第96話 勝負(3)

「式はきちんと挙げて欲しい。 高宮の『長男』として、いつの間に所帯を持っていました、ではしめしがつかない。」



父は冷静にそう言った。




「え・・」




夏希と高宮は顔を上げた。




「お許しが出たようだよ、」


叔父がニヤっと笑った。




「・・お父さん、」



高宮は思わず絶句した。




「慎之介が死んで、もう20年が過ぎたか。 あいつが生きていればと虚しいと思いつつ何度考えたか。 いや、ずっと今日まで私はそればかりを考えていたのかもしれない。 隆之介を初めて・・隆之介と見られた気がする・・」



意外な


意外な言葉だった。



「おまえがなぜこの子を選んだのか。 ぼんやりだけどわかった気がする。 『家族』という繋がりをわかっているから・・」



夏希はまんじりともせず


高宮の父を見つめていた。



「正直。 そんなこと考えもしていなかった。 理屈ではなく。 血の繋がったもの同志の中に、他人を入れながら育てていくものだと。 それが家族だって。 私は今の地位を守ろうとして、何も見えていなかったのかもしれない。」



あの


父が・・




高宮は思わず眉間と鼻の間を押さえて、堪えきれず泣いてしまった。



「隆ちゃん、」


夏希はそっと彼の肩に手をかけた。



長い


長い間


凍りついたようだった自分と父の関係。



それが溶けていくのが


身にしみてわかって。



高宮は


小さな嗚咽を漏らして泣いてしまった。



「お兄ちゃん、」


恵も涙を拭った。



何を言っても


わかってくれないと思っていたのに。



全て


自分の諦めを覆してくれたのは



・・彼女だ。



高宮は夏希に感謝をしたい気持ちでいっぱいだった。



「・・あ・・ありがとうございます・・」



素直に


その言葉を口にできた。



母も少し鼻をすすって涙を堪えているようだった。





「結局。 おれが来た意味、あんまなかったなァ、」


斯波はネクタイが窮屈で高宮邸を出てすぐにそれを緩めてため息をついた。



「いいえ。 すごく・・心強かったです。 ありがとうございました!」


夏希ははじけるような笑顔で斯波にお辞儀をした。



「おまえの体当たり的な言葉が。 みんなの気持ちを動かしたんだな。」


斯波はふっと笑った。


「斯波さん、結局泣いちゃったし、」


夏希が笑うと、彼女の頭をペシっと叩き、


「おまえ・・絶対にみんなに言うなよ!」


と念を押した。


「え~~~! 言いたいですぅ~。」


「そんなことしたらただじゃおかないからなっ!」


と怒りながらも




夏希の笑顔が見れて


心から幸せな自分がいることに気づく。



そしてそれを傍らで見ていた高宮は


夏希を選んだことが


間違いでなかったことを実感していた。



「ほんとうにありがとうございました。 食事を一緒に・・」



高宮が斯波に言うと、


「・・あ~。 いいよ。 帰る。」


斯波は目を逸らしつつ言った。


「え、でも~~、」


夏希も言うが、



「萌が心配して待ってっから・・」


自分でそう言って自分で赤面してしまった。


そんな彼を見て、夏希と高宮は顔を見合わせてクスっと笑った。

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