4 新たな道を示す人々

新たな道を示す人々(1)

 翌日、リディスはフリートとロカセナが空いている時間に城下町に連れ出された。昼休憩時だったが、既にフリートの顔からは疲労感が滲み出ている。彼は項垂れながら、半島で一番賑わっている町を歩いていた。

「ねえ、ロカセナ、フリートどうしたの?」

「フリートって、部隊の若手の中では群を抜いて強いせいか人気者でね、久々に鍛錬の場に現れたからか、たくさん模擬試合を申し込まれていたんだ。それを隊長が容赦なく連続で試合を入れるから、さすがに疲れたってわけ。ちなみに昼休憩後もほぼ予約でいっぱい」

「そんなにすごいんだ……。ロカセナもたくさん試合したの?」

「僕はそこまでしていないよ。もともと強い方ではないから、自分で申し込む方が多いからね。剣術もどうにか基礎が成り立っている程度のもので、モンスターと戦っている時はとにかく攻撃するので精一杯。臨機応変に援護する方が性にあっているかな」

「でもそういう立場の人がいなければ、集団での戦闘は成り立たないわ。重要な立ち位置よ」

「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」

 ロカセナは頬をかきながら、気恥ずかしそうに返した。

 その受け答えを聞いて、ロカセナは少し謙遜し過ぎているとリディスは思った。彼は自分の実力がないように言っているが、二人一組で城外の単独行動が許されるのならば、隊長たちも彼の腕を認めているはずだ。

 さらに同期にも関わらず、フリートに遠慮しているようにも見られる。性格上の問題もあるだろうが、自信があればさらに実力を向上できるのではないかと思っていた。

 ぼんやり考えていたが、城下町に並ぶたくさんの店を見ると、その考えは頭の隅に引っ込んでしまった。シュリッセル町とは比べものにならないほどの店の量と種類。食堂一つをとっても、メニューがまったく同じところはない。

 リディスとしては主要な書店と武器防具屋を教えてもらえれば、あとは勝手に散策しようと思っていた。だがなぜかフリートが最初に立ち止まった場所は、服飾店の前。しかも高そうな素材を取り扱っている店だ。

「ねえ、行く場所間違えてない?」

「いや、ここでいい」

「私の服……そんなに城の中では浮いているの?」

 薄々感じていたが、庶民すぎる服装が学者や高位な貴族の中では目立っていたかもしれない。フリートは慌てて首を小さく横に振る。

「違う!」

「じゃあ何よ!」

「それは……」

 言い合っていると、両者の肩に手が置かれた。銀髪の青年が二人の顔を見ながら微笑む。

「まあまあ落ち着いて。フリートが変に意地を張っているだけだから」

「違う、副隊長に頼まれただけだ! もっとリディスの服の防御力を上げろって……」

「それならローブでも買い足せばいいじゃないか。それが一番手っ取り早い。……けどそれだと城内では若干浮くから、少しでも質のいい服を作ってもらいたいんだろう」

 フリートはロカセナの言い分に反論することなく、黙り込んでしまった。そしてむすっとした表情で、服飾店の中に入っていく。リディスは視線をロカセナに戻すと、フリートの方を指しながら呟く。

「……図星?」

「よくわかってきたね。あいつの性格が見えてきている証拠だ」

「態度がわかりやすいから……」

 リディスは改めて服飾店の全体像を見渡す。そこまで派手な印象はないが、掃除が隅々まで行き届いているからか、清潔感のある綺麗な店だと感じられた。窓を通じて見えた室内に飾られている服は高そうである。

