第十二話 いじめ
「私の改心、って何ですか?」
俯いたまま矢附は呟く。
「悩み事、怨み言、鬱憤とか憤怒の解消やね」
「そういうのは、スクールカウンセラーの齋藤先生に相談してます」
「相談した結果、解消はされてない。あるいは──」
西生奈菜は矢附を見る。手足を拘束した相手に対してさらに警戒するように。
「相談した結果、それらの感情を認識し増大した」
「いじめられたことへの怒りが再燃したってこと?」
瀬名の言葉に矢附は首を横に振った。
「違う、そんなこと、思ってないよ」
「そうそんなことは思っていない」
矢附に西生奈菜が続ける。
「どういうこと?」
西生奈菜はカウンセリング内容まで知っているのか?
「青の小鬼が瀬名の右腕を食べてたやろ? 青が活発や言うことは敵意とか殺意やのうて、妬みや哀願の想いが強いってことやねん」
「妬みや哀願?」
青の活発。そう言われれば水溜まりから生え出した腕も青が比較的多かったように和美は思った。
「いじめへの仕返しとかよりもいじめられていたことを誰も助けてはくれなかったという想い」
「そんな!? だって、あの時は──」
瀬名が声を荒げる。
「・・・・・・誰も気づかないくらい些細なことだった、から?」
声を震わし矢附は顔を上げ、瀬名を見つめた。今にも泣きだしそうに顔を歪めている。
「最初はね、私、弄られやすい空気っていうの、そういうのがどうにか出来ないかって齋藤先生に話したの。入学式の日、先生が気軽にどうぞって言ったから、本当に時間潰しみたいな感じで、先生を訪ねた」
大柄の齋藤は人懐っこい笑顔を浮かべる感じのいい男性教員だった。
「弄られやすいって例えばどんな?、って聞かれて中学校の時の話をした。髪が伸びたら似合わないって切られたり、皆の通学鞄を持たされたりした話とか」
「それ、弄られやすいってレベル?」
西生奈菜が首をかしげる。
「前髪をちょっとだし、鞄を持たされたのは帰り道の数分だけだし、私は弄られてるんだとそう思ってたし。ちょっと嫌だなってくらいだった」
「周りからはちょっとしたイタズラか悪ふざけに見えるレベルってこと? ようわからんなぁ」
「私も悪ふざけだと思ってた。ずっと続いてたけど、私が弄られやすいからだって、そう思ってた。だけど先生は、違うそれはいじめだよって」
「それで、初めていじめやと認識したんやな」
矢附は頷いた。頬に涙が伝う。
「待ってよ。そう、でしょ。そうなのよ、矢附本人だっていじめだってわかってなかったんだから周りも助けようが無かった」
瀬名が右肩を抑え声を震わす。右腕は確かにそこに存在するが、瀬名にはもぎ取られた認識のまま痛みがあり続けている。
「そうなんだけど・・・・・・そう思うのが多分正しいんだけど、だけど先生はいじめだって言ってくれたの。先生はいじめだってわかってくれたの。だったら、他の誰かが助けてくれてもおかしくなかった!」
「そんな、そんな自分勝手なことで私、右腕を食べられたの!? 殺されそうになってるの!? ふざけんじゃないわよ!!」
瀬名が怒鳴り、矢附を睨みつけた。矢附も瀬名を睨み返している。
「矢附、アンタとは中学校から関係性は無いしただの近所ってだけじゃない。そんな、いじめなんて知るわけないし、助けなかったことに責任を負わされるような謂われもない!!」
「だから、哀願やいうてるやろ。相手の同情心に訴え願うこと、自分勝手な話や。あ、けど瀬名、アンタが喰われたんは何も矢附の哀願のせいだけやないで」
瀬名と矢附が西生奈菜に目線を移す。
「私は悪くない、瀬名はそう思っててそれを誰かに言ってほしかったってとこかな」
「瀬名さんも哀願してるってこと?」
和美の問いに西生奈菜は頷く。
「哀願ってほど大袈裟な想いやないかもしれんけど、少なからずそんなこと想ってるんやろ? だから、青に喰われた」
瀬名の右腕の痛みが酷くなっている。呼吸が荒くなり、額に汗を浮かべる。和美が支えにと手を差し伸べるも瀬名は断った。
「齋藤先生から相談を受けたって、担任の横宮先生に頼まれたの。矢附がまたいじめにあわないように気にしてやってくれって。何をすればいいのか訊いたら、極力一緒にいてやってくれって。監視役よ」
瀬名は嫌そうにそう呟いた。
「いじめの話を聞いて思ったのは、私は助けられなかったってこと。自責の念じゃなくて、そうね、自己肯定的な形ね。仕方なかった知らないんだから助けられなかった、ってね」
矢附を睨みながら瀬名は言葉を続ける。
「そんなの、想うのって普通のことじゃない? なんでこんなことに?」
「矢附の監視役に任命されて毎日矢附の側におることで積み重なった、とかそんなとこやろね。感情ってのはそういうあやふやなもんで、鬼もそんなあやふやなもんやからな」
だから怖いんよ、と西生奈菜は続けた。
「それで改心、解消するってどうしろってのよ。矢附が納得するしかないってこと? 誰も助けることは出来なかったって」
「そういうこと、になるんかな今回は」
瀬名の問いに西生奈菜は曖昧な答えを返す。
「そんなので解決するの?」
「そんなんが簡単に出来ると思うか?」
今度は和美の問いに西生奈菜が返した。しかし、その返し、新たな問いは矢附へと向けられた。矢附は瀬名を見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます