束の間の休息

〜ハスエラ市立病院・小児病棟(三階)〜

「・・・うう」

僕は目を開く。視界には、黒ずんだ平面のものがあった。おそらく、自分が今いる建物の天井だろう。

僕は今、どこかで仰向けに寝ているようである。僕は今どんな場所にいるのだろうか。辺りの感触を確かめる。・・・少し柔らかい、布のような・・・ベッド?僕は今、ベッドの上に寝ているのか?

右を見るように寝返りをうつ。すると、視界に1人の女性らしき人間が入った。誰だろう?エマさんじゃないけど・・・信徒化もしていない。そんな人物に心当たりなんて・・・。

・・・ある。あるぞ。あの図書館で狂いかけていた時に、僕の意識をブッ飛ばしたであろう人・・・の、隣にいた、ボロボロの修道女さん。

「あ、あの・・・」

「?・・・気がついたか。少年。」

「は、はい・・・ここは、どこなんですか?あなたの名前は?僕は何でここに?僕が意識を失ってから、どれだけ・・・。」

「まあまあ。焦るな、少年。急いては事をし損じるとはよく言ったものだろう?安心しろ。この辺りは『オドアケル』が警備している。よっぽどの信徒が来ない限りは安全だ。私が一つずつ教えてやろう。まず、最初に何が聞きたい?」

修道女さんはにっこりと微笑んだ。

「じゃあ・・・まず、ここがどこなのかを・・・。」

僕が少し遠慮気味に聞くと、修道女さんは僕の頭を撫でながら、言葉は少し男らしいが、優しい口調で答えてくれた。

「ここの話か。ここは、『ハスエラ市立病院』だ。ハスエラ市街地の最北端に位置する大病院・・・。お前もよく知っているだろう?」

「いや・・・初めて聞きました。」

「そうなのか。お前は身体が強いんだな。」

「いえ、その・・・この話をしたら、僕と話すことすら嫌がると思いますけど・・・」

「何だ?」

「僕の名前は『ルイス』って言うんですけど・・・名字がないでしょう?それは、僕がスラムの出身だからなんです。だから・・・病院どころか、人々が一斉に信徒化した『あの日』まで、一回もスラムの外に出た事が無いんです。」

「・・・そうか。すまない、無神経な事を聞いたな。」

「えっ?いや、いいんです。それより、修道女さんは・・・その・・・嫌じゃないんですか?」

「?何がだ?」

「こんな、スラムの汚い人間と話してて・・・」

「ハッ。人間など皆同じだ。いや、むしろ、街の連中はスラムの人々をゴミだの何だのと罵っていたが・・・正直、こちら側・・・お前達の言う『外の人間』は、大半がお前などとは比べものにならないほど腐っている。」

修道女さんは突然、顔を険しくして外の人々に憤慨した。

「そ、そうなんだ・・・。」

「ああ。スラムの汚れに気づいておきながら、尚もおのが醜さに気づかない愚かで腐った連中だ。もちろん、それは私も含むかもしれないがな。」

少し悲しい目をしてこう話す修道女さんの顔は・・・すこし艶めかしくて、そして、すごく切なくなるような表情をしていた。

「そ、そんな!修道女さんは、僕を助けてくれたじゃないですか!あの時、意識が無いままあの場所にいたら・・・僕、信徒に襲われて死んでいたと思います。それにもう1人、僕を寝かせて狂気から助けてくれた人も・・・。」

「ハッ。オドアケルは根っからの狂戦士というだけだ。何かに攻撃ができれば、それがたとえ峰打ち程度でも良かったのだろう。」

やっぱり、僕を半強制的に寝かせたあの人は、今、この辺りを警備している「オドアケル」という人なのだなと、僕は脳内で情報を整理する。

「まあ、今はとりあえず、休む事だけを考えろ。身体も心も治ったばかりでは、消耗も激しいだろう。」

「あ、ありがとうございます、修道女さん。・・・お名前は・・・。あなたの、お名前は何ていうんですか?」

「私の名前か?私の名はエリーゼ。『エリーゼ・カタリナ・プラトー』だ。」

「エリーゼ・カタリナ・プラトー」・・・何故だか分からないが、心に響く名前だ。

「・・・何か、長い名前ですね。」

「ふふっ。君は素直だなあ、少年。」

「あれ、何かマズいこと言っちゃったかな・・・。ごっ、ごめんなさいっ!エリーゼさん!」

「別に私は何も怒っていないが・・・。」

「な、なら良かったです・・・。」

「ははっ。そんなに人を怖がるんじゃない。私もオドアケルも、別にお前をこれから拷問にかけてやろうだなんて思ってはいないわけだからな。最も、お前が故意的にこちらへ危害を加えようものなら、話は変わってくるが。」

「い、いえ!絶対に、そんな事はしません!エリーゼさんも、オドアケルさんって人も、僕の恩人ですから!」

「ははっ。そうか。なら、お前は私の敵ではないな。・・・これからも、しばらくは私達が面倒をみてやろう。」

「いいんですか?僕、何でかわからないけど、もう治ってますよ?」

「いや。お前はまだ治っていない。私達は、応急処置をしただけだ。身体そのものは治っているも同然だと思うが・・・生命力の方はまだまだだろう。このままではまた、すぐに怪我を負ってしまうぞ。」

