第30話 切る(1)

「えー・・いいんですか?」


美容師は夏希にもう一度聴いた。


「やっちゃってください・・」


夏希は据わった目で鏡越しにそう言った。


あんこを迎えに行く前に


夏希は非常に今月もお金に苦しかったが、思い切って美容院に行った。





彼女が知っているのか


知らないのか。



高宮にはわからなかったが。


どうしようもなく


不安で不安で仕方がなかった。



高宮は仕事を早く切り上げて、自分のマンションに向かった。



「あ、おっかえり~~。 早いね、」


夏希はあんこをゲージに入れて彼を出迎えた。


「あれっ・・」


高宮は彼女の姿を見て驚いた。



「明日あたし、横浜に仕事で直行なんだあ。 早いからもう帰るね。 今、あんこ連れて帰ろうかなあって思ってたトコ。」


夏希は構わずに普通に言った。



「・・ど・・」


ヨロヨロと高宮は彼女に近づいた。



「え?」


「どうして・・」


「は?」


「髪の毛・・切っちゃったの??」


肩まで伸びていた彼女の髪が


前髪は長いままだが


思いっきりのショートカットになっている。



「ああ。 なんっかウザいかな~~って。 急に思い立っちゃって、」


夏希は笑った。




ホントは。


もう


毎日毎日


高宮と真緒の噂が聞こえてきて。


悶々として。


うさを晴らしたくて


思いっきりいってしまった。



「なんだよぉ・・なんで切っちゃったの?」


高宮が予想外に食いついてくるので


「え・・だめでした?」


夏希はおののいた。


「おれは長いほうが・・好きなのに、」


思わず本音を言う彼に


「え、そーなの・・?」


そんな風に思っていたとは全く予想だにしていなかったので驚いた。


高宮は彼女の髪や頬をそっと撫でた。




カレシに


無断で髪とか


切っちゃダメなのか・・



夏希は初めてそれを実感した。



「あ・・ごめっ・・別にほんっと意味ないし・・」


夏希はオロオロした。


高宮は夏希を抱きしめた。



「隆ちゃん・・?」




そんなに


ショックだったのかな?




高宮のリアクションが理解できなかった。




「なにがあっても・・頼むから。 信じてくれ、」


「隆ちゃん、」


「おれ・・ほんっと・・夏希だけだから・・」


彼の言葉に


そっと自分の腕を彼の首に回した。



「うん・・」




彼の優しいキスも


いつもと同じだけど。



なんでこんなに


不安なんだろう



帰れなくなってしまった。




離れたくないって


思ってしまった。


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