第71話 先遣隊

 

 数千人規模の拠点設営のための魔術師と、大量の魔力資源を消費して作られた光沢ある金属の巨壁。


 17560陣の魔法陣からなる連結魔法陣で、トールメイズ砦には及ばないものの、あらゆる攻撃に耐える魔法結界を展開することができる。


「パリストン将軍、お願いします」

「うむ」


 遠くに見える土煙を認めつつ、グリムはこちらの顔をいちべつ、俺がうなづくと彼は目の前の巨大な魔道具『連結式』へ手を伸ばした。


 くぼみのある縦横数十センチの金属板。


 複雑怪奇な古代魔術言語と魔術言語が刻まれており、王都の魔道具工房で作成された品。


 これがなければ砦を防衛するほどの魔法結界を起動することはおろか、

 すべての魔法陣をこの長大な盾のために繋ぐことは叶わない。


 グリムは金属板のくぼみへピタリとはまる、小さめの金属板をはめこんだ。


 その瞬間、魔法によって加工されたクルクマ砦が光りだした。


 正確にいうならば、それはクルクマ砦のほぼすべてに張り巡らされた魔法陣がひかっているのだ。


 それぞれが円の形をなしているが、必ず接点を持つように描かれており、そうでなくても線状魔法陣によってすべてが繋がっている。


 北方向へ視線を向ければ、クルクマ砦すべてへ編み込まれた魔力の層が広がっていくのがわかった。


「おめでとうございます」


 砦のうえに集まった者たちのうち誰かが、そう呟くと、次々に拍手と称賛の声が場をつつんだ。


 グリムはそんな彼らへにこやかな笑顔を無理やり作って応えると、すぐに真剣な表情で、慌ただしく迎撃準備する兵士たちを見下ろした。


「彼らを死なせるわけはいかない、必ず交渉を成功させなければ」


「安心してください、帝国は皇帝をなによりも重んじます。必ず退きますよ」


 不敬にもグリムの肩に手を置く。


 貴族たちは俺の行動にやや驚いているようだったが、兵士育成期の功績ーー1万人の魔術師育成。自分でもよくやったと思ってるーーを知っているのか、特別に声をあげるものはいなかった。

 それに俺は彼に尊敬されているので、彼自身も怒りはしない。


 ただ、普通の貴族なら流石にもう斬首ものだろうか。


「皇帝の人質は最高のカードです」

「ふむ、そうだな……そうだといいが」


 先ほどまでの元気はどこへやら。

 グリムは不安そうに、そう呟いた。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 手綱を握る手が痛い。

 ここ数日はずっと馬に乗りっぱなしだ。


 トライマスト陥落から1日と半日。


 ただそれだけの時間ののちに、おれたちの帝国軍は次の要所クルクマへとやってきていた。


 あまりにも早過ぎる進軍に舌を巻いてしまうが、これもすべて宮廷魔術師様たちと、勇者ツール様のおかげだ。


「前方に魔法結界の展開しましたね。やはりローレシアは私たちの接近に気づちゃうか」


「当然だろうな。本隊をトールメイズとトライマストに置いてきたとはいえ、先遣隊も2万はくだらない兵力を連れてきている」


「なるほど、やはりバルバロフ大将軍はこのまま最短で攻め落とす気なのか」


「出来れば魔法結界が張られる前に攻められたらよかったが……ただの1日で立て直したローレシアの魔術はやはり恐ろしい脅威だ」


 はるか前方で、混成師団の戦線の展開を指揮とる大将軍、そのさらに先に見える青色の魔力の結界。


 彼らはよく戦った。


 だが、やはり勝つのは帝国だ。


 毎日のように頑張って鍛えてきてよかったといまなら思う。帝国騎士団最強の師団、

 第一師団にしがみついていたおかげで勇者ルーツ様や、大将軍様、そしてこの先遣隊という名の、精鋭隊とともに名誉ある戦いに身を投じれたのだから。


「おっ、はじまるぞ」

「トライマストは一撃で崩壊したからな。クルクマは何発耐えられるのかな」


 あたりの兵士たちが騒がしくなり始めた。


 あぁ、またあの無情の一撃が放たれるのか。


 勇者のもつ最強の一振りーー『ほし両断りょうだん」が。


 天を分かつ強大な魔力の波動、それを操る人智を超えた無限の剣気圧。


 約束された英雄の一撃が魔法王国の要塞へ撃ちこまれようとしていた。

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