純粋な心

〜ハスエラ市街地・噴水広場〜

エマさんがいなくなり、噴水広場に立て篭もってから数日が過ぎた。避難民達は大聖堂から持ち出してきた非常用の食糧と、各々が家から持ってきていた僅かな食糧を皆で分け、なんとか生き延びていた。・・・まあ、僕は相変わらずの仲間外れだったが。皆曰く、

「人間の形をしたゴミは死んでもらったほうが口数が少なくて助かる」

のだとか。ああ、無情。僕は、皆が食べ物を分けてくれないという事よりも、その理由に軽くショックを受けてしまった。こんな時にすら差別意識は残っているのかと思うと、つくづくこの街で生きている人間達の程度というものが知れるというものだからである。

と、僕はこんな独り言を呟きながら、辺りを彷徨っているネズミを取って食べたり、まだ若干機能している共用の水飲み場から水を飲んだりして、空腹を誤魔化しつつ生活していた。普通の人間がその辺のネズミを生で食べようものなら即刻ダウン確定だろうが、僕は幼い頃からそんな生活をしているため、身体の方がもう慣れてしまっていた。故に、そんな生活を送ったところで、僕の身体に何ら問題は無かったのだが・・・。

エマさん達の事もあったせいか、さすがにメンタル面はすり減り気味のようであった。エマさんが言っていた「狂気に呑まれる」という事も昨日までは分からなかったが、今日は少し分かる気がする。エマさんの断末魔もそれに関係しているかは分からないが、このような社会がパニックに陥った状況下において発狂すると、発作が起きて死ぬ・・・というような話も避難民達の噂話から聞いた事もあるため、身体だけでなく心にも気を遣わないといけないという事は重々承知なのだが・・・。気を遣って何とかなるものでも無いと思ってしまうのは僕だけだろうか。

「ヴヴヴヴヴヴヴヴ・・・。」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

信徒達が鎮圧される気配は一向に無く、今も周辺各地で信徒のうめき声や、逃げ遅れてしまって家の中に引きこもっている人々が狂って死んでいく声が聞こえる。そもそも、討伐隊が全滅している可能性だってあるのに・・・。人々はもっと遠くに離れようとは思わないのだろうか。なんなら、もうこの街を捨てる覚悟が必要かもしれないというのに、皆、切羽詰まっているフリをして、呑気なものだと思う。・・・とは言っても、そんな事を思っている僕ですら、ロクに動く事ができないというのが現状なのだが。

「・・・。」

僕は人目につかないところてネズミを口に詰め込み、そのまま水飲み場へと移動して流水で無理矢理、喉の奥へと流し込んだ。ネズミはいくら食べても美味しいとは思えないが、腹を満たすには十分である。どうせ、腹痛に悩まされる事は無いし。

「ママ・・・ママぁ・・・!死なないで!ママ!なんで急に死んじゃったの!?ママー!!うう・・・。」

広場の隅では、僕よりも2、3歳ほど年下と思われる女の子が、狂死したらしき女性の亡骸を抱いて泣き叫んでいる。「ママ」と言っているあたり、あの女性はあの子の母親だろうか。ママ・・・ね。そういえば、僕には親の記憶が全く無い気がする。僕は物心ついた時から一人で生きていたが・・・。生きることに余裕が無かったと言う事もあり、今まで一度もそんなことを気にした事は無かった。・・・僕に親なんているんだろうか・・・。

って、今はそんな事を気にしている場合じゃないか。とにかく今は、このジリ貧な状況を何とかしないと。討伐隊の様子を確認する方法か、信徒達を蹴散らして危険が及ぶ範囲から出る方法があれば良いんだけどなー・・・。

僕がそんな事を思いながらネズミの残り香に苦しんでいると、ついさっきまで泣いていた女の子が、エマさんが出て行ったところと同じ門のノブに手をかけようとしていた。

「待って!」

僕の脳裏に、エマさんの断末魔がよぎる。ここから外に出てしまったら、信徒達が闊歩している場所へと自分から足を踏み入れる結果になってしまう。その上、狂う原因となる死体なども多いだろう。

・・・目の前で自分と同じように悲しみに打ちひしがれ、自殺行為に走ろうとしている年下の女の子がいる。それを見て、僕が黙っていられるはずがなかった。

「待って!」

僕は本能のままに少女を呼び止める。

「お兄ちゃん、だあれ?」

そして少女が、僅かに門を開いたまま僕の声に反応して振り返った。僕はそのまま、振り返った少女を引き留めようと、説得を始めようと思った。しかし・・・その案が、僕の中で採用される事は無かった。

