第79話 ヒュユギストの話


 防具を脱ぎ捨てたヒュユギストの攻撃は強烈だった。あの巨体からは想像もできないスピードで繰り出されるモーニングスターの攻撃は防ぐだけで精一杯だった。


 ──何とか反撃したいんだけど全然隙がない。どうやったらあの巨体でこれだけ動けるんだろう。


『ティートもそうだが、全身の筋肉が異常に発達しているんだろう。そうでなければこれだけの身のこなしは考えられん』


 迫ってくる攻撃を躱し、何とか距離を取るが、何度も戦斧で防いでいたため、手が痺れてしまっている。

 久しぶりに本気で動いたヒュユギストもすぐに距離を詰める事はなく、少し上がってしまった息を整えると最後に大きく深呼吸をする。


「やはり日頃から全力で動いておかないと、いざと言うときに動かないものだな」


 まだまだ全力ではないと言わんばかりの発言にトゥユも全力で迎え撃たないと殺られると感じ、戦斧を構えたまま大きく息を吐く。


 二人が同じタイミングで息を吸い込むと、両者前に出て距離を詰める。二人とも得物が長大な武器なので本来なら距離を取ったまま戦うのがセオリーなのだが、相手の不得意な距離にするため、敢えて距離を詰めて戦う事を選択した。

 鼻先がぶつかりそうになるぐらい近づいているのだが、二人は器用に得物を扱い普段と変わらない感じで武器を振るう。

 相手の苦手な距離はそのまま自分の苦手な距離でもあり、これでは埒が明かないと感じた二人は同じタイミングで飛び退き、距離を取る。


「どうやら考えている事は同じのようだな」


「そうね。やっぱり自分の得意な所から攻撃しないと殺せなさそうだしね」


 二人が地面を蹴ると今度は近づきすぎる事はなく、十全な距離を取って武器を振るう。先ほどとは比べ物にならないぐらいの威力でぶつかり合う武器だが、力と言う点ではヒュユギストの方が有利だ。

 モーニングスターが弾かれ振り出す前の位置まで戻ったのに対し、戦斧が弾かれると元の位置よりも後ろまで戻ってしまう。この距離がそのまま次の攻撃のラグとなりモーニングスターの方が先にトゥユに迫る。

 トゥユは戦斧で攻撃を防ぐ事をせず、体をかがめて攻撃を躱すと右に構えていた戦斧を左に構え直し、ヒュユギストの首を狙って薙いだ。ヒュユギストは空ぶってしまったモーニングスターから右手を離すと、右腕を首と戦斧の間に差し込んだ。

 戦斧はヒュユギストの右腕の肉を斬ったのだが、全腕骨によって防がれてしまう。


「信じられない! 骨で止めるなんて!」


 驚きの表情を浮かべるトゥユだが、ヒュユギストは左腕一本でモーニングスターを振るうと、トゥユの胸に直撃させることに成功した。

 モーニングスターの直撃を受けたトゥユは周りに居た兵の所まで光の速さで飛んでいき、周りに居た兵たちを軒並み倒す事でどうにか止まる事ができた。この兵たちが居なかったらどこまで飛ばされていたのか想像もつかない。

 直撃を食らった鎧には棘の刺さった跡で大きな穴が開き、その周りはひしゃげてしまっていた。


『大丈夫か!? 生きているかトゥユ!!』


 ウトゥスの必死の呼びかけに、仮面の中で血を吐く事で応答したトゥユは生まれたての仔馬の様にフラフラと立ち上がった。


「ほう。俺のモーニングスターの直撃を受けて立ち上がるか。大した奴だ」


 壊れてしまった鎧が体を締め付けて痛いのかトゥユは鎧を脱ぎ捨てると再び戦斧を構えるが、その手には明らかに力が入っている様子はなかった。


「俺をここまで本気にさせたのだ。誇りに思って死んで行け」


 とどめを刺すためヒュユギストは地面を蹴ってトゥユに迫ると、フラフラになっているトゥユに真上からモーニングスターを振り下ろした。


 グチャッ!!


 生々しい音と共にまき散らされた血で辺りが染まるが、その音の主はトゥユではなく、トゥユと一緒に倒れた兵だった。トゥユとの衝突で気を失って倒れてしまった兵の真上にモーニングスターが振り下ろされたのだ。

 それではトゥユは一体どこにとヒュユギストが辺りを見回すが、トゥユの姿は何処にもなかった。


「そっちじゃないわ」


 真後ろから聞こえた声に反応し、体を捻りかけた所でヒュユギストの胴体が宙を舞った。トゥユが戦斧を振るって胴体を真っ二つに切裂いたのだ。

 回転をして宙を舞っていたヒュユギストの上半身が地面に落ちるのと同時にトゥユもその場に倒れこんだ。

 トゥユは鎧を脱いだことで、動けるだけの力を得たのだ。戦斧には最後の最後で力を入れる事にし、すべての力を足に集中させ、高速で回避し、ヒュユギストに戦斧を打ち込む事に成功したのだ。


『トゥユ大丈夫か!? 死ぬんじゃないぞ!!』


 ──私はまだ死なないわ。いいえ、まだ死ねない。


 トゥユの反応が有った事にウトゥスは一安心したが、状況はあまり良くなかった。ヒュユギストが敗れた事で逃げ出す兵もいるのだが、倒れたトゥユを見てチャンスだと思った兵がジリジリと迫ってきていたのだ。

 いくら名前も知らない一般の兵と言えど、今のトゥユにその攻撃を躱す事などできるはずがない。トゥユの周りを囲んだ兵が一斉に剣を振り下ろそうとした所で、その兵の上半身がヒュユギストと同じように宙を舞った。


「ガハハハッ、トゥユよ散々だな。だが、安心しろ俺様以外にお前を殺させるわけにはいかないからな」


 アサンタとの戦いを終えたティートがトゥユの周りを囲んでいた兵を斬り倒したのだ。ティートもアサンタとの戦いで疲弊はしていたのだが、動けるぐらいではあるので兵を斬り飛ばすのはそこまで力を使う事ではなかった。


「アハハハッ、ティートに助けられちゃった。これは借りを作くちゃったかな」


 倒れたままのトゥユが指一本動かす事なくティートに借りを作った事を悔しがったが、


「何、今回は俺様の我儘に付き合わせたのだ。貸し借りはなしといておいてやろう」


 尚も集まって来る兵にティートは剣を振りながらトゥユを気遣う。その様子を面白く思ったトゥユは笑い声をあげようとしたが、胸に受けたダメージのせいで笑う事ができなかった。

 遠くで見ていたソフィアたちも勝負が終わったと察知し、トゥユの所に集まってくると、ロロットがトゥユの治療をさっそく始め、ソフィアとナルヤがティートと共に集まって来る兵を撃退し始めた。


「あぁー。今回の人は強かったな。マールさんにもらった鎧が壊れちゃったよ。怒られちゃうな」


 ソフィアたちが来てくれたことで少し安心したのか気の抜けた事を言うトゥユに


「黙っておきなさい。重症なのよ」


 トゥユの症状を見て半分鳴きそうな表情を浮かべるロロットが怒りの声を上げる。


「はーい」


 ロロットのお陰で少し動けるようになったトゥユは仮面を外すと頭に着け直し、大人しくロロットの治療を受け続けた。


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