第73話 マールの話
トゥユの総長解任とヴィカンデル王国からの旅立ちの話はすぐに王国全土に広がった。
レリアとしてはなるべく隠しておきたい事案だったのだが、トゥユの旅立ちを見たという兵から噂が広がり、最終的にはトゥユが帝国に付いたとまで噂が広がったため、正式に発表したのだ。
正式発表後もトゥユが帝国に付いたという話は収まらなかったが、レリアは敢えて言論統制を行う事をしなかった。一度そういう事を行ってしまうとこの国は都合の悪い事は口を封じてくると思われるのを嫌ったのだ。
トゥユの話が王国全土に広がったと言う事は、当然、ネストール城に居るマールにも伝わっていた。
「何だって? トゥユちゃんが? 本当なのか?」
イーノ村から一緒にネストール城に来た村人の一人からトゥユの話を聞くとマールは耳を疑った。
その村人も人伝に聞いただけなので確証はないのだが、ヴィカンデル王国の正式な発表との事なのでまず間違いなく本当の事だと思われる。
「くそっ! こうしてはおれん! 俺は王都に行ってその話が本当か聞いてくる!」
取る物も取らず、ネストール城を飛び出してきたマールだったのだが、レリアにはすでに先客がおり、マールは別室で待たされる事になった。
「マール殿、レリア様がお会いになられます。どうぞこちらへ」
一般市民のマールに対しても丁寧な態度を取る衛兵の一人に連れられ、マールがレリアに居る部屋に向かっていくと、懐かしい人物と顔を合わす事になった。
「これはマール殿ではありませんか。お久しぶりです」
マールと同様にトゥユの話が本当なのか聞きに来ていたソルの方からマールに近寄り、一本しかない手をマールに差し出した。
ソルの腕が一本しかない事にすぐに気がついたのだが、戦士に傷の事を聞くのは失礼だと思い、マールは普段と変わらぬ感じでソルの手を握り返した。
「ソル殿久しぶりですな。何時以来でしょうか? こんな所で会えるとは驚きました」
「確か私の槍を作ってもらった時以来ですので、もう、十年ぶりぐらいになるでしょうか」
ソルの持っている槍もマール製の物だ。マールがまだ王都に居た時にソルから槍の製作をお願いされ、二人で槍の形状や重さ、握り具合を、時には喧嘩になる事もありながら語り合ったのだ。
マールはソルが行方不明になり、その後トゥユと一緒に戦ったという事までは耳に入っていたので知っていたが、王都でこうやって再び出会えるとは思っても居なかった。
「マール殿は今日はどのようなご用件でここに? 何か武器の作成のお話ですかな?」
マールの仕事を知っている者からすれば、マールが王城に普段は居ない事を知っており、鍛冶仕事の依頼を受けて王城に来たのだと思うのは仕方のない事だった。
「ソル殿なら知っているだろうが、トゥユと言う人物についてレリア様に聞きたい事があってな。それで久しぶりに王都に来たと言う訳だ」
「マール殿もトゥユ殿を知っておられるのか。もしやあの戦斧はマール殿の謹製品ですかな?」
あの戦斧はソルから見てもかなりの一品に見えた。あれ程の武器を作れる者は全盛期の王都でも三人も居ないであろう。
「あぁ、あれは俺が作った物でトゥユちゃんが欲しいって言ったからくれてやったやつだ。あの戦斧を振り回せるなんて本当にとんでもない子だよ……と、話が逸れたが今日はトゥユちゃんの話が本当か聞きに来たんだ」
トゥユの戦斧を振り回す姿を思い出して感心した表情を浮かべていたマールだが、自分がここに来た本来の目的を思い出した。
「マール殿とトゥユ殿にそんな繋がりが……。私も今日はその事をレリア様に聞きに来たのですが、どうやらその話は本当のようです」
多少は覚悟をしていたとは言え、直近で話を聞いた者に本当と言われるとやはりショックを受けてしまった。
「そうか……。間違いないのか……。悪いが俺もレリア様に直接聞いてみるのでこれで失礼するよ。槍の調子が悪くなったらまた尋ねて来てくれ」
ソルに簡単な別れの挨拶をすると、マールは覚悟を決め、レリアの元に行く事にする。これでトゥユがこの国から居なくなったと言う事はまず間違いない。だとすればマールには何ができるだろうか。レリアの部屋に着くまでマールはその事だけを考えていた。
「どうぞお入りください」
部屋の中からレリアの声が聞こえるとマールは「失礼します」と言って部屋に入っていった。レリアは連日の会議や会談で少しやつれているように見えたが、その美しさは最初に会った時と何も変わっていなかった。
マールは席に着くなりトゥユの事を聞く事にする。ここまで情報が出てしまっているのでわざわざレリアの反応を伺う必要もないのだ。
「トゥユちゃんの事なんだが、今噂になっている事は本当なのか?」
マールが面会を申し込んできたときからレリアはこの話になると思っていたので、事前に用意していた回答をそのまま述べる。
「えぇ、本当です。トゥユはもうヴィカンデル王国には居りません。王国としても非常に残念なのですが、本人からの申し出のため、仕方がないと判断しました」
王女としての対応としては満点なのだが、非常に落ち着いた感じでトゥユの事を語るレリアにマールは違和感を感じた。
「レリア様、アンタはそれで良いのか? トゥユちゃんの事を妹の様に思っていたのではないのか?」
レリアは一瞬、眉毛をピクッと動かしたが、それ以外は全く動かず努めて冷静に応答する。
「先ほども言いましたが、トゥユ本人からの申し出です。私にはそれを止める権限などありません。次の面会も迫っています。本日はこれでお引き取りお願いします」
部屋に入ってからまだ数分しか経ってないのだが、レリアはもう話す事がないとばかりにマールに退席を促す。
「分かった。時間を取らせてすまなかったな。レリア様は仕事の続きをしてくれ」
部屋を出て行くマールの心は決まっていた。トゥユは娘とまで言った少女だ。そんな少女が寂しく出て行ったのを聞いて黙って帰って来るのを待っていられるほどマールは良い父親ではなかった。
マールが一旦、ネストール城に戻るため、王都を歩いていると、先ほどレリアの部屋まで案内をしてくれた衛兵に呼び止められた。
「マール殿お待ちください。レリア様がこれをマール殿に渡すようにと」
差し出されたのは、ちょうど手のひらに収まる位の大きさの小袋だった。麻の袋の口の所は紐で縛ってあり、中に何が入っているのかは外から見ただけでは分からなかった。
マールが紐を解き中を確認すると、緋色のエメラルドが中に入っていた。その赤色はとても鮮やかで見ているだけで吸い込まれてしまう感覚に陥ってしまう。
「レリア様がこれを?」
衛兵はレリアに渡すように言われただけで中に何が入っているかは聞いていなかったようだ。おそらくレリアはマールがトゥユの所に行くと思い、この宝石を託したのだろう。
マールの前では気丈に振舞っていたが、レリアも本当はトゥユに出て行ってほしくないのが宝石を見ただけでも良く分かった。
「レリア様に必ず届けますと伝えてくれ」
衛兵にレリアへの伝言を頼むとマールは王都を出てネストール城に戻って行った。
レリアから預かった宝石をネックレスへと加工をすると、マールは旅支度をして帝国へ足を向けた。トゥユが今どこに居るのかは分からないが、必ず帝都には行くはずなのでそこでトゥユを待つ事にしたのだ。
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