連鎖する事件(2)

 その後、トルに呼ばれて、フリートたちは領主の部屋に移動した。陽が射し込む部屋の扉が閉まるなり、忌々しくその部屋の主は吐き捨てる。

「トルから簡単に話は聞いた。こんな昼間に行動する者など、最近明るみに行動しているギュルヴィ団くらいだろう。まさか屋敷にまで侵入してくるとは……、舐められたものだ。すまないが、君たちで知った概要を教えてくれないか?」

 ロカセナが一歩前に出て、口を開く。フリートはどうにか自我を押さえつけながら、その言葉に耳を傾けた。

 犯人は二人組の男。腕が相当立ち、門番たちは反撃ができずに戦闘不能にされた。当初からリディスを誘拐することに焦点を置いていたようで、他に荒らされた部屋はなく、屋敷で事を起こしていたのはものの数分と思われる。

「スルト領主、ギュルヴィ団とは何なのですか?」

 説明を終えたロカセナが問うと、俯いていたスルトは顔を上げた。

「そうか、まだそのことについては話していなかったな。ギュルヴィ団とは最近特に犯罪を繰り返している集団のことだ。内容としては強盗、誘拐、殺人――とにかく何でもする」

 フリートの体が無意識のうちにびくりと動く。思わず荒ぶった声を出す。

「そんな集団、どうして野放しにしているんですか。貴方はこの地をまとめる人でしょう!」

「お恥ずかしながら、耳が痛い話だ。実は近々行動に移す予定だったが、どこから聞きつけたのか、作戦会議中の傭兵たちを集めた家に、魔宝珠に似せた爆弾が送り込まれ……」

「それでまだ行動ができていないわけですか。……では話を変えましょう。そいつらの目的は何ですか。金目当てですか?」

「だいたいがそうだ。誘拐する相手も資産家の女、子供が多い」

「金か……」

 ほんの少しだけ、ゆっくり息を吐くことができた。金が主目的なら手荒な真似はしないはずだ。そして頭も切れると思われる軍団。少しばかりは猶予はあるだろう。

 危険を侵してまでリディスを狙った理由が、多少なりともわかった。だが腑に落ちない点はたくさんある。その一つを言葉にした。

「リディスが狙われたということは、彼女がどのような立場であるかわかっていたということです。ただ容姿が金持ち風だからといって、警備が厳しい屋敷に侵入するのは危険すぎますからね。さらにはどこで寝泊まりしているか、ということも知っていた。――いったいそれらの情報はどこで漏れたとお思いですか?」

 スルトは難しい顔をしたまま口を閉じていた。

 リディスが本調子なら倒すことは難しくても、最大限に抵抗し、その間に誰かが駆け付けることはできたはずだ。普通であればこんな事件は起きなかった。

「よくよく考えると嫌な事件だね。リディスちゃんが弱っている時、そして僕たちが部屋から離れている時を狙うなんて。おそらく――」

 内通者がいる――そこまでわかっているだろうが、ロカセナはそれ以上言葉を続けようとはしなかった。

 もしそうだった場合、未だに屋敷の中に潜伏している可能性がある。下手にこちらの動きを察しられないためにも、今は素知らぬふりをしていたほうが都合はいい。

「とにかく、身代金目的の誘拐なら、そろそろ連絡が入ってもいいと思いますよ。その場合、ミスガルム城とムスヘイム領主のどちらに要求するのかな」

 ロカセナは腕を組んで言っていると、扉が激しく叩かれた。スルトが促すと侍女が一人現れ、スルトの元に駆け寄った。一枚の真っ白な手紙を震える手で差し出す。

「屋敷の敷地内に投げられていました……」

「ありがとう。戻っていてくれ」

 一礼をして、彼女は足早に出ていった。手紙を開くと、スルトの眉間のしわは寄るばかりだ。近づいたフリートに、それを渡される。受け取るとロカセナとトルも覗き込んだ。



『ムスヘイム領主

 ミスガルム王国からの客人リディス・ユングリガは我らが預かっている。

 手荒な真似をして欲しくなければ、今日の夕方までにムスヘイム領主に古くから伝わっている、火の精霊サラマンダーが宿っている火の魔宝珠を差し出せ。下手な行動を起こせば、娘に危害が加わるだろう。

