お風呂
まなみがぱっと立ち上がる。
あとはもう風呂に入って寝るだけかと思ってたけど。
「こっち来たのに温泉入らないのはもったいないでしょ!」
「私もうお風呂入ったんだけど……」
「でもほら、温泉だよ?」
「それは……まあ魅力的ね」
そういえばすぐ近くに秘湯みたいな温泉がいくつかあったな……。
しばらく来てないしわざわざ帰省しても行くことがなかったから忘れていた。
「行こ? 康にぃ!」
「わかったから引っ張るな」
楽しそうなまなみに無理やり手を取られて立ち上がる。
すごい力だな……。相変わらずどこにそんなパワーがと思うが考えるだけ無駄だな……。まなみだからと思っておこう。
「愛沙、行くか?」
まなみに片手を取られながら愛沙の方に手を伸ばした。
「うん……」
愛沙が俺の手を取って立ち上がる。
自然と手を出してしまったが立ち上がって気付く。
これは……。
「みんなでこのまま手ぇつないで行こっか」
まなみは楽しそうだから良いんだが愛沙は顔が真っ赤だ。そしてそれは多分、俺もそうだろう……。
「あ! でも準備してなかった! 康にぃ! タオルとかシャンプーとかお願い! 私パンツ持ってくる!」
パッとまなみが手を離す。
残された俺達は……。
「えっと……俺も準備してくる」
「そうね……」
ちょっとだけ名残惜しそうに手を離したと思ったのは、俺の思い込みだろうか。
◇
「ふぅ……」
母さんたちは家でのんびりするということで結局三人で温泉に来た。
脱衣所の前で別れて一人、男湯でくつろぐ。
街灯すらろくにない田舎道を懐中電灯の明かりを頼りに進んできたが、いつもと違う非日常感があってあれはあれで楽しかった。
「なんだかんだ疲れてたんだな……」
お墓の掃除に畑仕事と力仕事を続けてやったせいか意外と筋肉が張っていた。
温泉に来れたのはそういう意味でも良かったかもしれない。
「生き返る……」
ゆっくり温泉を堪能できたのはそこまでだった。
「ほらほらお姉ちゃんはやくっ!」
「ちょっと! そもそもまなみが先に牛乳飲みたいとか言うから……」
「え……?」
待て待て。
ここは男湯。確認している。
だというのに、パーテーションを挟んで向こうから声がしたという感じでもない。
とりあえず温泉の中央に設置された大きな岩の反対に回り込んだ。
「ふぅ……気持ちいいよ! お姉ちゃん!」
「わかったから……」
間違いなく岩を挟んだ向こうに、二人がいる。
「あれ?」
まなみが声をあげる。
「康にぃー!」
「ちょっと! 迷惑でしょ! 急に叫ばないの!」
「あはは。でも男湯どこかなって。それにこんなとこ私たち以外誰もいないよ!」
「まあ、それはそうだけど……確かに男湯が見当たらないわね」
これはもう名乗り出たほうが良いだろう……。どのみち先に入ってた俺がのぼせるほうが早いだろうし。
姿は見せずに岩の裏から声をかける。
「えっと、愛沙」
「あ、康貴……え? ちょっと待って今……⁉」
早速テンパってばしゃばしゃ水が跳ねる音が聞こえる。
「落ち着け! 俺からそっちは見えてないから!」
「そう……え、でもこれって……」
「多分二人から見えてる岩の裏にいる」
「どうして……って、ここ、混浴になったってことかしら……」
「多分……」
もともと無人で誰がどう管理しているかも怪しいこじんまりとした温泉だ。
入り口に置いてある箱に募金感覚でお金を入れて、あとは飲み物の自動販売機があるくらいなもの。
そもそも前に来た記憶がおぼろげすぎてここが前に来たところと同じかも怪しい。
母さんたちが何も言わなかったあたり、混浴があるのは知らなかったんだろう。流石に止めるだろうからな……。
完全に油断していた。
「あっ、ほんとだ! やっほー康貴にぃ!」
「ちょっとまなみ⁉」
「おいお前なんでこっちに来たんだ⁉」
考え込んでいたせいでいつの間にか近づいてきていたまなみに気づけなかった。
「あっ! 私も裸なんだった!」
さっと身を隠すまなみ。
湯気でよく見えなかったけどなんとなく輪郭は……いやだめだ忘れよう。
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