第91話 禁書庫

 

 レトレシア魔術大学の図書館。


 創設から400年以上経っている訳で、この大学の立派な図書館は、校舎と同じくらい歴史のある建物のひとつだ。


 国の重要機関であるレトレシア魔術大学は、実質的に国家が管理している。

 一応は、レティスの母親のプラクティカ・パールトンが校長を務めているが、それでもこの国の王政府、魔法省、魔術協会との関わりは深い。


 もし仮に俺が禁書棚から禁忌指定された書物を盗みだしたなんて知れたら、一撃で首が飛ぶ可能性はおおいにある。


 そうすれば、もうパールトン邸には身を置けないかもしれない。


 あるいは国から高い信頼を得ている俺ならば、頼めば禁書の持ちだしくらいは、許されるかも知れないが、

 それでも手続きを待っているあいだに、毒がどんな影響をレティスにもたらすかわからない。


 だからこその……≪レトレシア・プラクティカ2852≫だ。


 ーーギィ、ィィギィイ……


 夜中のレトレシア魔術大学を、不遜なやからから守る結界の一部を解除。


 特に習うことがない授業中に、学校の結界の破り方を考えていて正解だった。

 まぁ「レトレシア魔術大学の夜中に張られる魔法結界の特定の部位を破る」ことにしか使えない極めて限定てきな魔法なんだけどな。


 敷地内に侵入を果たした俺は、暗闇に紛れるための黒ローブと、暗闇でも微妙にひかる青紫の髪を隠すためのフードを深く、深く被りなおした。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 レトレシア魔術大学図書館、1000年も昔、魔法の始まった地「ドラゴンクラン」以来、生まれ刻まれる魔法の歴史と発展のおおくが、ここに眠っている。


 ザラな校舎内の警備を、適当な魔法と徒歩で突破しつつ、図書館へやってきたわけだが、困ったことに、禁書棚がどこにあるのかいまいち見当がつかない。


 とりあえずは禁書棚って言うくらいなので、暗黒魔術の魔導書でもある可能性がある。

 いや、暗黒魔術とまではいかなくても、魔力の宿った本などあれば、たぶん探知ができるはずだ。


「……」


 古びた羊皮紙の匂いーー俗にいう本の香りがただよう真っ暗な図書館の奥へ、短杖をむける。


 魔力属性二式魔術≪魔力看破まりょくかんぱ≫。


 杖先から巨大な図書館を覆い尽くすように、薄い魔法の威力が伝播していく。


 気を抜けば見間違いと思ってしまうような、ほんとうに薄い薄い白色の波動だ。


 膜とすらいいかえられる、それらは図書館内を片っ端から魔力反応がないかを確認していき、どんどん広がっていく。


 ーーキィーン……


 鳥肌のたつ妙な感覚が返ってきた。


 魔力の反応が見つかったらしい。


「ん?」


 しかし、なんだ、これは、たしかに魔力の反応だが、何かがおかしい。


 っ、まさか、これはーー。


「誰だ、そこにいるのは」


「っ」


 清廉とした、静寂だけが集う暗闇のなか、人の声が響きわたった。とっさに本棚の影に隠れて、視線を切る。大丈夫、この暗さだ、見られてはいないはず。


 本棚の影からうかがうように目線をとおす。


 見えたのは赤い炎の灯火。

 

 初等魔法≪≫を明かりがわりにする、魔術師が暗闇でやる行為筆頭。


 そんな馴染み深い灯りを、まっすぐに構えてゆっくり歩いてくる影。


 火に照らされ輝くのは黄金の瞳。

 どこか見覚えある茶髪の刈り込み、端正な顔立ち、本棚が迷彩色となる茶色の執事服も合わされば、もはや該当する人物はひとりしかいない。


「隠れても無駄だ。出てこい」


 ーーコツっ、コツっ


 靴音を響かせてゆっくりとせまる、凛とした声。


 あのロリコンめ、こんなところで何をしてやがるんだ。

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