 正直言って、フリートがこのような店を知っているとは意外だった。あの堅苦しそうな雰囲気からして、戦士たちが御用達している店くらいしか出入りをしないと思っていた。

 店の中に入ると、にこにこした表情のおばさんが出迎えてくれた。

「フリート君が言っていたお嬢さんね」

「は、はい」

「動き易さを重視しつつも、社交辞令の場でもおかしくない服を仕立てましょう。さあさあ奥にどうぞ」

「すみません、よろしくお願いします」

 おばさんに促されて、リディスはカーテンの奥に入っていった。



「フリート、お前本当に面白すぎるよ」

 ロカセナが口を押さえて笑いながら、店の隅にある椅子に座っている。フリートはその横で腕を組んで立っていた。

「だから副隊長も言っていただろう。一人でも対応できるように備えを促しとけって」

「その通りだけど、まさかお前が密かに御用達にしている店で、そういうことをするとは思わなかったよ」

 店内は中流貴族が着る質のいい服が多数並んでいる。一般人には少し奮発しなければ出せない値段だ。

 またこの店の服は、質がいいだけでなく、もう一つ重要な要素も取り入れていた。

 密かにモンスター避けの魔宝珠を使いながら、仕立てられているのだ。ボタンにさり気なく宝珠が付けられていたり、仕立てる際も結界を込めているため、防御力は見た目よりも格段に高い。それを着てさえすれば、雑魚相手にへまをしても大事にはならないだろう。

「ここに連れて来たのは、昔から知っている人の方が話は通しやすいからだ。ただそれだけだ」

 おそらくだがリディスが望みさえすれば、また近いうちにこの地から旅立つ。ここにいる間は城内の資料を読み漁り、学者や知識人たちの話を聞き回ることになるが、有益な情報は得られないだろう。

 なぜならここに入ってくる情報は、いい意味で綺麗で真っ当すぎるからだ。

 もっとささやかな噂、嘘か本当か定かではない情報を求めるのなら、他の領に行くのがいい。半島の南に位置し、非常に大きな町に様々な身分の人間が出入りしているムスヘイム領、もしくは小さな村が点在し、それぞれの歴史は深い、半島の東にあるヨトンルム領で探し回るのが現実的かもしれない。北にある山で覆われているニルヘイル領も、検討するのは有りだろう。

 カーテンの隙間からリディスの横顔が見える。おばさんと談笑しながら、布を合わせていた。

 モンスターの動向が気になる中ではあるが、そこには穏やかな日常があった。



 * * *



 リディスが城に着いてから一週間経ち、フリートとロカセナを含めた騎士団の半分の人々が、近くのモンスターを一掃するために出かけていった。数日で戻るとはいえ、それだけの人員を駆り出すのは普通のことではない。

 出発する前日に二人と別れる時、少しだけ彼らの顔が強張っていたのがリディスの記憶に残っている。

 完全に掃討できない場合が一番怖い。万が一逃げられて、あとで王国に報復されたら最悪の展開に陥る。

 無事に終わることを願いつつ、リディスは自分の現状を変えるために行動した。

 図書室には毎日出入りし、本も数多く目を通している。だが、目ぼしい情報は得られない。

 フリートたちに連れられて、今は引退しているがかつて還術士として活躍した老人からも話は聞いたが、これといって収穫はなかった。少しずつでも構わないから毎日前進したかったが、思い通りに進んでいない。

 その日もいつものように図書室で本を読んでいると、侍女らしき女性が一通の手紙を差し出してきた。

「リディス・ユングリガ様ですよね?」

「そうですが……」

「ミディラル様よりお手紙を預かっております。お早めに中身を確認してください」

 そう言うと、一礼して彼女は足早にその場から立ち去った。

 ミディラルと聞いて、あの美しい女性のことを思い出す。急いで中身を開封すると、そこには城のある場所と時間を示したものが書かれていた。

『また、お会いしませんか?』

 あの声が蘇ってくる。約束までは時間があるが、既に楽しみで本を読むのも上の空になりつつあった。


 城には東と西に庭があり、東は一般の人にも解放されているが、西は城内にいる一定水準の位を持つ貴族のみ入ることができる。そのため足を踏み入れると、いつもと違った空気が漂っていた。ざわめき声は聞こえず、とても静かであり、噴水の水が打ち付けられる音が、意識せずとも聞こえてくる。

