欠片を運ぶ者達(2)


 * * *



 翌日の昼過ぎ、ルーズニルではなく領主の部屋に呼ばれたリディス、フリート、ロカセナは、部屋の前にいる二人の人間を見て目を丸くした。

「三人揃って同じ顔――いえ、二人だったわね。そんな顔しなくてもいいでしょう」

「メリッグも俺たちと一緒に行くのか?」

 フリートがリディスの後ろから声を漏らす。紺色の長い髪の女性はくすりと笑った。

「ええ。もしかしたら素敵な事実が発覚するかもしれないでしょう」

「何度も聞くが、何が目的で俺たちに同行するんだ?」

「あら、予言者を必死になって捜していたのは、どちらさまかしら」

 逆手に取られて言い換えされると、フリートは言葉を詰まらす。リディスは苦笑しつつ、メリッグの隣にいるバンダナを結んだ青年に視線を移した。

「トルはスルト領主が言っていた、ムスヘイム領の代表者なの?」

「よくわからん。ただ呼ばれただけで……」

 頭をかきながら首を傾げていると、階段の方から元気のいい声が聞こえてきた。

「みんな早いね! 夜更かしをしていたら、寝過ごしてしまったよ」

 階段を駆け上って現れたルーズニルの目元は、隈が薄らとにじみ出ていた。

「さあ、中に入って。スルト領主も待っているよ」

 ノックをしてから押されるようにして部屋に入ると、窓の破損など先の事件での生々しい傷跡が目に付いた。その手前では机の前に出てきたスルトが、来客用のソファーを手で示している。

「お揃いのようだね。適当なところに座ってくれ」

 左右に並べられているソファーに、左奥からリディスとメリッグ、右奥からルーズニルとトルが座り、フリートとロカセナはリディスたちの後ろに立った。スルトはリディスとルーズニルの間にある一人用のソファーに腰を下ろす。


 ルーズニルは全員が所定の位置に付いたのを確認して、口を開いた。

「皆さん、お忙しい中お集まり頂き、ありがとうございます。今回はミスガルム領とムスヘイム領の目的が一致し、共に行動をしようということになったため、この顔ぶれで集まって頂きました。詳細な内容に入る前にスルト領主からお話があります。領主、よろしくお願いします」

 スルトは懐から布に包まれたものを出す。その布をはがし、ガラス瓶を取り出した。中にある物を見て一同は目を瞬かせた。

 非常に美しい、赤い宝石のようなものが瓶の中に入っている。動かないように糸で中央に固定されており、一見すると瓶の中で浮かんでいるようにも見えた。

「……火の魔宝珠の欠片ですか」

 メリッグが静かに口を開く。スルトは首を縦に振った。

「その通りだ。この大きさであれば触れても発火することはないから、安心してくれ」

「スルト領主、欠片さえも人の手に渡るのを恐れた魔宝珠が、なぜここに?」

 フリートが眉をひそめて尋ねると、スルトは瓶を机の上に置き、リディスの前に差し出した。

「今まで言わなかったが、これが君たちにミスガルム城へ持って帰って欲しいものだ」

「つまりこの欠片のために、私たちをこの地に呼んだのですね」

 今まで謎に包まれていたものが目の前に現れ、思わず前のめりになって見る。

「そうだ。無くされたり奪われたりしたら、取り返しのつかないことになるから、信用に値する人物に持って帰って欲しいんだ」

 領に加護を与える魔宝珠の一部――巨大なものなら触れただけで命を落としかねない物質。欠片だけの効力は不明だが、執拗に求めている者がいることから、何かしらの力は抱いていると考えられる。

