紙をリディスに託しておけば良かったと思いながら、フリートはその場を後退した。スレイヤを二人に任せ、階段下付近でこれから来る相手に立ち向かうことに決める。

 ロカセナとトル、メリッグの三人の力量はなかなかある方だと思うが、あの大量のデーモンをすべて還すのは困難だと思う。真っ先に塔に侵入するモンスターがいるとすれば、おそらくデーモンだ。

 外での攻防の音が、地下にあるこの地まで響いてくる。三人が無事であることを願いながら、フリートは目の前の階段に集中した。



 正直言って、非常に厳しい戦闘であると、トルたち三人はわかっていた。それでもメリッグの水の精霊ウンディーネの攻撃によって、まだ五分前後の攻防が繰り広げられている。

 トルはウォーハンマーの先端に火の精霊サラマンダーの加護を付けることで、モンスターを積極的に還すことに成功していた。

 火の精霊による力は、もともと付け焼き刃程度に得たものだ。火の加護だけに頼って還すのは難しいが、それを使い慣れている武器に付ければ多少状況はよくなる。

 ただしこの武器の欠点は克服できていないため、急所に向けて一振りし、還した後は、隙が生まれがちだ。

 しかし、その点を考慮してロカセナという青年はトルの助太刀に入り、手際よく還していった。

 囲まれるモンスターの中で、トルとロカセナはお互いに背中を合わせて、呼吸を整える。

「ロカセナって凄いな。フリートより凄いんじゃねえか?」

「純粋な剣技なら、フリートには到底及ばないよ。僕は戦闘中に小細工を仕掛けたりして、剣以外のことも行わないと、満足な量を還せない」

 そう言っている中、あるモンスターが前進しようとすると、足元で何かが破裂、その衝撃で動きが鈍くなっていた。

「飛んでいても付近に来れば爆発する、地雷みたいなもの適当に撒いといた。この程度のモンスターなら効果はあるよ」

 涼しい顔をしたロカセナは、左手でポケットから黒々とした丸い物体を数個取り出す。近づいてくるモンスターにそれを投げつけると、触れた瞬間に爆発した。トルは乾いた笑い声をあげて、その光景を眺める。

「よくそんなものを持っているな。人間相手にやったら、確実に危険視されるぜ」

「残念ながら人間には向けたことがないから、どれくらい危ないものかはわからないよ。トルと違って、僕たちが相手をしているのはモンスターという、一応人間とは別の生き物だからね。……やつらも凶暴化している。生き残りたければ手段は選んでいられない」

「まあな。俺ももちろん生き残ること第一に考えているさ、たとえ相手がどうなろうとも……」

 ウォーハンマーを握る力が強くなる。


 傭兵として仕事を受けた時、極力人を傷つけないよう対処していた。だが、相手が暴れれば、痛めつけてから取り押さえる必要があるし、時には命まで手を付けなければならない。

 たった一回だが、トルは人の息の根を止めた経験があった。重大な犯罪を起こした相手に、ムスヘイム領全土に抹殺命令が出された時だ。

 当時、トルは三人組で行動していたが、不意に犯人と遭遇してしまい、二人は一瞬で意識不明の重体、トルも殺されるかと思い、無我夢中で武器を振り回した結果、命を奪ってしまったのだ。

 一瞬、呆然と立ち尽くしていた。しかし、我に戻ると、ぴくりとも動かなくなった死体から目を逸らして、急いで怪我人を診療所に運び込んでいた。

 その死体はその後、別の傭兵によって手荒に葬られたという。


 死んで当然とまで言われた相手とはいえ、今でも命を奪った直後の複雑な思いが心の中に残っている。当時に至っては、度々血が滴る光景が脳裏をよぎっていた。

 ロカセナは汗を拭い、怯んだモンスターの前に飛び出そうとしている。だが、唐突にそのモンスターたちが後退し始めた。空気が張り詰め、重くなっていく。

「……まったくこれしきの人数相手に、こんなに手こずるとは、使えないものたちですね。邪魔ですから還りなさい、お前さんたち」

 しわがれた声が聞こえるなり、トルたちを囲んでいたモンスターが一瞬で黒い霧となった。大きく目を見開き、その様子を眺めていたが、途端に歯がカチカチと鳴り始める。すぐに全身が震え始め、顔が青ざめていく。どうしようもない、恐怖がトルを覆い込もうとしていた。

「トル、これくらいのことで呑まれるな!」

 横からロカセナに叩かれ、意識を取り戻す。目の前には帽子を深々と被り、白い髭を生やしている、杖を突いた小柄な老人が立っていた。その後ろには皆が警戒していたモンスターのデーモンが三行三列で並んでいる。

 老人は二人を値踏みするように、眼鏡の奥にある瞳を細めた。

「おや、まあ面白い人がいるものだ」

「お、お前、いったい何もんだ!?」

 トルが圧迫される雰囲気を自ら吹き飛ばすように叫ぶ。その様子を見た老人は軽く笑った。

「さっきまで縮こまっていた奴が、威勢のいいことを。なんと愉快なことか!」

「質問に答えろ!」

「意外にも火の精霊サラマンダーの加護を受けているのか。どういう風に得たのかね。もし強制的に力を得たのなら――欠片でも持っているのかな?」

 老人の殺気が増大する。彼に気を取られていたため、周囲を注視するのが遅れた。

 気が付けばトルの目の前に、手を固く握りしめているデーモンが現れていた。

 次に感じたのは腹部への重い衝撃。

 防御をする暇も与えられず、軽々と吹き飛ばされ、地面に叩きつけられた。

「……っかあ!」

 耐えがたい痛みに思わず声が漏れる。痛手を負った影響で握っていたウォーハンマーは魔宝珠に戻った。

「ふむ、ただの気のせいだったか。精霊の加護を受けている者なら、反射的に魔法が発動するはずだからな」

(突発的に得たものじゃ、本当に手に入れたとは言えないのか……)

 悔しさが顔に滲み出る。手を付いて、体を起きあがらせようとした瞬間、再び吹き飛ばされた。

「無理して起き上がるな! 襲われるぞ!」

 珍しくロカセナの焦りが言葉の断片から感じとれた。彼は老人と他のデーモンと真正面から対立している。

「君、私とてあまり器用な人間ではない。きちんと段取りを決めてから行動をした方が自分のためでは?」

「予定外の出来事が起きれば、自分の思うとおりに動けないでしょう」

「なるほど、その通りだ」

 くっくっくと、老人は笑い出す。モンスターの咆哮が聞こえる中、その一帯だけが不可侵の場所となり、老人は一人で笑い続けていた。

 状況を遠くから眺めていたメリッグは、いつしか手を下ろして、攻撃をやめていた。

 ロカセナは老人のことを見つつ、サーベルを握り直している。彼一人だけで攻めさせるにはいかない。

 トルは魔宝珠からウォーハンマーを召喚できるまで体力を戻しつつ、ロカセナと老人のやりとりを地面に体を付けて眺めていた。

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