合宿 朝
「えへへへぇ……」
「えへへじゃないからね!? どうして康貴のベッドで寝てるの!」
「いやー、ふらふらっと行っちゃったみたい……?」
首をかしげるまなみが可愛いせいでこちらも毒気を抜かれる。
「お詫びにさ、ちゃんと宿題頑張るから!」
「それは当たり前でしょ」
「いやいや、お姉ちゃんたちにもちゃんと良いことがあります!」
まなみの顔がイタズラをするときの顔になってるんだがこの顔をしたまなみに愛沙は弱い。
「良いこと?」
すぐにまなみのペースに乗せられてしまっていた。
「うん! あのね、今回は康貴にぃもバイト代、あんまりもらってないでしょ?」
「ああ、そうだけど……」
内容が見張りだけだし、俺も横で自分のことをしたい。気兼ねなくやるために今回はいつもの家庭教師代で引き受けていなかった。
「そこで、今日は私がしっかり頑張る代わりにお姉ちゃんたちにデートをプレゼントします!」
「デート……?」
「うん! 康貴にぃもお姉ちゃんもどうせ宿題終わってるんでしょ?」
「まぁ……」
「そうね」
2人ともこの手のものは先にやりきってしまうタイプだ。
俺も昨日で終わったし愛沙はもっと早く終わっていたと思う。
「ふふーん。お母さんたちにも言ってあるから!」
「行動が早い……」
「真面目にやっても今日と明日はかかっちゃいそうだから康貴にぃはもう1日いてもらわなきゃだけどね。だらだらやって伸びるくらいならいいんじゃない? あんた自分のためよりお姉ちゃんと康貴くんのためって考えた方が早そうだし、って」
さすが母親。まなみの性格をよくわかっている。
自分のためより俺たちのためっぽい演出をしてあげたほうがまなみはやる気が出るタイプだ。
「でもデートなんて……」
愛沙がためらう。そりゃそうだろう。理由もなくデートと言われても喜ばないと思う。
俺は愛沙相手なら少し行きたいと思っているけど。それでもこれに飛びつくのはためらわれた。
「あのねお姉ちゃん、これはすごく貴重な体験だと思うんです」
「貴重な体験……?」
あ、これはまなみの口車に愛沙が乗せられるやつだ。この雰囲気はもうそうだ。
「うん。いま康貴にぃが家にいるでしょ?」
「そうね」
「で、明日も康貴にぃの合宿は継続です」
勉強合宿はまなみのためのものなんだがいつの間にか俺の合宿みたいになってる。まぁいいか……。
「どういうこと?」
「今日デートに行くと、お家から一緒に出かけて、そのまんま2人で同じお家に帰ってくる特別なデートができちゃうんです!」
「特別なデート……」
「こんな体験、もうできる機会ないと思わない? お姉ちゃんにとって特別で貴重な体験だと思うの」
「特別で貴重……そうね……そうかもしれないわ」
もはや貴重とか特別のことしか考えていない顔の愛沙がそこにはいた。
デートの相手がとか、そもそも貴重でもその体験に意味があるのかとか、その特別は嬉しいものなのかとか、そういう疑問はもう愛沙の頭から消えているようだった。
「と、いうわけで、今日は2人に貴重な体験をプレゼント! 私は真面目に勉強! いいよね?」
「ええ……いいかもしれないわ?」
「康貴にぃは?」
当然断れるはずもない。
「わかったよ」
「よーし! デートコースはねー、お姉ちゃんが前に調べて――」
「わー! 余計なことは言わなくていいの!」
「えへへ」
まなみが言いかけた言葉を愛沙が遮る。なんかきっと愛沙にも理想のデートコースとか有るんだろうなと思った。クラスで秋津たちと話してたしな。
タピオカとか食べさせられるのだろうか。まあなんにせよ、楽しみなことに変わりはない自分がいた。
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