「・・・!後ろ!」

僕は咄嗟に叫び、背後へと迫る影の存在を少女に伝えようとした。しかし、

「え・・・」

その声が、少女に届くことは無かった。

「ぐええええええええ・・・。」

少女が僕の声を認識してこちらに下がるよりも先に、門の前で獲物もとい人間を待ち構えていた信徒が、門の隙間から少女に槍を突き刺すスピードの方が早かったのである。

「・・・あ・・・あ・・・!!」

僕は思わず声を上げそうになり、慌てて口を塞ぐ。

少女は腹わたを引き抜かれながら、うっすらと笑顔を浮かべた。

「マ・・・マ・・・。今、行くよ・・・。」

僕は急いで少女の遺体を信徒に奪われないよう、こちら側に引き寄せる。

・・・僕よりも幼い少女にこんなことを言わせるなんて・・・。世界というのは残酷なものだ。救いは・・・無いのだろうか。

「グガァァァァァァ!!」

そんな思いにふける暇も無く、信徒達が門を突破して噴水広場へと突入してきた。

「うわああああああ!信徒が来たぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

「とうとう突破されたかぁぁぁぁっ!?」

「助けてー!」

「救いをー!神様ァー!!!」

人々が喚きながら、何とか広場から出ようと、他の門に手をかける。しかし、そちらももうすでに信徒達によって包囲済みであった。

「ぐぁぁ!!」

「キャーー!」

そして案の定、広場へと侵入してきた信徒達は次々と避難民達を殺し始めた。少女が開いた門から信徒が入ってきてしまった時点でほぼ詰みチェックメイトだったのに、避難民達が広場から逃げようと他の門を開いてしまい、さらに状況が悪化してしまったのだ。・・・この状況で信徒に包囲されていなくとも、少なからず信徒が周囲一帯を徘徊していない訳が無いはずなのに、何で別の門からなら逃げられると思っちゃうかなー。・・・まだ開いている門がここの門だけだったら、いくら相手が信徒とはいえ、ここにいるのは女子供だけではない訳だし、男全員で協力して迎撃することも不可能では無かったはずなのに・・・。

とりあえず、何とかしないと。このままでは人々はみんな殺されるだろうし、僕もこの状況を打開しなければ、いずれその死体の山に仲間入りするだけだ。

僕は広場中に散乱した遺体をいくつかの山のように積み、それを階段のようにして踏み歩く。

「オイ、クソガキ!何してんだ!」

「この背教者めーー!!」

「遺体の山を階段にするだなんて・・・貴方に人間の心はあるの!?」

「そんなこと、今更すぎて答える気にもなれないよ!あのスラムで生きている人間に、皆が言う人間の心なんてあると思うの!?」

全く、喧しい人達だ。なりふり構っていられないこの状況で、尚も遺体に「肉塊」以外の意味を見出すとは、随分とお気楽なものだなと、僕は軽く嘲笑った。

そして、信徒達がさらに侵攻してくる中、僕は死体の山で作った階段を上り、何とか民家の屋根の上へと上がることができた。すると、状況が悪化した広場内で、先ほどまで僕を罵っていた人々が急に態度をコロっと変えて遺体の階段を登ろうとしてきた。

もちろん、僕がそんな事を許すわけが無い。

「えいっ!」

僕は最も高く積んだ遺体の山のテッペンにある遺体を蹴り飛ばし、その下にある遺体と横に置いてある遺体も蹴り飛ばした。

「ああっ!なんて事を!」

「お願いよ!私達を登らせて!助けて頂戴!お腹の中に子供もいるの!」

皆、口々に助けを求める。だが、人々を可哀想だと思えなくなってしまうほどの怒りと呆れを覚えた僕は、近くに落ちていた長い木の棒でさらに遺体の山を崩した。

「こ、このクソガキがぁ!!!」

「何もしなくても救える目の前の命を救わなかっただなんて、罰が当たるわよー!」

ほら、やっぱりこうなるじゃないか。裏の裏は表とはよく言ったものだ。クソガキ?罰?そんなものも今更すぎる。それに、僕は自分の意思に対して忠実に、善くも悪くも「純粋に」行動しているだけだ。僕は信徒達から逃げたいという理由で遺体を積んでその上を渡っただけだし、あの手のひら返しが得意な人々には怒りを覚えたから逃げ道である遺体の山を崩しただけである。一体、それの何がいけないというのだろうか。それに元々、僕がいなければこの遺体の山は作られなかったわけだし。

「でも良かったじゃん。自分の命を優先して遺体を踏みつけたどこかの子供と違って、人間のまま死ねて。」

「「「っ・・・!!」」」

そして、僕は最後に皮肉を込めた台詞を吐き捨てて、並ぶ建物の屋根の上を走って広場を後にした。


〜トピック〜

狂気

何かしらのに起因して人々の心を蝕んでいくもの。

狂気に心を呑み込まれた生物は身体のどこかに大きな血豆のようなものが現れ、そこからさらに精神が狂気に貪り尽くされてしまうと、その血豆らしきものが破裂してその人間は出血多量により死んでしまう。

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