 詳細については城に戻ってから聞くことにし、リディスは視線をスルトに戻してはっきりと返事をした。

「承知致しました。無事に城までお持ち帰り致します」

「よろしく頼む。四つ揃ってこそ、意味を成すものらしいから」

「四つとは、四つの領域の四つの元素ということですか?」

「いい洞察力をしている。まさにその通りだ」

「では――」

 リディスは姿勢を正して、ルーズニルに顔を向けた。


「私たちがヨトンルム領に向かうのは、風の魔宝珠の欠片を受け取りに行くためですか?」

「半分正解。受け取るだけでなく、相手側にも渡すんだ」


 ルーズニルは胸元から小瓶を取り出し、机の上に置いた。輝きを放っている茶色い宝珠の欠片が入っている。

「もしかして土の魔宝珠の欠片ですか? これをどこで?」

「ミスガルム国王から渡された」

「私たちがスルト領主のもとに行くよう指示をしたのも国王様でした。何か重大なお考えがあると思っていいのでしょうか?」

「それは帰ってから聞くといいよ。自分も君たちと同じ、ただの遣いだから詳しいことは知らない」

 四大元素の欠片を四つの領に――、まるで肥料のようにそれぞれの領に散りばめている印象を受けた。

 別の領に届けることで、特別な効果が生まれるのかもしれない。それを狙って国王はリディスたちを動かしているのだろう。

 しかしなぜ、自分たちがそのような重要な役割を果たさなければならないのか。他の優秀な騎士にでも頼めば事足りると思うが――。それだけは考えを巡らしても理由が思いつかなかった。

「ドラシル半島でもっとも頭が回り、先を見据えているのはミスガルム王国の王様のようね」

「どういうことですか、メリッグさん」

「何となく思ったことを言っただけよ」

 リディスはすぐに疑問を口にしたが、含みのある笑みを浮かべられたメリッグに流された。

「話を戻すと、この土の魔宝珠の欠片をまずムスヘイム領に持ってくるために、自分はここに来た。そしてその後、ヨトンルム領に行くよう指示された。ミスガルム領からヨトンルム領に行くには、アスガルム領の跡地の傍を通る陸路か、ムスヘイム領付近の海上を通る海路の二通りある。だけど陸路を通るのは難しいから、船を乗り継ぎながら海路で動く予定で来ている」

 かつてミスガルム領からヨトンルム領に行くには、半島の中央にあるアスガルム領を通っていた。

 しかし、その領の中心にあったレーラズの樹が消えたのと同時に、アスガルム領の一部も消えてしまった。さらにその近辺では霧で覆われている日が多くなり、視界が悪くなっただけでなく、モンスターも多数現れ始めたため、もはやその道を通る場合には、余程の覚悟がなければ行けなくなってしまったのだ。

「それで僕がこれからヨトンルム領に行くと伝えたら、スルト領主がそれならば火の魔宝珠も一緒に託したいと言ったんだ。――それぞれの四大元素の欠片に何の不利益なく直接触れられるのは、その精霊の加護を受けた者だけ。だから彼も一緒に行かせよう、ということなのですよね?」

 ルーズニルがトルを横目で見ると、スルトは首を縦に振った。

「ああ。嬉しいことに、この前の戦闘で加護を受けたからな。そういうわけだ、トル、よろしく頼んだぞ」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、領主。突然そんなことを言われても……」

 トルは激しく狼狽していた。そんな彼に対してスルトは厳しい口調で言い放つ。

「トル、精霊の加護を受けて火の魔法を使えるようになったが、その力をほとんど扱いきれていないと聞いた。ミーミル村には精霊召喚に詳しい人物がいる。その人に話を聞いて、少しでもものにしてこい。使いこなせれば非常に頼りがいのある傭兵になるぞ」

「わ、わかりました……。できるだけ頑張ってみます」

 力強い言葉で押し切られて、トルは首を縦に振った。

 フリートの視線がリディスの隣で澄ました表情で座っている女性に向けられる。

「無関係の彼女が一緒に行くのはいいのでしょうか、領主。今回行おうとしていることは、機密事項にあたるものではないのですか?」

「事前に彼女から頼み込まれて、既に承諾している。予言者はこの先を見る者だ。もしかしたら今回の件が、何らかの予言の手掛かりになるかもしれない。……それに予言者は重要なことを言い振らさない人物だ。きちんとした教育がなされている彼女なら、心配はない」

 メリッグは睨むフリートに対して、勝ち誇った笑みを浮かべる。段取りを付けていた彼女の方が数倍上手だ。フリートが肩をすくめ、深々と息を吐き出すまでに、時間はかからなかった。

「以上で私からの話は終わりだ。あとはルーズニル、頼んだよ」

「はい。では皆さん、僕の部屋に移動しましょう。領主のお手間を取らせてはいけませんから」

 ソファーから腰を上げ、リディスたちはスルトに挨拶をすると、足早に部屋から出て行った。スルトはその様子を見つつ、火の魔宝珠の欠片を強固な金庫の中に再び保管した。


 案内されたルーズニルの部屋の中は、床から積み上げられた本の塔が絶妙的な釣り合いで保たれていた。新しい本から古びた本まで、大きさも年代も様々である。

「久々にヘイム町に来たけど、色々な種類の本があって本当に面白いよ。ちなみに少しばかり法に触れるのもあるから、無闇に触らないでね」

 手近にあったものに手を伸ばそうとしたリディスは、慌てて引っ込めた。法に触れる本を読んでいるなど、ルーズニルはいったい何を考えているのだろう。今まで接したことがない、学者の印象が書き換えられた。

