第66話 不信(1)

そしてもう一人。


今さらながら


悩む男が。



どーしよ。


おれ。


初めて


人、殴っちゃった・・。



八神は自分のしでかした行動なのに、全くそれが信じられなかった。



もう何もかもブチ切れて、高宮のことが本当に腹立たしくて


あんなことをしてしまった。



元々


気が小さくて


のんびり屋の八神は


そのことだけで


警察に追われる犯人のような気持ちになり。


ものすごい後悔の念に襲われていた。




「どしたの? なんかどんよりしちゃって、」


美咲はさすがに彼の変化に気づいた。


「み、美咲・・オレ・・」


泣きそうになっている彼に


「は?」


顔を覗き込んだ。


「ど、どーしよ・・」




「で、なに? その・・加瀬さんのカレシ。 殴っちゃったのォ?? 慎吾が?」


もう、怖くて美咲に全てを話してしまった。


「なんっかもう! 腹立っちゃって! あいつ、ほんっと・・自分のことしか考えてねーってゆーか! そう思ったら・・なんっか。 手が勝手に・・」


かなり動揺していた。


「え~~? ちょっとその人さあ、社長秘書でしょ? その人にそんなんして! 慎吾、クビになったらどーすんの、」


美咲は八神の肩をゆさぶった。


「追い討ちをかけるようなこと、言うな~~!」


もう両手で耳を押さえてしまった。



「しかも! 専務にも見られちゃったし!」


「え~~? ほんと? もー。 何やってるのよ、」


美咲はため息をついた。


「だってさあ。 どう思う? なんか加瀬が・・不憫になってきてさあ・・」


「まあ、確かに。 その高宮さんだっけ? 彼がその社長の娘とでかけたこと黙ってるってのは・・怪しいよね、」


美咲は頷いた。


「だろ~? 自己保身ってゆーかさあ。 社長にいい顔して、加瀬にウソつくようなことしてさあ。 おれ、ほんっと許せない!」


八神はまたその気持ちを思い出してしまい、美咲に勢いよく同意を求めた。



「でも。 なんで慎吾がそこまで加瀬さんのためにしちゃうわけ?」


美咲から疑惑のまなざしを向けられて、



「えっ・・」


ちょっとたじろいだ。



「慎吾みたいなお人よしを絵に描いたような人間がさあ・・人殴るって。 普通の感情じゃないよね~~~。」



ヤブヘビ。


その言葉が八神の頭の中をぐるぐると回った。



「そ、それはさあ。 もう、加瀬がバカで見てらんねーんだよ! あいつ男とつきあったことないんだよ? それなのに高宮みたいなのに振り回されて! これで高宮に捨てられたりして、男を信じられなくなったりしたら、どーすんだっ、」


「加瀬さんはいい子だけど。 そういう精神的に幼いところがさあ、やっぱ高宮さんには物足りないとか・・」


美咲はうーんと考えた。


「そんなの! 承知でつきあってるんだろーが。 しかも相手が社長の娘だなんて許せねーじゃん、」



「100%、加瀬さんを庇ってるよね~~。」


いったん離れそうだった美咲の気持ちがまた戻ってきて焦る。


「結局。 二人の問題なんだから。 慎吾が出て行くことないじゃーん。 余計なお世話だよ。 ヘンにしゃしゃり出ていったら、慎吾が加瀬さんに特別な気持ちあるみたいじゃん、」



グサっと来た。


「な・・なに言ってんだよ・・・」


その顔があまりにクソ真面目だったので。



「え? なに? ガチ? ちょっと! どーゆーことよっ!」



今度は災難が自分に降りかかってきた。


美咲は八神の襟首をひっつかんで、がくんがくんいわせた。


「ち、ちがっ・・! も~~! やめろって!」



美咲に話したら


絶対にこうなっちゃうって


わかってるくせに!


おれって


ホント、バカだ・・。




激しい後悔をする八神であった。



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