第107話 光(3)
「だから。 逃げないように連れてきたの。 あんな男みたいに育てたのも、嫁にやりたくなかったからかなあ、なんて思ったり。 まっさか・・こんな立派な人が婿さんになってくれるなんて、お父さんも夢にも思わなかったと思うけど。」
う・・
わ~~~。
やめてくれ~
高宮は異様なプレッシャーとこみあげてきそうなものに耐え切れなかった。
「・・お、おれは、立派な人間なんかじゃありません。 夏希に出会う前のおれは、なんの楽しいこともなく、不満だらけで。 彼女のように生きてることが楽しくてしょうがない子に会ったのは初めてで。 ずっと下を向いて生きてきたのに、上を見て周りを見ると・・人生、見えてなかっただけで。 楽しいことはたくさんあるって、そう思えて。 彼女に出会えたことがおれの人生最大の歓びだと思っています・・」
高宮は居住まいを正して、母と父の遺影に向き合った。
そして
大きな息をひとつついて。
「・・夏希さんをぼくに下さい。 彼女と家族になって、家庭を作っていきたいと心から思いました・・」
土下座をするように母に頭を下げた。
母はふっと笑って
「ホッとした・・」
ポツリと言った。
「え、」
顔を上げると、
「・・夏希なんか、一生嫁になんかいけないと思ってたから。」
優しくそう言われた。
「そんな。 おれは彼女を、家のことに巻き込んでしまうんじゃないか、と今でも少し心配です。 おれは政治家にはなりませんが、あの家がつきまとう限り、面倒なことはいろいろ起こるでしょう。 だけど。 その家族の中で育った自分を切り離すことはできないと思ったし。 それも含めて全部おれだしって。」
高宮は迷うような口調でそう言った。
「それは正しいと思うよ。 ホントはねえ、高宮さんの気持ちは何となくわかってたけど。 ご両親のことを解決しないまま夏希と結婚するって言い出すんじゃないかと思ってた。」
「え、」
「そしたら、反対しようかと思ってた。」
夏希の母はつぶやくような声でそう言った。
「・・お母さん、」
「どんなにイヤでも、高宮さんが育ってきた家族は、家族だし。 ご両親がいたから今のあんたがあるわけだし。それを全く無視して夏希と家庭を作ろうだなんて・・無理だから。 高宮さんが夏希のことを考えてそうしてくれたとしても、それは何の解決にもなってなくて、夏希にも、もっともっと辛い思いをさせる。」
冗談ばかりを言って明るく笑っている
夏希の母だったが。
真剣な目で高宮を見た。
「どうやって、お許しをただいたかわからないけど。 ちゃんとしてくれたんだなあって・・あたしは嬉しかった。 ソレが一番、夏希に対する誠意だって思ってたから。 ・・頑張ったんだね。」
あったかい
あったかい
言葉だった。
「夏希はお母さんまで何かつらい思いをするようなことになったらどうしようって・・ちょっと悩んでいたようです、」
声が震えてしまった。
「え? 夏希が?」
今度は母が少し驚いた。
「ほんっと。 お母さんのことをすごく心配しているんですよね。 夏希は、」
「そんなあ。 子供がね、幸せになるのに親に気を遣ったりしちゃダメだって。」
母は
照れて笑った。
そして、夫の遺影に
「・・ね、お父さん。 いいよね。 高宮さんで。」
と語りかけた。
「いいよねって・・」
「お父さんが生きてたら。 きっと高宮さんみたいに立派な人でも絶対に反対してただろうけど。 結婚してねー、8年間も子供ができなくて。 ようやく授かった子だったから。 ほんと、目に入れても痛くないってこーゆーことだなあってくらい、お父さんは夏希のことをかわいがってたから。」
そんな風に言われると
そんなに
大事に大事に育てられた彼女を
『もらっていく』なんて
とっても悪いことみたいで。
「・・夏希をよろしくお願いします。 手がかかる子ですけど、」
母はペコリと頭を下げた。
「・・い、いえ。 こちらこそ・・」
また高宮も頭を下げた。
そこに
「ちょっと、どーしよ! よく見たらコレ間違えて『ポン酢入り焼肉のタレ』買っちゃった!」
夏希がけたたましく戻ってきた。
「はあ? なんでポン酢と焼肉のタレを間違うの?」
高宮は呆れた。
「も、ぜんっぜん気づかなかった~~。 今、エレベーターの中でチラっと見て気づいて~。」
「バカじゃないの? あんたはほんっと昔っからよく見ないで買ったりするから!」
「焼肉でもないのに~~~、」
夏希は落ち込んだ。
それがまた
あまりに彼女らしくて、高宮は笑ってしまった。
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