 整えられた庭をぼんやり眺めていると、鳶色の髪の青年騎士が寄ってきた。

「リディス・ユングリガ様でしょうか」

「はい、そうです」

「お待ちしておりました。どうぞこちらに」

 彼はきびきびと動いてリディスを庭の中に案内する。少し近寄りがたい雰囲気の青年だが、隙なく動く姿を見ていると、戦闘や平時の仕事ではやり手の人物ではないかと思った。

 庭を進むと、籠の形をした屋根付きの小さな建物の前に辿り着いた。椅子と丸テーブルがあり、椅子の一つにミディラルが優雅に座って本を読んでいた。まだこちらには気づいていないようで、顔は本に向けたままだ。

 騎士は立ち止まるが、リディスは前に進むよう促された。それを受けてリディスは彼女に近づくと、ようやくミディラルは顔を上げる。リディスを見るとにこやかに微笑んだ。

「こんにちは。来てくださり、ありがとうございます。すみません、貴女の予定も聞かずに、このようなお呼び出しをしてしまい」

「いえ、特別な予定は基本的にありませんから大丈夫です。こちらこそ呼んで頂き、ありがとうございます」

 ミディラルに椅子をすすめられて、リディスも座り込んだ。机の上にはティーポットとカップ、さらにはクッキーなどの菓子類まで置かれていた。

「お時間は大丈夫ですか? もし大丈夫ならお茶でも飲みながら、ゆっくりお話でもしましょう。私、同年代や外から訪れた人の話はあまり聞いたことがないので、是非とも貴女のお話を聞きたいのです」

「時間は大丈夫です。私の話でよければ、いくらでもお話します」

 それから二人はお茶を飲みながら、会話に花を咲かせた。

 なぜ城に来たか、これはもちろん表面上の理由のみ話す。そしてフリートやロカセナとの衝撃的な出会いから、ここまでの道中などを話した。盛りだくさんの日々だったため、話の内容には事欠かなかった。

 ミディラルの雰囲気は柔らかで、話の進め方が非常に上手なため、出会って間もないにも関わらず話しやすい。まるで親友か姉とでも錯覚してしまいそうな落ち着き感があった。

 やがてリディスが還術士という話に転がっていた。

「女性なのに還術士なんて凄いですわ。しかもファヴニール様から直々に術印を施してもらったとなれば、それは自信を持っていいことですよ」

「ミディラルさんはファヴニール先生をご存じなのですか? 数年前に城を出たと聞きましたが……」

「私、城にいる期間は長いのです。何度かお会いしたことがあります。人の良いおじさまでした」

 ふふっと口元を押さえて笑う。両親が城内の関係者で、産まれた時からここにずっといるのかもしれない。 

 不意に生温い風が吹き抜けた。それをミディラルは感じると、目を細めながら髪をいじる。

「嫌な風ですわ。――ねえ、貴女はモンスターと人間の関係は、これからどうなると思います?」

 突飛な質問を持ち出されて、返答に一瞬窮した。頭の中で整理しつつ答える。

「あまり考えたくはないですが、モンスターから受ける被害が多くなる気がします。最近の動きは本当に読めないため断言はできませんが」

「そうですね。今は被害が徐々に増えているという程度で済んでいますが、いつかはそれが爆発的に悪化する可能性もあります。それを防ぐために、彼らは今動いているわけですが……」

 彼らと聞いてリディスは騎士団員たちのことを思い出した。ミディラルは両手を組んで、口元を近づける。

「無事に帰ってきてなんて、安全な場所にいる人が発するにはおこがましい言葉。望むのは生きて帰ってきて欲しいという想いでしょう。ですが、おそらく――」

 顔を上げてミディラルは力なく微笑んだ。

「きっと今はまだそのときではないのだから、大丈夫だと思います」

 視線を逸らされてカップに口を付けた彼女に、その言葉の根拠は何ですか、などと聞くことはできなかった。

 言葉にできない、漠然とした不安が心の中に広がる。


 吹き抜ける風が、気持ち悪い。

 降り始める雨が、いつもよりも重苦しい――。


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