「・・・そうなんだ・・・。」

「ああ。だから、しばらくは安静にしていろ。何かあったら、私達が何とかする。」

「・・・本当に、ありがとうございます!エリーゼさん!」

「なに、礼などいらん。服装で分かるとは思うが、私はこれでも元・修道女だ。子供一人助ける事に労力を惜しんだりしないさ。」

「・・・。うっ、ううっ・・・。」

「よしよし。今まで、辛かっただろう。今、この時くらいは・・・こらえていたものを、全て私に吐き出せ。たまには、こういう時間も必要だ。」

僕の目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちる。かつてこれほどまでに泣いた事があっただろうか。今流している涙は、あの、辛いと感じる事すら忘れてしまうほどに過酷な日々で流した空っぽの涙とは違う。エマさんとの別れで流した、悲しくて、冷たい涙とも違う。今まで味わった事のない感覚だけに、どう表現すれば良いかは分からないが・・・。優しくて、温かくて・・・。僕が今流している涙は、これが本来、人間が流すはずの涙なのだろうと思えるほど、人間味のある涙だった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁん!」

僕は泣いた。エリーゼさんの腕に抱きしめられながら、エマさんの時とは違う涙を、目がカラカラになる程に流した。

「うっ、うっ・・・。ううっ!うわあああああああああ!!」

エリーゼさんの手は冷え性なのか冷たく、物理的に暖かさを感じる事はできなかった。しかし、その溢れる慈愛こそが、今の僕にとっては最高の暖かさであった。

「よしよし。・・・お前のような弟がいれば、私も、もう少し穏やかに育ったのかもしれないな。」

エリーゼさんは、少し寂しそうな顔で、呟いた。

「もしかして、エリーゼさんも、家族は・・・?」

「ああ、いないさ。私は元々、剣を使う武家の出身だったのだが・・・。両親は物心つく前に病気で亡くなってしまったのだ。それ以降、私は修道院で過ごしてきたからな。だから、強いて言えば私にとっての家族は修道院の皆だな。・・・まあ、その修道院の友人達も、信徒達に一人残らず殺されてしまったが。」

「・・・ごめんなさい。僕ばっかり泣いちゃって・・・。」

僕は涙を拭い、エリーゼさんから少し離れた。

「いいんだ。私の涙は、とっくの昔に枯れてしまったからな。・・・そして私自身も、もう・・・。」

「?」

「いや、何でもない。」

「そ、そうですか・・・。ねえ、エリーゼさん。」

「?どうした?」

「エリーゼさんが良ければだけど・・・。僕と、家族になりませんか?」

「・・・はははっ!君は面白い事を言うな。」

エリーゼさんは突然笑い出し、僕を再び抱きしめた。

「ふえっ!?僕、変な事言ったかなぁ・・・。」

「それは、気取った男がプロポーズの時にいうセリフだと、修道女仲間から教わったぞ?」

「!?ぼっ、僕は、エリーゼさんにお姉さんになって欲しいなって・・・。」

「ははっ。少しからかっただけだ、そう照れるな。」

「うう・・・こんな時に、僕は何を・・・。」

僕はベッドに腰掛けたまま、顔を両ももの間に埋めた。

「ははっ。まあ、これも何かの縁だ。よし。ひとまず、信徒達が闊歩する危険地帯を抜けるまでの間はお前の姉になってやろう。だが決して、その時まで互いに生きていられるかはわからない。もしどちらかが死んだ時に、その『家族』という関係がかせとなるようでは、後悔どころの話ではない。だから・・・今はそれで良いか?」

「・・・!はいっ!あ、あのっ!」

「?どうした?」

「僕が狂ってる時の姿・・・見てましたよね?」

「ああ。」

「見ての通り、僕は鍛冶屋から半ば盗むように持ち去ってきたこの破壊籠手バスターガントレットを使って、これまでの戦いを凌いできました。だから・・・僕の『セイメイリョク』?というものが完全に回復したなら、その時は・・・僕も一緒に戦わせてください!」

「・・・ああ。まあ、その時は、わざわざお前に言われなくてもこちらから頼んでいただろうが・・・ありがとう。それでは改めて、しばらくの間、よろしくな、ルイス。」

「はい!エリーゼさん!」

そして僕は破壊籠手を、エリーゼさんは右手袋を外し、お互いに握手を交わした。

今日からしばらく、僕達は家族だ。傷ついても、狂っても、皆で支え合い、信徒達が徘徊するこの街から離れなくては。オドアケルさんという人にはまだしっかりとお礼をできてはいないが・・・。これから、そのオドアケルさんにも、ここに帰ってきたタイミングで僕の生命力が元に戻った際は仲間となって共に戦う事を伝えようと思う。

もう、狂ったりするものか。


〜トピック〜

ハスエラ市立病院

ハスエラ市街地の最北端に位置する、ハスエラ市という自治体そのものが経営する、所謂「市立病院」。「病気」・「怪我」・「精神」・「小児」と、大まかは4つの病棟に分かれており、かなり広い造りとなっている。

病院内にいた人々も、医師・患者問わず、例の偽預言者トルアから何らかの手段で「血の洗礼」を施されてしまっており、もちろん、その対象となる生物は全て信徒化してしまい、当たり前のように暴れ回る信徒達は、病院内の生存者を皆殺しにしてしまった。

現在はエリーゼ&オドアケルの「掃除」によって、だいぶ片付いたが・・・この病院に近づく信徒達と、内部に潜伏している恐れのある信徒達を残さず殺すため、定期的にオドアケルは周辺の警備として病院内を歩き回っている。

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