 部屋に椅子があまりなかったため、リディスとメリッグ、そしてルーズニル以外は立って聞くことになった。

 まず、ルーズニルはムスヘイム領の地図を広げた。

「今回の移動は至って単純で海上移動をする。ヘイム町の南に港があるから、そこから船に乗る。船で三日かけて移動してヨトンルム領に到着した後に、徒歩で半日程度歩く行程だね。ヨトンルム領は森や草原が少なくて荒野が多いけど、ミーミル村に行くには一か所大きめの森の近くを通る。モンスターに関して気を付けるのなら、特にこの付近かな。あと、なるべく日差しは避けるつもりだけど、あまり無理はしないように」

 さりげなく出したその台詞は、リディスに向けられたものだった。次こそ体力が限界に達する前に、休憩をお願いしようと心の中で誓う。

「船は既に明後日の昼間に出港し、その三日後の朝に到着する便を予約してあるから、あとは当日を迎えるだけ。ミーミル村に着いたら僕の指示に従って。たぶんすぐには何もできないと思うけど」

「どうしてそんなことが言えるんですか?」

「村に行けば、たぶんリディスさんたちでもわかるよ。――他に質問はある?」

 リディスは周りを見て、特に動きがないことを確認すると手を挙げた。ルーズニルはどうぞと声をかける。

「ヨトンルム領には火や土の魔宝珠の欠片を渡すために行くんですよね。誰に渡すのですか?」

「ミーミル村の村長だよ。領同士で力を合わせる事態になった時のことを考えて、なるべく影響力の強い人間に渡す必要がある。ヨトンルム領は各村で独立しているから、ここの領主やミスガルム領の王みたいに領をまとめあげる代表者はいない。だけど、ミーミル村の名前は学問分野を中心に有名でね、そのためか村長の発言に他の町村の人たちは気にしているんだ」

「なるほど。もう一つ質問があるのですが、四大元素の魔宝珠には管理者などがいらっしゃるのですか? 火の魔宝珠はスルト領主が管理者のようですし、おそらく土の魔宝珠は城の関係者だと思いますが……」

「ヨトンルム領、つまり風の魔宝珠にもいるよ。ニルヘイム領は把握できていない。今は消えてしまったけど、レーラズの樹にも管理者はいたと言われている」

「レーラズの樹にも?」

 実際に見たことはないが、ドラシル半島のどこからでも見えたと言われている非常に大きな樹。それをどうやって管理をしていたのか、予想が付かない。

「管理と言っても難しいことではない。基本的には見守るだけ。見守り、樹から出てきた魔宝珠を受け取り、使い終わった魔宝珠は返す――。そうすることで魔宝珠は循環していたらしい」

「その人たちは今――」

「消息はわからない。魔宝樹と共に消えたか、どこかに隠れているのではないかと言われている」

「隠れる必要があるのですか? 別に悪いことはしていないですよね」

 リディスの率直な質問に、ルーズニルではなくメリッグが口を開いた。

「……一歩間違えれば、とんでもないことを起こしてしまう存在だから、自分と周りのことを考慮して隠れたのよ。知らないかしら、七年前にニルヘイム領である村が一瞬で消えてしまったことを。その原因がレーラズの樹を守っていた人の逆鱗に触れてしまったからと言われているわ。それまでも滅多に人前に出ない人たちだったけど、それ以後は生存している噂すら聞かないらしい」

「村を一瞬で消失させる力……? 私たちと同じ人間なのに?」

「より強い加護を受けた人が自ら枷を外したんじゃない? 召喚っていうのはね、便利なものであり、とても危険なものなのよ。普通は扱っている人間が自分たちの体を考慮して、脳内で勝手に抑えているけど、その抑えた力を解き放ったら――相当恐ろしい力になるわ」

 低い声でメリッグは呟く。リディスは背筋がぞくっとした。

 逆鱗に触れたら村がなくなるほどの力とは、果たしてどれほどのものなのか。

 そして力を爆発させるまで追い詰めた経緯とは、どのようなものなのか。

 さらに聞いてみたかったが、メリッグは口を閉じ、目を伏せてしまった。


 その後、質問も出なかったため、一同は解散となった。

 再び全員が顔を合わせるのは二日後。そしてリディスたちが大海原に出るのも二日後である。


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