第31話 切る(2)

ずうっと前


大学の時に


『源氏物語』を読まされたことがある。


どうしてもわかんなくって。


マンガになってるものを読んでしまった。



そこに。


源氏の最愛の人は紫の上であったが、


先帝の娘である内親王の女三の宮が、源氏に降嫁することになった、というくだりで。


自分よりもはるかに年下の内親王が


源氏の正妻としてやってくる。


彼の愛をひとりじめにしてきた紫の上は


嫉妬心を抑えながらも


大きな心で内親王を迎える。



位が自分よりも遙かに上のその人は


源氏には愛されていないとわかっていても


紫の上は自分のどうにもならない身の上を呪う。



彼女は


源氏からの愛だけを


頼りに生きて。



もう


それしかなくて。



彼からの愛だけを


信じるしか


何もない。




子供のように自分の胸に顔を埋めて


眠り込む彼を見て。


そんなことを思い出してしまった。



真緒さんのことは


何もないってわかっているのに。



あの人の存在が


どうしようもなく


不安でしょうがなくて。





「あ~、加瀬! かわいいやん! どうしたの?」


髪を切った夏希の姿を見て、南は喜んだ。


「アハハ、なんか切っちゃいました。」


「なんかここに来たころの加瀬やな~。 加瀬は短いのも似合うね、」



夏希は


その噂を知ってか知らずか。


いつもと同じ雰囲気だった。


南はいつもだったら


またウジウジと悩んで、泣きついてくるんじゃないかと思っていたので


ちょっと拍子抜けしていた。



知ってるのかもしれないけど。



高宮のことを信じて、しっかりしよって思ってるのかもしれへんな。


だとしたら。


大人になったんかなァ。



彼女の成長に目を細めた。




その後も


母からしつこい電話が何回かあった。



「だからさ・・それはありえないから!」


「でも、ほんっとに北都社長の娘さんなら言うことないし。 バツイチとか、もう関係ないから。」


母の押しに


「ゼッタイにない!」


強引に振り切ろうとした。



「・・まだあの子とつきあってるの?」


と、聞かれて


「それもおれの勝手だし、」


疲れてしまった。


「どう考えても。 あなたの将来を考えたら、北都社長の娘さんのほうがどれだけためになるか、」



だからね。


そんなこと、


どうでもいいんだって。


おれはもう。



言いたいことはたくさんあったが



「それはもうオヤジにも話してあるけど。 おれの好きにさせて欲しいから。 ほんと期待しないで欲しい、」


冷静にそう言って電話を切った。




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