     ギュルヴィ団』



「これはまた簡潔な内容だね」

 ロカセナが感情を入れずに淡々と呟く。達筆な字で書かれたその手紙は、簡潔ではあるが色々な点で驚くべき内容だった。

「リディスの姓名を知っている。あいつはミスガルム城に滞在してから数週間も経っていないのに……どれだけ情報が漏れているんだ」

「そして金目的じゃなくて魔宝珠目的ということも、注目すべきところだね。魔宝珠は貴重品として扱われることが多々ある。それが伝統あるものなら尚更だ」

 ロカセナが目を細めてスルトの様子を見る。彼は口を一文字にしたまま、自分の椅子に座り込んでいた。そして組んだ手の上に顎を乗せる。魔宝珠に関しておそらく何か知っているだろうが、拒絶の雰囲気を醸し出していた。トルは口をへの字にして、手紙を指す。

「なあ、ここに書いてある宝珠って、いつ、どこで渡すんだ? この内容だけだと渡せねえだろう」

「おそらくこれを読んだスルト領主の様子を見てから判断するんじゃないのかな。もし魔宝珠を差し出さない方向だったら、何らかの事を起こすかもしれない」

 ロカセナは視線を合わせようとしないスルトにゆっくり近寄る。彼の無言の背中からは、計り知れない怒気が感じられた。

 歳の割には冷静な二人組と言われているフリートとロカセナ。しかめっ面のフリートとは対照的に、ロカセナはいつも笑みが耐えなかった。そのため表面上で怒りを露わにするのはたいていフリートだが、ロカセナも顔には出さないが心の中では怒っていると言っている。それが表面化するときなど滅多にないが。

「スルト領主」

 スルトに呼びかけても何も返事がない。見かねたロカセナは大袈裟に溜息を吐いた。

「黙り込むのもいい加減にしてください。そして自分の脳内だけで勝手に完結しないでください。貴方の判断にかかっているんですよ、リディス・ユングリガの命は」

 声の高さをさらに落とした。フリートでさえもほとんど聞いたことのない、怒りが含まれた声。

「わかっているでしょう、これはただ単に領内の問題ではなくなっているのです。彼女の身に何かあったら、貴方だって痛手になりますよ? 領主の屋敷という、領内で一番安全な場所でいとも簡単に人を連れ去られたなんて知られたら! しかも、その領主は保身のために彼女を切ったとなれば……」

「わかった、わかったから!」

 我慢しきれず、溜まらず声を上げる。しかしロカセナの言葉は止まらなかった。

「わかったのなら、どのような行動をしてくれるのですか?」

 ちらりとロカセナから視線が送られる。その目はもちろん怒気も含んでいるが、目の奥には何かが潜んでいた。その目配せを受けて、フリートは彼の立場になって一瞬考える。そして目を見開くと、半歩だけ後ろに下がって、軽く頷き返した。

「聞いているのですか、スルト領主。火の精霊が宿っている適当な魔宝珠を与えても、彼らは満足しませんよ」

 スルトの顔が強張った。図星と捉えてもいい、わかりやすい仕草である。それだけ余裕がないのだ。豹変したロカセナと、領主の威厳の欠片のないスルトとのやり取りを、トルは立ち尽くして聞いていた。フリートはその様子を横目で見つつ、さらに後ろに下がる。

「代々伝わる魔宝珠など、さぞ素晴らしい力を持っているでしょう。ギュルヴィ団が欲するのは当然だと思います。だからこそ、今回の取引は慎重になる必要があるのです。わかっていますか?」

