第74話 帝国の二つ名の話
王都からイェニー城に向かっていたアサンタはイェニー城に着くと、この城を守っている男の所に出向いていた。
「ここは俺が守っている城だ。お前のような者が来る所ではない。何の用があって来たのかは知らんが、すぐに帰れ」
低く太い声が部屋に響くが、アサンタはまるで気にした様子はなく椅子に座ると勝手に話を進め始める。
「アタシだったアンタの顔なんて見たくなかったさ。一生見なくて済むって言うなら月星教の神にでも祈りを捧げて教徒になってやってもいいぐらいだ」
アサンタの相変わらずな態度に男の顔に徐々に怒りが浮かんでくる。
「でも、ちょっと面白い奴が居てね。そいつが来るまで居させてもらうよ。おそらくそんな長い間じゃない。アタシもこんな所にずっと居たい訳じゃないしね」
男はティートと同じぐらいの体格をしており、その体を見ているとアサンタはティートの事を思い出し殺したくてうずうずしてくるのだが、『蒼い鉄盾』は帝国に居る三人の二つ名持ちの一人でアサンタでも簡単に勝てるような相手ではなかった。
その名の元となった大きな青い鉄盾は数多の敵の攻撃を跳ね返しており、鉄盾を打ち破って攻撃をしてきた者は一人としていなかった。
「もう一度だけ言う。俺が怒りを抑えている内にすぐに帰れ」
男は表情を変えず、アサンタに帰るように言ってくるが、アサンタもここで引き下がる訳にはいかない。アサンタも大概の戦闘狂だが、『蒼い鉄盾』もアサンタに負けないほどの戦闘狂であることを知っているのでそれを利用する事にする
「良いのかい? アタシを追い出すと、アタシが待っている奴の仲間も来なくなる。その仲間って言うのが、あの『冠翼の槍』と良い勝負をしたって噂だ」
これはアサンタが王城に居た時に仕入れた情報だ。トゥユがソルと引き分けた事、そして、トゥユの仲間で馬鹿みたいに強い奴が居ると言う情報を得ていたのだ。
その情報を元に考えると、アサンタが王都で戦ったのはティートであり、ティートがここに来るのならトゥユも一緒に来る可能性が高いと踏んでいた。
トゥユが総長の立場のままならティートが勝手にイェニー城に行く事はあったとしても一緒に付いてくる事はなかっただろう。その点、アサンタはついていたのかもしれない。
『蒼い鉄盾』の名前はヒュユギストと言うが、ヒュユギストは『冠翼の槍』と良い勝負をしたと言う所に非常に興味をひかれた。
「『冠翼の槍』と良い勝負だと? その話本当なのだろうな?」
この瞬間、アサンタはしめたと思った。ヒュユギストはイェニー城の攻略の時にソルと戦っていたのだが、その勝負は結局つかずにイェニー城の方を先に落としてしまったのだ。
この事はヒュユギストも非常に残念に思っており、追っ手を出してソルを探したのだが、結局ソルと再戦をする事は叶わなかった。
「あぁ、間違いないね。アタシが仕入れた情報だ安心しな」
ヒュユギストは表情は全く変わらないのだが、再びソルと同じような力を持ったものと戦えると思うと見る見るうちに筋肉が膨れ上がり、先ほどより一回り体が大きくなったように見えた。
「分かった。ここに滞在する事を許可してやろう。だが、その『冠翼の槍』と良い勝負をした奴に手を出す事は許さんぞ」
アサンタは滞在の許可さえもらえればそれで良かった。確かにトゥユとの戦いも興味があるのだが、それよりも自分の腕がなくなる原因となったティートとの勝負に拘りがあるのだ。
「大丈夫だ。私の獲物はこの左腕を斬り落とした奴だ。他の奴は全部アンタにくれてやるよ」
話は終わりとばかりに席を立ちあがったアサンタにヒュユギストは最後に忠告を与えておく。
「貴様の獲物などどうでも良い。だが、俺の獲物が来なかった時は……分かっているだろうな?」
眼光鋭くアサンタを睨みつけるが、アサンタは柳に風と受け流し、部屋を出て行ってしまった。それはアサンタだから可能な事であって普通の兵ならその眼光だけで失神してもおかしくなかった。
「あぁ、その時はアンタに見つかる前に尻尾を巻いて帝都に帰ってやるよ」
どこか馬鹿にしたような返事を残し、部屋を出て行くアサンタを見送ったヒュユギストは心を落ち着けると徐々に膨らんだ筋肉が元の大きさに戻って行った。
「フフフッ、『冠翼の槍』と同程度の力を持つものか……。今度は確実に殺して血を啜ってやる」
ヒュユギストは兵を呼びつけると、周辺の監視の強化を命令した。しかも敵を見つけたとしても一切手を出す事を禁じ、あくまでも自分の手で相手を殺す事を優先したのだ。
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