第12話 親友の訪問

 

『明日、球技大会に向けてサッカーの練習をしようぜ』


 そんなメッセージが千昭から送られてきた時、朝陽は思いっ切り顔を曇らせ頭を悩ませた。


 どちらかというと運動は好きなほうだが、休日にわざわざボールを蹴ろうとは思わない。

 ただ、優勝するぞと意気込むクラスメイトの姿を思い出せば、一日くらいは素人なりに練習しようかと考えてしまう。


 最終的に、どうせ家に居ても暇だからと適当な理由で自分を納得させ、朝陽はわかったと短く返事を送った。


 二人でボールを蹴る姿を想像すればかなりシュールだが、千昭は元サッカー部なので色々と得るものがあるだろう。

 素人の付け焼刃なのは否めないものの、何もしないよりはきっとマシなはずだ。


 そうして迎えた翌日の土曜日、朝陽は隣でコントローラーを操作する千昭を見て大きなため息を吐いた。


「……なあ、千昭。確か今日はサッカーの練習をしようって話だったよな」

「そうだな。今まさにやってる最中だ」


 見てろよ、と呟いた千昭がドリブルでディフェンスを一人、二人と鮮やかにかわし、ゴールキーパーの頭上を鮮やかな弧を描いて華麗なループシュートを決める。


「こうやってゴールを決めるんだ」

「ゲームじゃねーか。しかも俺はディフェンスだ」


 集合場所が最寄り駅や公園ではなく、朝陽の家だった時点である程度の嫌な予感はしていた。 

 その予感は見事に的中し、休日の昼間から朝陽はサッカーの練習、もといサッカーゲームの練習に興じていた。


「まあ、別にこれでもいいんだけどさ……」

  

 ボソッ、とため息交じりに呟きながら朝陽はテレビ画面に目を向けた。


 有名選手揃いの試合は大分一方的な展開になってしまっている。

 ゲーム機本体は朝陽の物だが、ゲームソフトは千昭が持ち込んだ物のために実力差がそのまま点差に直結していた。


「前半で三点差ねえ……これじゃあ、球技大会が心配だ」

「だからこそ今日は練習しようと思ってたんだけどな」

「……今まさに――」

「ゲームな」


 嫌みに対して皮肉で返せば、その先には似たようなやり取りが待っている。


 そうしてくだらない会話をしているうちに、また千昭が操作する選手がゴールを決め、元々決定的だった勝負の行方が確実なものとなった。 

 段々とプレーが適当になっているのが癪に触るが、それでも到底敵わない実力差なので何も言えない。


「そういや、昨日朝陽が鼻血ブーしたじゃん?」

「したけど、そのギャグ世代じゃないだろ……」

「あの時、体育館で練習してた女子の方でアクシデントがあったらしいよ」


 点差が開きすぎて飽きたのか、試合中に拘わらず千昭が話を振って来た。

 

 あの時、体育館、女子、アクシデント。一つ一つの単語から連想できる出来事に思い当たる節があり、朝陽は思わずコントローラーを握る手を緩めた。

 その隙を逃さなかった千昭にまたゴールを決められ、五点差になるがこの際点差はどうでもいい。

 互いに喜びも悔しがりもせず、淡々と会話を続ける。


「何でも、バスケの試合中に交錯して手を捻ったんだってさ。それでな、その怪我人ってのが――」

「氷室だろ」

「あれ、珍しいな、もう知ってたのか」

「そりゃ、噂になってたからな」


 本当は保健室で実際に怪我の処置中の冬華に会っていたのだが、わざわざ話すことでもないので黙っておく。

 実際、冬華が怪我をしたという噂は昨日のうちに学校中を駆け回っていた。


 元々噂になりやすい"氷の令嬢"の話に加え、球技大会目前ということで注目選手の一人としても冬華の負傷は何かと話題になる。

 その中で、一つ気になる噂も飛び交っていた。


「氷室が利き手を使えない状況ってのは本当なのか?」

「本当らしいね。包帯ぐるぐる巻きで固定されてるんだって。結構重症だったみたいよ」

「それじゃあ、球技大会は……」

「厳しいんじゃね。利き手ってどうしても使う時あるし、一週間じゃ治らなそう」

 

 一週間安静にすれば大丈夫と冬華は言っていたが、千昭の言う通り利き手である以上は完全に安静にすることは不可能だろう。


 千昭は知る由も無いが、冬華が隣の部屋で一人暮らしをしているという点も大きく関わってくる。

 家事を全てを一人でこなさなければならない状況で、利き手を使えないというのは余りにも現実的ではない。


(あいつ、大丈夫なのか……?)


 例え球技大会に出場できなかったとしても、冬華はいつも通り"氷の令嬢"として振る舞い、無表情かつ無感情で試合を淡々と眺めるだろう。 


 ただ、優勝したいと正直な思いを吐露した冬華の表情は穏やかで柔らかく、それでいて小さな闘志が確かに宿っていた。

 怪我は治りませんでした、球技大会は見学ですとなってすんなりと納得がいくとは思えない。

 

「はい、俺の圧勝。約束通り、今日の夕飯は朝陽の手料理を振る舞ってもらおうか」

「そんな約束した覚えねーよ。てかお前、今日来た目的はどうせ飯だろ」

「ご名答、久々に食べたくなっちゃって」

「ったく、こいつは……」


 まあまあいいじゃん、と調子付く千昭に意識を引き戻されてテレビ画面を見ると、試合はいつの間にか七点差まで広がっていた。

 ゲーム全般を得意としている朝陽だが、千昭のサッカーセンスはどうやらゲームにも適用されるらしい。

 

「朝陽シェフ。私はビーフシチューが食べたいでございます」

「まためんどくさいものを……ビーフがいくらするのか知ってんのか」

「そこはもちろん折半、いや全部払ってもいいからよー。朝陽シェフお願い!」

「どうしようかねえ……」


 手間はかかるし必要な物を買い足す必要があるが、作れないことはない。

 そもそもの話、朝陽にとって千昭に手料理を振る舞うことは密かな楽しみだ。

 

 何でも美味しそうに食べる千昭は作り手としてとても印象が良い。

 それに、最近は一人暮らしを始めた影響で誰かに料理を作る機会がないので、千昭はとても貴重なお客さんだ。


 元より断る気はなかったが、少し間を置いて嫌々な顔をしたのは朝陽なりの意地悪だった。

 サッカーゲームで大敗した腹いせも無意識に含まれていたかもしれない。

 

 たっぷりと溜めた後、分かったよと返事をすれば千昭は大袈裟にガッツポーズをして喜びの舞いを踊り始めた。

 その無駄にキレが良いダンスを眺めつつ、朝陽はお隣さんへと思いを馳せる。

 

 何かしてやれることはないのか。

 

 そんな風に考えてしまうのは、やはりお節介が過ぎるのだろうか。

 冬華に対して必要以上に世話を焼いてしまう自分に朝陽は呆れて笑った。


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