第90話 巣立ち(3)
やっぱり一番最初に口を開いたのは母だった。
「隆之介、本気なの?」
ものすごく
怒ったような声で。
「本気。 もうね、本当は彼女とつきあうようになってからずっと決めてたから。 ただ、まだ彼女は若かったし、仕事を始めたばかりだったし。 だけど、やっぱり彼女と家族になりたいかなって、」
「ほんっとにもう・・勘弁して欲しいわ。 お父さまの跡も継がないし、そんなわけのわからない子と一緒になるとか。 確かにお父さまの跡は良さんが継いでくれてるけど、高宮家の長男はあなたなんですからね! そんな大事なこと勝手に決められたら困ります!」
だいたい
そう言われることはある程度予測できたので
特に腹立たしいということはなかった。
「お母さん・・そんな頭ごなしに、」
あんまりの言い様に恵がたしなめた。
「どんなに反対されても、おれは彼女と一緒になる。 本当は黙って入籍もしたかったけど、やっぱり彼女に嫌な思いはさせたくないし、お父さんやお母さんにもキチンと認めてもらいたいから。」
高宮は落ち着いて言ったが、
「認めるとか認めないとか! そういう問題じゃないでしょう!」
母は興奮していた。
「彼女の何も見ないで反対をしないでくれ、」
「世間にはね。 つりあいってもんがあるでしょう? あなたはコロンビア大学の大学院まで出ていて、北都社長の秘書までしてるのよ? 高宮家は代々地元の名士でその品格を守って来たのよ? ・・かわいそうだけど、そういう子がウチに来て、高宮のヨメが務まるの?」
母は少し落ち着いたようで、まっとうな意見を言った。
「正直。 彼女は全くそういう子じゃなくて。 おれだって悩んだよ。 ほんっと。 彼女をそういう面倒なことに巻き込んでいいのかって。 だけど・・『つりあい』とかそういうこと関係なく。 おれは一生一緒に生きていける人を探してた。 つりあいだけ考えて、心が通えない人とは一緒になれない。」
高宮は必死に母に言った。
「おれの学歴とか、そんなのどーでもいいんだ。 おれは彼女に出会って、今までしがらみの中で生きてきた自分を脱ぎ捨てることができたんだ、」
「あなたは何もわかっていない! そんなに大事にしたい子なら、余計にそういうことに巻き込むのは罪よ!」
母の言葉は
少しだけ心に突き刺さった。
「あなたは良くても。 あの子に苦しい思いをさせるのよ。 それでもいいの!?」
言葉が
出なくなってしまった。
どんなに
拭い去りたくても
自分のこの環境は
絶対について回る。
駆け落ちなんかするわけにはいかないのだ。
すると
「わかった。 一度、会おう。」
大きな山が動くように
父が一言そう言った。
「え、」
高宮は少し驚いた。
「あなた、」
母も驚いた。
恵もハッとした。
「話は。 それからだ。」
「・・彼女の直属の上司の人も一緒に来てくれるって言うんだけど、」
高宮はようやくそう言えた。
「構わん。」
一言そう言って
父は席を立ってしまった。
すごく
嫌な予感がした。
父は国会議員を40年以上も務めて。
民自党の影のドン、と言われた人物で。
総理候補に一度も挙がることはなかったが、
表舞台に立たずに裏で糸を引くような存在であった。
そんな父が。
高宮はこんな状況に夏希を呼んでもいいのだろうか、と
初めて迷いが出てしまった。
「ごめんね。 もっと・・色々助けてあげたかったのに、」
帰り際、恵は外まで送ってくれた。
「いや。 おまえは気にしないで。 身体に障るといけないから。」
高宮は普通にそう言った。
「お父さん。 きっと何か考えてる。 もし、何かあったらすぐに電話するから。」
「ありがとう、」
妹の目を見て
しっかりと頷いた。
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