「そんなことはわかっている。だが渡したくても渡せない代物だ。私でさえ迂闊に手は出せない……。そしてそれをあいつらが使いこなせるとは、まったく思えん」

 足音を立てないよう気を付けて、フリートは扉の脇に立つ。その扉の間は若干隙間があった。

「それじゃあ話を変えましょう。どうして彼女の姓名がばれたのでしょうか。そして、なぜあの部屋にいたのを知っていたのでしょうか」

「金色の髪を追っていれば、部屋くらいわかるだろう。一目見ただけで印象に残るからな」

 フリートは扉のノブにそっと手をかける。

「では、どうして僕たちがいない時間に奴らは現れたのでしょうか? それはきっと内通――」

 ロカセナが確信に触れると同時に、フリートは一気に扉を開け放った。


 扉の外から目を丸くした侍女のレリィが倒れ込んでくる。彼女はすぐに鋭い目つきに変えると、右手から隠しナイフを取り出して、フリートに向かって突き出す。それをかわし、彼女の体勢が崩れたところで右手首を握って床の上に押し付ける。その衝撃でナイフが転げ落ちた。

 レリィはばたつくが、体勢を組まれて羽交い締めにされては、鍛えている女性とはいえ、動くのは厳し過ぎる。脱出は無理と悟ったのか、レリィは大人しくなった。

 一息吐こうとした瞬間、彼女は空いている左手を胸元に突っ込む。そして魔宝珠を解除する声を発した。


「フリート、離れろ!」


 ロカセナが忠告する前にフリートは飛び退いていた。

 退く際に左頬すれすれに小型のナイフが通過する。

「この女!」

 相手が誰であっても物怖じをしない反撃。隙を見つければ、即座に急所を狙っていく。その様子を見る限り、並の能力を持つ人間ではできない。

 次々に鋭いナイフを投げて、レリィは間合いを作る。フリートは忌々しく舌打ちをし、部屋の脇に移動した。

 彼女は胸元から魔宝珠を取り出し、それに触れると、使い捨て可能な小さなナイフを多数召喚する。左手の指の隙間に四本はめ込み、ぎろりとフリートを睨み付けた。

「本性を現したようだねえ、リディスちゃんの世話をしていた侍女。もともとスルト領主の見張り役としていたけど、今回は好機と見て行動を起こしたってところだろう、リディスちゃんの誘拐の手引きを」

 ロカセナが数歩レリィに近づくと、彼女は躊躇いもなくナイフを投げつけた。それを流れるようにかわしていく。その様子を見て、彼女は目を見張っていた。

「今はスルト領主の言動を見て上に報告するつもりだった。リディスちゃんを痛めつけるかどうかの匙加減を」

 まったく恐れずに近づくロカセナに対し、レリィはナイフを八本召喚し、五体の中心部に向かって投げつける。素早く投げられたナイフは、一般の人なら確実に傷つけることができる速さだった。

 だがロカセナは逃げることなく歩き続け、手近にあったクッションを取る。それを盾に、さらに自分の足を動かして、すべて凌いだ。二本だけ後ろに飛んでいったが、壁と机に当たったため誰も傷つかなかった。

 レリィはようやく自分が相手をしている人物が、とんでもない人物だと気づいたのだろう。すぐさま踵を返して、一目散にドアから逃げていった。

「フリート」

「行くぞ」

 お互いに声を掛け合って確認すると、ロカセナとフリートは彼女を追いかけ始めた。



「トル」

「は、はい!」

 呆然と成り行きを眺めていた傭兵トルは、顔色の悪い領主からの声を聞いて我に戻った。

「何でしょうか?」

「二人を追いなさい。そして必要ならば助けなさい」

「しかし領主様のご容体が――」

「騒ぎを聞きつけた連中が来るから大丈夫だ。それよりも今はユングリガ様を助けろ。彼女を助けなければ、我々の信用が地に落ちる。この領とミスガルム領との関係問題に発展する前に、何としてでも助け出せ!」

 激しく叫ぶ姿を見てトルは一瞬後ずさったが、スルトの想いを汲み取って返事をした。

「わかりました。トル・ヨルズはフリートとロカセナの援護をして、無事にリディスを救出してみせます!」

 ロカセナの殺気の出し入れ、フリートの機転の効き方などを目の当たりにした今、援護できる部分はほとんどないとわかっていた。だが、この領の特性や地理の知識なら負けないと思い、二人に追いつくために急いで部屋から出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る