第64話 暗雲(2)

高宮は埼玉から戻って直帰したかったが、明日の会議の資料をまとめなくてはならないことを思い出し、7時ごろ帰ってきた。



夏希がちょうど秘書課の志藤のデスクに届け物をしていた時に彼が帰ってきた。


「あ、おかえりなさーい。 直帰したかと思った、」


夏希は笑顔で言った。


「あ~。 仕事思い出しちゃってさ。 つっかれた。 1日中移動しっぱなし。 今、社長は送ってきたけど、」


ため息をついてドカっと座った。


「あ、あんこはあたしが迎えに行くから。 もうすぐ帰るし、」


夏希は時計を見た。


「なんかほんっと夏希の犬みたくなっちゃって。 ゴメンな、」


「え~? いいのに~。 あたしは毎日あんこがいてくれたほうが嬉しいし。 この前もね、お散歩で公園に行ったら。 かわいいワンちゃんですね~~って。 おばあちゃんとかが。 嬉しくなっちゃった、」


といつものように子供のような笑顔を見せる。


「そっか。 もうおれの言うことは聞きそうもねえなあ・・」


高宮も笑った。




そこに、真緒が入ってきた。


「あ、高宮さん。 おかえりなさい。 大変だったね。」


「ああ、いや。」


タバコに火をつける。


「あ、そうだ! 昨日、一緒に行ったイタリアンのお店ねえ。 シェフが元々ノースキャピタル東京の料理長だった人なんだって! 偶然なんだけど!」



真緒の言葉に


夏希の顔色がサッと変わった。



「え・・」


高宮も一瞬にしてこの空気が『ヤバイ』ことを察した。


「だから食べなれた味でおいしかったのかなあ。 ほんっとワインのチョイスも良かったし。 おいしかったよね。」


真緒は無邪気にそう言って笑った。




一緒に


行った・・。



夏希は固まったまま動けなくなってしまった。




「んじゃ、あたしもう帰ろう。 お先に~。」


当の真緒はさっさといなくなってしまった。



高宮はハッとして、



「あ、あのさ・・、」


吸おうと思ったタバコを慌てて置いて夏希に言い訳をしようとした。



「真緒さんとだったんだ、」


夏希はポツリと言った。


「え・・」



八神は秘書課の隣の資料室から出てきて、シンとした空間に話し声がするのに部屋の前で立ち止まった。


「昨日。」


夏希はくるっと高宮に向き直った。


「し、仕事だよ! ほんっと! 赤坂の劇場のこけら落としのイベントで! しゃ、社長が急に行けなくなっちゃって・・」


もう心臓がバクバクして止まらない。


「それで、真緒さんが行くことになったっていうから。 心配で・・」


「心配・・?」


また誤解をされるようなことを言ってしまって、



「そういう意味じゃなくて!! あのっ。 ほんっとあの人、世間知らずで。 とんでもないこといきなり言い出したりするから。 取引先の人もたくさん来てて・・なんっかマズいことあったらヤバイなって・・。」



もう


怪しいとしか言いようのない


言い訳しかできなかった。



「ほんっと、何でもないから・・」


高宮は夏希の腕を掴んだ。



「社長と・・おでかけかと思った。」


夏希はうつむきながらそう言った。


「だ、だから・・。 急に・・」


言い訳が出尽くしてしまい、高宮は黙ってしまった。



なんだ


コイツ・・?



立ち聞きをしていた八神はもう


腹の底からマグマのごとくわきあがる怒りが抑えきれなかった。



「おい、」


思わずそこに入って行ってしまった。


「や、八神さん・・?」


二人は驚いた。


「おれも。 昨日、真尋さんを迎えに社長のトコ行ってて。 おまえとお嬢が車に乗ってでかけるの・・見てた。」


八神はキッと高宮をにらみつけた。


「え・・」


「仕事ってのはホントかもしんねーけど。 なんで加瀬に言わねーの? お嬢と二人で行ったって!」


興奮して声が大きくなってしまった。


「だから!」


高宮が説明しようとするが、


「後ろめたいからだろっ! だから言えねーんだろっ! そんなに社長の娘のご機嫌とりたいのかよっ!」



普段は


ふざけたことばかり言って、怒ったところなんか見たことない八神の


その怒りように夏希は驚く。



「ご機嫌って・・。 おれはそんなんじゃなくって!」


高宮もムッとして言い返そうとした。


「じゃあ、なんなんだよ! お嬢のことが気になるんだろ? 特別に思ってるんだろーがっ!」


八神の追及は続く。


夏希は動揺した。



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