自慢

 港町で無事リーズたちと再会することができたマノンやウディノたちは、荷下ろしが終わった後馬車に揺られて川岸を遡り、村へ戻る道を進んだ。

 そして、一度探索基地に立ち寄り、そこで一泊してからいよいよ開拓村に案内することになる。


「そう……リーズが冒険者をしている頃から、アーシェラさんとは仲が良かったのね。素敵な話ね……」

「えっへへ~♪ 楽しいことも、つらいことも、みんなシェラと仲間たちと一緒に分け合ってきたんだっ! 途中から「勇者様」なんて呼ばれるようになっちゃったけれど、ある意味今は元通りに過ごしてるのかもね!」

「私もまさか、リーズが心に決めた人がいて、もう結婚してるだなんて思わなかったわ。最初にパーティーを組んだ人が運命の人だったなんてすごく羨ましいし、妹に先を越されるのもちょっと悔しいかも……」


 アーシェラが夕食の準備をしている間、リーズは母親や姉らにアーシェラとの出会いから結婚に至る経緯について嬉しそうに語っていた。

 冒険者になりたての頃に出会って、仲間とパーティーを組んで、勇者と呼ばれるようになった頃でも、アーシェラはずっとリーズを傍で支え続けてきてくれた。

 貴族出身のリーズが平民――それも、滅びた国の出身のアーシェラと結ばれたのは、彼が誰よりもリーズのことを考え、愛してくれたからだ。


「改めて聞くと、本当にすごいね村長…………リーズさんのためとはいえ、あんなに献身的になれるなんて」

「う、うん……聞いてる僕はすごく恥ずかしいんだけどね」


 リーズの話は多少誇張はあるものの嘘はほとんどない。だが、惚気成分があまりにも豊富で、周りの人たちは非常に興味津々に聞いているが、話題にされているアーシェラ本人にとっては溜まったものではなかった。

 フリッツと並んでシチューの最後の味付けをするアーシェラは、リーズの口からポンポン出てくる自分を褒める言葉に耳が真っ赤っかになってしまった。


「いえ、本当に……村長はすごいです。僕も村長みたいになれば、レスカ姉さんに釣り合うような男になれるのかな……」

「フリッツ……」


 フリッツが何気なくボソッと呟いた言葉に、アーシェラはちょっとだけムッとした。


「君は、少し勘違いをしてるみたいだね。この前話したことは、そんなことじゃなかったはずなのに」

「あっ……」

「何度でもいうよ。フリッツ君、君はもうすでに一人前の人間になってる。君の年齢で一人前というのは、かなり優秀だと自負してもいい。少なくとも、同年齢の時の僕よりか、よっぽど…………」

「そうですね……村長と比較できるかどうかは、僕にとってもレスカ姉さんにとっても、関係ないですもんね。これからは、僕は守られるばかりの立場じゃないってことを頑張って証明しないといけないですもんね!」

「うん、その意気だ」


 今回の長期遠征で、フリッツは一皮むけて一気に成長したとアーシェラは実感した。

 探索でも自分の得意分野を生かして色々提案してくれたし、リーズの家族を迎え入れるときにも懸命に働いてくれた。

 レスカに頼られるだけではなく、ほかの人々からも一目置かれるようになるために…………その想いがフリッツの心意気をみるみるうちに成長させたのだろう。


(あとは――――)


 アーシェラはちらっとレスカの方を見た。

 今はリーズの家族たちの身辺警護のために一部の隙もない立ち振る舞いをしているが、今回の探索を通して急激に心が立派になりつつあるフリッツに戸惑いを見せる部分が多くなった。


(むしろ、今のレスカさんの方が昔の僕に似ているような気がする。レスカさんは、きっとフリッツ君のことをずっと保護すべき子供だと思いたいようだけれど、いつかは卒業する日が来る。そのとき、はたして…………)


 今までずっと変わらなかったレスカとフリッツの絆にも、徐々に進展の兆しが見えてきた。

 その想いが果たされるにしろ果たされないにしろ、二人にはお互いの気持ちに向き合ってほしいとアーシェラは思うのだった。


「さ、シチューはこれで完成。遠征中だから具はあまりないですが、お義母様たちの舌にあえば嬉しいです」

「シェラのシチューは世界最高なんだよっ! お母さんもお姉ちゃんも楽しみにしててね! あと、好き嫌いはダメだからねっ! リーズは食べ物を好き嫌いする人が一番大嫌いなの♪」

「大丈夫よ~リーズ。お母さん、船の上ではずっとビスケット食べてたから、食べられるものなら何でもいいわ」

「あの……まともな食べ物あんまり出せなくて、申し訳ないです」


 アーシェラが作ったシチューは、保管している材料があまりなかったせいで、ほとんどが保存されていた塩漬け肉だったが、貴族出身のはずのマノンやウディノはとてもおいしそうに食べていた。

 質実剛健を旨とするストレイシア男爵家が、そもそも美食をあまり重視していないというのもあるが、彼らはここまでの航海の間は食事のほとんどがビスケットなどの携行食料だったので、きちんとした料理は南方諸島に滞在していた時以来だった。

 仕方ないとはいえ、貴族に相手にそんな食事しか出せなかったことを、船乗りのエミルは申し訳なさそうに謝ったが、彼女たちは気にしているそぶりはない。


「でも……本当に美味しいわ。うふふ、うちの使用人たちが作ってくれるものよりも、優しくて心地よい味ね」

「ああ、うんお母さん……気持ちはわかるけど、本人たちの目の前で言わないであげてほしいな」


 マノンの言葉にベテランの侍女二人はショックを受けてしまったが、いざ自分たちもシチューを実食するとぐうの音も出なかった。


「まあそう気を落としなさるな。村長はこう見えても、勇者パーティーで全員分の食事を毎日欠かさず作っていたんだ。宮廷料理人すらも足下に及ばないのではないかな」

「そうだったのですか……! そんな方が、リーズお嬢様の旦那様だったなんて!」

「こ、これは……すごく、美味しいですわ! もう、すごく、美味しいとしか…………今度作り方を教えてもらってもいいですか!」


 アーシェラとリーズが結婚したことにまだ若干半信半疑だったお付きの侍女たちも、彼の手料理を食べると評価は一変した。

 だが――――


(勇者リーズ……こんな僻地にまで逃げ込んだ挙句、どこの馬の骨ともわからない男と結婚した、と思っていたけれど……。こんな身なりで、勇者パーティーにいた人間なのね。こんな奴がいたなんて、全然知らなかった…………)


 スパイとして潜伏しているモズリーは、一見どこにでもいるような凡人のアーシェラが、底知れない何かを持っていることに恐怖を感じつつあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る