待ち合わせ
約束の日はあっという間に訪れた。
「よし。なんとか覚えてたな」
流石にプロのやったものほどではないが、慣れない着付けながらそれなりの形になった、気がする。
「にしても、歩きにくいな……」
家の中で動くだけでも足の動きが制限されていて不便に感じる。これで外に出るとなると下駄を履く必要があるのでさらに動きにくくなる。まあ少しずつ慣れるのに期待しよう。
「愛沙は大丈夫だろうか?」
ああ見えて危なかっしいところもあるからな……。
「まなみからわざわざメッセージが来てたのもわかるな……」
内容を思い出す。
『今日はずっとしっかり手を握って歩くこと! 場合によっては腕を組むこと!』
支えになる覚悟はもっておこう。
そうこうしているうちに待ち合わせ場所のバス停についた。
今日は駅前は大混雑するので家の近くで待ち合わせることにしたわけだ。家に迎えに行っても良かったんだがそれは風情がないとまなみに止められていた。
「まだ来てないな」
愛沙が集合時間ぎりぎりは珍しい。
まだ駅前まではバスで10分以上の距離ではあるが、ちらほら浴衣姿の男女や何人かの男女グループを見かける。
「ふう……」
妙に意識させられる。
夏祭りに男女で行くことは、うちの学校では特に、特別な意味を持っていた。
夏休み中に生まれたカップルがほとんど必ず現れるイベントであり、またカップルでない場合はグループで多くの人間が訪れるイベント。
夏休み明けの話題はここで見かけた組み合わせに終始するのが通例だ。
「噂だなんだとかもう、言えないよなぁ……」
当然愛沙くらいの存在であれば、誰かと夏祭りに出てきていないかという話は学年中、いやもしかしたら学校中が注目しているかもしれない。
「新学期が怖い……」
これで付き合っているというのなら潔く諦めもつくがそうではない。
むしろ愛沙にとってちょうど良い男避けとして、幼馴染の俺が選ばれている可能性だってある。いやむしろ普通に考えればその方が濃厚だ。
「まぁ、行くって言ったし仕方ない」
浴衣まで買っておいて着る機会がないのも間抜けな話だ。うん……よし。
覚悟を決めよう。そんな大それたものじゃなく、とりあえず今日は楽しむことと、どんな形であれ愛沙が望むことは叶えようという覚悟だ。
たとえそれが男避けであっても、昔のように話ができたこの夏休みは間違いなくここ数年で一番充実していた。
「それこそ、暁人や隼人たちの誘いを断るくらいには……」
メッセージには恨み節が書き込まれていた。
『こないだの話を聞きたかったんだけど、まあこれが答えだな』
暁人には色々言いたいことはあるが何を言っても無駄というかニヤニヤと受け流されそうなので最低限しか連絡していなかった。
ちなみに去年は暁人に付き合わされてナンパみたいなことをさせられた。結局本当に女子グループと仲良くなって帰っていくあたりさすがだなと思って見ていた。俺はついて行っただけだが。
今年もそういうつもりだったんだろうな。
『お前はそろそろ相手を決めろ』
これだけ返しておいた。
一矢報いた気がする。あとが怖いけどまあいい。
次は隼人と真だ。メッセージにグループができているんだがこっちは秋津たちと行くつもりで愛沙とセットで誘ってくれていた。
愛沙に言ってそうするかと思ったんだがまなみから突然電話があってやめた。
いわく
「誰かに一緒に行こうと言われても! それがお姉ちゃんと共通の友達でも! 今回は必ず2人で行くこと!」
だそうだ。仮に誘われたとしてもそれは愛沙に相談もしてはいけないとまで釘を刺されていた。
「よくわからないけどまなみの言うことは聞こう」
というわけで断ったらなぜかこんなメッセージが来ていた。
『そうか。頑張れよ!』
「何をだ?」
と、そろそろ時間だな。
そう思って顔を上げると、ちょうど曲がり角に愛沙の姿が見えたところだった。
「……っ」
なんだ? なんで俺いま、こんなどきっとしたんだ……。
バクバク跳ねる心臓を必死に落ち着ける。だめだ、愛沙が近づくにつれて鼓動は早くなる一方だった。
「何よ……」
浴衣姿で髪をあげた愛沙が、顔を赤らめてそう言った。その姿を見て思わず、直視できずに顔を逸らしてしまった。
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