第92話 古典的な解錠法

 

 ダビデ、というロリコンは夜中に大学図書館に忍び込む悪いやつだ。


「いるんだろ、出てこい」


「……はぁ」


 俺は大きな、それは大きな、ため息をついて、一歩本棚の影から通路へと足を踏み出した。



「よぉ」

「貴様……なんだ、ロリコンじゃないか」

「お前だけは言うな」


 気抜けしたように肩の力を抜き、露骨に安心した様子のダビデ。

 やっぱり、こいつは俺の事が好きらしい。

 かわいい奴め。


「なに不快なこと考えている」

「考えてないさ……で、お前こんなところで何してんだ」


「何をしてると思う?」

「もったいぶるな」

「……ふん、ついてこい」


 ダビデは半眼になり、踵をかえすと、杖先に灯る火で通路を照らしながら歩きだした。


 俺もまた杖先に小さな灯りをともして、彼のあとに続いていく。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



「ゴルゴンドーラ、ここは禁書棚への……いや、禁書棚のある『禁書庫』への隠し扉だ」


「お前も禁書棚にようがあるのか?」


 問いかえすと「どうだかな」と、図星をつかれた者の反応をし、火の灯る短杖で通路の最奥、巨大な狼の像が安置された壁のくぼみを照らしだした。


「この像の裏が禁書棚へ繋がっているらしい。久しく開いていないのか、正規の解錠魔法では開けることができなかった」


「やっぱり、なにか用事があるんだな……まぁいいさ、そんじゃダビデが解けない封印魔法解錠しちゃいますか」


 聞くところによると魔法的な封印らしいので、そこには必ず魔法が掛かっているはず……というわけで、とりあえずは≪術式暴じゅつしきあばき≫だ。


「……ぁれ?」

「何をしている。さっさと働け」

「やってんだが……あぁ、なるほど。これ魔術式使ってない魔法か……」


 まいったな。

 ともすれば近代魔術……いや、古典魔術まで時代を遡らないといけなくなる。


 ん、そういえば、レトレシア創設当時にポパイの先祖の魔導書は押収されたんだったな。ともすれば、最悪この封印魔法は400年近い年月が経っている事になる。


 そりゃ、現代魔術で便利に解錠はできまい。


「ちょっと、待ってろ」


 見あげる高さの狼の像の、その全容を照らしだせるくらいに火をおおきくする。

 もはや松明となった灯りで、狼像をくまなく調べる。

 くぼみの裏に回りこみ、狼の背中もよく確認する。


 うん、どこにも隠しレバーなんてない。


 もしかしたら物理封印とか思ったが……いや、試してみるか。


「ダビデ、下がってろ」


「待て、何をする気だ。お前の魔術でなんとかならないのか?」


「古代魔術の封印なんて解けるわけないだろう。すこしは勉強しろよ、昔の封印を破りかたを教えてやる」


 大きく杖を振りあげる。


「待て、待てまてまてまて、これは魔法封印だと言って……おい、だから待てとーー」


 風属性二式魔術≪風爆弾ふうばくだん≫。


 ーーぷウォンッ!


 杖先から膨らむ超圧縮された風魔力を、狼像に叩きつける。

 視界が歪むほどの大気のねじれに、あたりの本棚が勢いよく吹き飛び、半ばでバキバキに折れた棚の半分がくるくる回転して、高い天井に突き刺さる。


 ダビデは腰をふかくおとして衝撃に耐えたようだ。


 ただの魔術師なはずなのに、すごい身体能力てある。


 衝撃波を直接ぶつけられた狼像は木っ端微塵にふき飛び、あたりを保護していた魔力が自然に還っていくのがわかった。


 やはり、魔法自体は掛かっていたらしい。


「ほらな? これが古典魔術の時代のやり方だ」

「……ん、待て、下からなんかくる」


 自慢げに胸を張ったところへ、ダビデは頭に乗っかった本をはらい落としながら、狼像のしたより現れた空間へ視線をおとした。


 確かに嫌な気配がする。


「どうする、引き返すか?」

「馬鹿を言うな。こんなめちゃくちゃにしておいて、何の成果も得られませんでした……など、パリストン家の執事失格だ」


 ダビデは顎をくいっと動かし、杖のさきに火を灯すと、先導して禁書庫へと通ずる階段を降りはじめた。

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