第77話 トライマストへようこそ

 

 ゲオニエス帝国とローレシア魔法王国。

 二つの国の旗を掲げた馬車が近づいてくる。


「隊長! 馬車が来ます!」

「見ればわかるわい……クソっ、あれは先遣隊という訳ではなさそうじゃな」


 うちの隊長は今日も機嫌が悪いらしい。


 9日前に、敗走してきた先遣隊の報告を聞いてからずっとそうだ。


 あの信じられないような報告以来、電光石火の勢いを持っていた帝国軍には、どんよりと重たい空気が漂っている。


 なんせ大将軍の死亡と、最強の第一師団と同行していた魔術師団の壊滅……つまり帝国の最精鋭を動員した先遣隊をほぼすべて失ったのだ。


 生きて帰ってきたのは傷ついた勇者ラナ・ルーツ様と、4名の騎士と2名の魔術師のみ。


 いまは、繰り上げで総司令となったガンディマン将軍の指揮のもとに、トールメイズとトライマストの二箇所を一応維持している形だ。


 だが、それだけじゃない。


 本当に最悪なことは、戦場では起きていなかった。


「おい、おまえたち皆、剣を置いておけい」


 体調の重苦しい声に、門の守護をしていた俺たちの隊員はみながほうけた表情になる。


 巨大な南門が鎖に引かれてゆっくりとあがっていく間、隊長はじっと俺たちを見つめてきた。


「この馬車は間違いなく、陛下の乗られるものだと言っているのだ。

 優位性は完全にローレシアにある、くだらん見栄えと形だけの剣など捨て置いて、

 誠意と変えたほうが、まだ幾ばくかはよい方に転がるかもしれないじゃろう」


 隊長の言葉に俺たちはうなづき合い、腰に差していたそれぞれの特注品の剣を武器棚へとしまった。


 そう、帝国軍にとっておきたもっとも悪いこと、それは帝都に吉報を待っていたはずのバルマスト・ブラッグストン皇帝陛下が敵の手に落ちていたことだ。


 さらには衝撃の事実が、それによって暴かれた。


 それはーー。


「おい、馬車がきた。ボーッとするな」

「っ、はい」


 先輩騎士の声。


 俺は首をもたげて、門のなかへ入ってくる馬車を見つめる。内門と外門の間でとまる馬車。

 旗がふたつ、帝国と魔法王国の旗章のはためく豪華な馬車だ。立派な毛並みの馬がひく馬車は、帝国へやってくる他国の王などが乗るものにちかい。


 馬車の扉が開く、なかから人が出てきた。


 フルプレートメイル、顔はうかがえない。


 騎士だろう。


 続いて降りてきたのは、身なりのいい戦場には似合わない綺麗な顔立ちの男。

 金属のプレートメイルを所々にあしらった礼服を着ている。


 貴族、あるいら騎士階級の者。


 続いておりてくる者はーー。


「陛下!」


 俺らの隊長が顔色をかえて奇をてらったような声をあげる。本人の性格からして、ふざけるたちじゃないので、おそらくは本心から漏れでた声だろう。


「騒々しい。我は無事である、安心せよ」


「よくぞ、よくぞご無事で……!」


 涙ぶく隊長は袖で顔をぬぐい、帝国騎士にふさわしいただずまいになった。


 最後に馬車から降りてくるのは金の刺繍がはいった真っ白ローブを着こなす男。


 特徴的な青紫の髪、魔力に愛される青白い瞳。


 帝国の誰ものが知る顔にして、若者を中心に圧倒的な人気をもっていたイケメン魔術師。


 その男の登場に、剣をもたない騎士たちは、みなが複雑な感情を宿していた。


「ゴルゴンドーラ、様……」


 怒り、無念、悔しさ、絶望。


 いくつもの感情のなかでも、共通してあったのはただ寂しさであった。

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